蟄虫坏戸

 蟄虫坏戸むしかくれてとをふさぐ。暦の通り、この頃になってくると冬眠に備える友人が増えてくる。手紙もこれで最後というものが届くようになり、私が返信を送れば、春まで文通が叶わない。冬の間にも手紙のやり取りをする友人はいるが、字と紙だけだったとしても、当分会えないのだと思うと寂しい。

 今年最後の他にも返事の手紙を、郵便局員である梓くんに預けた後は、折節の里から外へ出かけた。里からは現世の色んな所に出られ、一気に都会の路地裏へ出ることも可能だが、今日は小さな町のバス停近くに出た。現世用の小銭も持ってきたから、問題なくバスに乗れる。

 山々が近く、年季の入った建物が多い町には、人通りどころか車通りもほとんど無い。野良猫が堂々と歩道に陣取り、落ち着いて毛づくろいができるほど閑散としている。冷たくなった風が、活気を攫ってしまったかのようだ。もっとも、それは昼下がりだからで、夕方になれば帰ってくる人の流れが現れるだろう。


 座る場所もないバス停に、バスはすぐ来た。きちんと時刻を調べているので当然ではある。車内はガラガラだったので、先の野良猫よろしく堂々と、最奥の席に陣取った。

 町中を離れると、すぐに田畑と山ばかりの景色が広がる。秋は空気が澄んでいるので、遠くから見ても山の詳細が窺えるのだが、近くで見るとなおのこと、木に当たる光と影の様子がよく分かる。視線は稲刈りの済んだ田を通り越し、山や空へ行ってしまいがちだ。今日訪ねる相手も山にいることだし、自然と気になってしまうのだろう。


 次の停車が「地蔵前」とアナウンスが入ったので、ボタンを押す。人がたくさんいると、きちんと伝わったと実感できて有難みを感じるくらいの音だが、自分以外に人がいないと少し恥ずかしい。

 運賃を払い、バスを降りる。運転手さんが怪訝な眼差しを向けてきた気がしなくもないが、昼下がり、山の麓の何も無い場所に降りるのだから、怪しまれても文句は言えない。気に入っているとはいえ、秋の夕暮れをそのまま写し取ったような着物に袴風スカート、片眼鏡モノクルと、人によってはコスプレと思われそうな格好をしていることだし。


 まだ寒くは無いが、山へ入るのでブーツを履いてきた。遠ざかるバスのエンジン音を聞きつつ、私が来たことを察して開かれた道に踏み入れば、たちまち人の入らない領域だ。

 私の友人には、人間もそうでないモノも色々といるが、その中で人と全く関わらずいるモノも少数派になってきた。今回訪ねる庵友アンユウのように、入り口が分からないのに加えて、間違えて入っても迷路を抜けられなければ辿り着けないほど人を避けているモノは、もっと少ない。人相手にそんな手間をかけていられないのだ。

 凝りに凝られた迷路は踏み入る度に趣が違っているものの、私はもうある程度のパターンを覚えてしまったので、新鮮に反応することはない。楽しいので良いのだが、特筆するようなことではなくなった。初めて来た時は大はしゃぎしたのに、冷たいものだと思いつつ進めば、茅葺屋根の小さな庵が現れた。到着と同時に戸口も開く。


「やはり、慣れている方は到着が早い。久しぶりに、うちの迷路を通った気分はどうでしたかな、ニシキ殿」

「楽しかったよ。あー、こんな風に解いていくんだったなぁって思い出せて」


 答えれば、枯れた色合いを髪にも着物にも纏った男が笑う。笑っているのは分かるが、顔は布で隠されているので、詳細を窺い知ることはできない。


「けど、前に寄越した友人は、新鮮に驚いていただろう?」

「おお、そうそう。葛籠殿は律風リツカゼと一緒に、丁寧に迷路を解いてお越しくださいました。そういえば、律風との文通はどうですかな。あれは現世住まいですから、ニシキ殿もやり取りを楽しんでくださるかと思ったのですが」

「きみに書いたお礼の手紙通り、新しい友人が出来てとても嬉しいよ。身内みたいになった子たちとも仲良くしてくれているし、一石二鳥だ。改めてお礼を。ありがとう」

「いえいえ、とんでもない。このような、人の世に迎合せぬ引き籠りにできる精一杯をしたまで。さ、立ち話も何ですし、どうぞ中へ」


 相変わらずの謙遜と共に招かれた庵の中は、庵を名乗りながら物だらけな私の家とは異なり、質素な趣でさっぱりしている。室内に正座したところへ出された茶碗や菓子の器の趣味も渋いが、ふんわりとした薄紅の練り切りは可愛らしい。


「ニシキ殿に性別のしがらみは無いと存じておりますが、やはり女性の姿でおられることが多いので、つい華やかなものを選んでしまいます。お召し物が派手というのもありますが」

「えー、そうかなぁ。まあ、きみからすれば派手だとは思うけど」


 華美は肌に合わないという庵友だが、その分、気前のいいことをしてくれる。この友人は、そういう奥深いところが美点なのだ。前に葛籠を代理で行かせたのも、この美点が葛籠に通じると思ったからだった。


「今年の冬は、お客を招くのかい? 大雪になるかもしれないと、現世の予報士たちは見ているみたいだけど」

「雪が多そうだというのは、この身も感じ取っております。籠りに徹しようかとも思いましたが、律風のことも心配ですし、来客には備えておくつもりです」

「じゃ、私たちが遊びに来ても問題なさそうかな」

「もちろん。葛籠殿やお身内と、ぜびお越しくださいませ。張り切って持て成させていただきます」


 練り切りの滑らかな食感に、仄かな甘みを味わいながら、次の約束を取り付ける。こういうのは、できるだけ会ったその時にしておくのが望ましいのだ。冬場に会えるかどうかは、なかなか難しいのだから。

 甘味を抹茶の苦みで、体内の奥深くへ送り込む。温かさと一緒に、味が身体へ染みわたってくるこの感じが、庵の中ではいっそう色鮮やかだった。

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