蟄虫坏戸
今年最後の他にも返事の手紙を、郵便局員である梓くんに預けた後は、折節の里から外へ出かけた。里からは現世の色んな所に出られ、一気に都会の路地裏へ出ることも可能だが、今日は小さな町のバス停近くに出た。現世用の小銭も持ってきたから、問題なくバスに乗れる。
山々が近く、年季の入った建物が多い町には、人通りどころか車通りもほとんど無い。野良猫が堂々と歩道に陣取り、落ち着いて毛づくろいができるほど閑散としている。冷たくなった風が、活気を攫ってしまったかのようだ。もっとも、それは昼下がりだからで、夕方になれば帰ってくる人の流れが現れるだろう。
座る場所もないバス停に、バスはすぐ来た。きちんと時刻を調べているので当然ではある。車内はガラガラだったので、先の野良猫よろしく堂々と、最奥の席に陣取った。
町中を離れると、すぐに田畑と山ばかりの景色が広がる。秋は空気が澄んでいるので、遠くから見ても山の詳細が窺えるのだが、近くで見るとなおのこと、木に当たる光と影の様子がよく分かる。視線は稲刈りの済んだ田を通り越し、山や空へ行ってしまいがちだ。今日訪ねる相手も山にいることだし、自然と気になってしまうのだろう。
次の停車が「地蔵前」とアナウンスが入ったので、ボタンを押す。人がたくさんいると、きちんと伝わったと実感できて有難みを感じるくらいの音だが、自分以外に人がいないと少し恥ずかしい。
運賃を払い、バスを降りる。運転手さんが怪訝な眼差しを向けてきた気がしなくもないが、昼下がり、山の麓の何も無い場所に降りるのだから、怪しまれても文句は言えない。気に入っているとはいえ、秋の夕暮れをそのまま写し取ったような着物に袴風スカート、
まだ寒くは無いが、山へ入るのでブーツを履いてきた。遠ざかるバスのエンジン音を聞きつつ、私が来たことを察して開かれた道に踏み入れば、たちまち人の入らない領域だ。
私の友人には、人間もそうでないモノも色々といるが、その中で人と全く関わらずいるモノも少数派になってきた。今回訪ねる
凝りに凝られた迷路は踏み入る度に趣が違っているものの、私はもうある程度のパターンを覚えてしまったので、新鮮に反応することはない。楽しいので良いのだが、特筆するようなことではなくなった。初めて来た時は大はしゃぎしたのに、冷たいものだと思いつつ進めば、茅葺屋根の小さな庵が現れた。到着と同時に戸口も開く。
「やはり、慣れている方は到着が早い。久しぶりに、うちの迷路を通った気分はどうでしたかな、ニシキ殿」
「楽しかったよ。あー、こんな風に解いていくんだったなぁって思い出せて」
答えれば、枯れた色合いを髪にも着物にも纏った男が笑う。笑っているのは分かるが、顔は布で隠されているので、詳細を窺い知ることはできない。
「けど、前に寄越した友人は、新鮮に驚いていただろう?」
「おお、そうそう。葛籠殿は
「きみに書いたお礼の手紙通り、新しい友人が出来てとても嬉しいよ。身内みたいになった子たちとも仲良くしてくれているし、一石二鳥だ。改めてお礼を。ありがとう」
「いえいえ、とんでもない。このような、人の世に迎合せぬ引き籠りにできる精一杯をしたまで。さ、立ち話も何ですし、どうぞ中へ」
相変わらずの謙遜と共に招かれた庵の中は、庵を名乗りながら物だらけな私の家とは異なり、質素な趣でさっぱりしている。室内に正座したところへ出された茶碗や菓子の器の趣味も渋いが、ふんわりとした薄紅の練り切りは可愛らしい。
「ニシキ殿に性別のしがらみは無いと存じておりますが、やはり女性の姿でおられることが多いので、つい華やかなものを選んでしまいます。お召し物が派手というのもありますが」
「えー、そうかなぁ。まあ、きみからすれば派手だとは思うけど」
華美は肌に合わないという庵友だが、その分、気前のいいことをしてくれる。この友人は、そういう奥深いところが美点なのだ。前に葛籠を代理で行かせたのも、この美点が葛籠に通じると思ったからだった。
「今年の冬は、お客を招くのかい? 大雪になるかもしれないと、現世の予報士たちは見ているみたいだけど」
「雪が多そうだというのは、この身も感じ取っております。籠りに徹しようかとも思いましたが、律風のことも心配ですし、来客には備えておくつもりです」
「じゃ、私たちが遊びに来ても問題なさそうかな」
「もちろん。葛籠殿やお身内と、ぜびお越しくださいませ。張り切って持て成させていただきます」
練り切りの滑らかな食感に、仄かな甘みを味わいながら、次の約束を取り付ける。こういうのは、できるだけ会ったその時にしておくのが望ましいのだ。冬場に会えるかどうかは、なかなか難しいのだから。
甘味を抹茶の苦みで、体内の奥深くへ送り込む。温かさと一緒に、味が身体へ染みわたってくるこの感じが、庵の中ではいっそう色鮮やかだった。
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