想いのレト・ザ・ゲーム・ビギン
郷倉四季
「青春を謳歌しよう!」
「青春を謳歌しよう!」
風鈴が明るい声で宣言する。「NGワードゲームって知ってる? 何かキーワードを紙に書いて、シャッフルしてランダムに引くのね。それを自分以外のプレイヤーに見えるようにするわけ。例えば、私のNGワードが『りんご』なら、聖里菜ちゃんと貴裕は私にりんごって言わせるような会話をふる。私は自分のNGワードを予想しながら会話を交わしつつ、聖里菜ちゃんと貴裕のNGワードを言わせるために話題を変えたり、誘導するのね。で、NGワードを言ってしまった人が負けで、最後まで残った人が優勝」
「青春とNGワードゲームの関連がよぉ分からへんのやけど?」
聖里菜が呆れたように言う。
「マックで近くに座っていた女子高生たちがやってたんだけど、すごく青春っぽくない?」
「なんや胡散臭い入りやな」
「そう? 世界の半分くらいはマックにいる女子高生の言動に注目しているんじゃないの?」
「風鈴はどこの世界の住民やねん」
「主に匿名の世界だよね」
「あんま、その世界におると過激なことしか言えんようになるで」
「スレが伸びるなら、それも止む無しだよね」
「手遅れやないか。現実を見てみぃ。女子高生どころかOLの一人もおらんやないか」
貴裕が周囲を確認すると、スーツの男性が一人隅っこでイヤホンをして動画を見ながらポテトを食べているだけだった。
「聖里菜ちゃん。そんなにキイキイ言うのしんどくない?」
「誰のせいやねん」
「ちなみに、女子高生たちは罰ゲームを決めてて、負けた人は自分の秘密を一つ打ち明けてたから。私たちもそうしよう」
「鈴風、現実を見ぃ。まだ戻れるで」
「大丈夫、大丈夫。私だけが世界の真実を知ってるから」
「陰謀論にまで染まっとるんかいな」
「女子高生の言うことが世界の真実なんだよね」
「そんな小娘が何を知っとる言うねん」
「いいの! とりあえず罰ゲームありね! 罰ゲームのないゲームなんて炭酸が抜けたコーラみたいなもんなんだからっ!」
聖里菜が貴裕を見る。貴裕は首を横に振って、食べかけのフィレオフィッシュを頬張る。
こうなった風鈴を止めるのは無理だと貴裕は重々承知している。幼稚園の頃から隣同士の家で成長してきた幼馴染。貴裕は嫌でも風鈴の勘所はわきまえている。今は身を任せる方が傷は少なくて済む。
風鈴は財布からレシートとポーチからボールペンをマックの小さなテーブルに広げる。
聖里菜は溜息を一つこぼして、トレイに乗っていたレシートを裏返し、ボールペンを手に取る。貴裕もそれに続く。
NGワードと言わてもぱっとは思いつかない。思わず言ってしまうような単語が何で、台詞なら何が適切か。分からない。というか、貴裕はこのゲームに勝つことに何か徳があるのだろうか。
風鈴と聖里菜の秘密を聞いても反応に困る。もし、聞きたくもないどぎつい内容が飛び出したら、今日の夜は眠れなくなる。なんて考えているとお腹が空いてきた。フィレオフィッシュとポテトだけでは足りなかった。もっとガッツリとしたバーガーにすべきだった。勝った暁には秘密ではなく、てりやきチキンバーガーを奢ってくれるにしてくれないだろか。
食欲にまみれている貴裕を置いて風鈴と聖里菜はボールペンの動き止め、レシートを裏返す。
えー、と思わず貴裕から声が出る。
「ほら早く」
風鈴にせっつかれて、貴裕は『待ってる』と書いた。我ながら絶妙なワードだ。
「じゃあ、私のNGワードは聖里菜ちゃんに、聖里菜ちゃんのは貴裕に、貴裕のは私にって形でどう?」
「ええよ。まぁやるからには、うちが勝つからな。二人ともどぎつい秘密を言う準備をしときや」
「聖里菜ちゃんこそ。負けてぬるい秘密なんてやめてよね。匿名掲示板が色めき立つようなやつを頼むよ」
「風鈴はうちのこと、なんやと思ってるんや」
「芸能界のある界隈の伝説」
「伝説に対しては、もう少し気を使うもんやで」
聖里菜がレシートを額に掲げる。キーワードは『自由』。
風鈴は貴裕が書いたもので『待ってる』だ。
貴裕は自分のキーワードは分からないが、普段から喋る方ではない。NGワードというゲームにおいて、このキャラクターは有利に働く。
「聖里菜ちゃんが書いたキーワードなに? 貴裕が絶対に言わなそうな単語なんだけど」
「そーか? 貴裕も言うやろ。男友達とかの集まりで、ガンガン言うてるやろ」
「えー、嫌。貴裕はそーいうこと言わないもん」
「もんって可愛こぶっても、現実は変わらへんで。貴裕くんやって男の子なんや。なぁ」
「俺の額にはどんな単語が並んでんの?」
貴裕の脳内に聖里菜が出演したAVのサンプル動画が浮かぶ。
星野里菜。
現在、休業中の伝説のAV女優だ。一年に出演したアダルトビデオの数というギネス記録があったなら、里菜は候補に上がってしかるべきだろう。
そんな聖里菜が今年の夏頃から休業する旨の告知を発表した。理由は自動車免許を取得するため。仕事の調整が秋の終わりついて、正式に聖里菜は休業した。
AV女優だから下ネタや猥談が好きとは限らないが、日常的に浴びている言葉がNGワードのキーワードを考える際に浮かんできてもおかしくない。
聖里菜が貴裕の表情を察したのか、にやりと笑う。
「安心しぃ。うちの書いたキーワードは公衆の面前で言うても警察のお世話にはならんやつや」
「なんないけど、貴裕は言わないもん」
風鈴が拗ねるように唇を尖らせる。
「どっちかって言うと、風鈴のNGワードの方が言わなそうやなぁ」
「そうなの?」
貴裕が書いた『待ってる』は日常的に使う言葉ではあるけれど、風鈴らしいかと言えば、そうではない。
「風鈴の小学校の頃の夢ってなんやったん?」
「えー、アイドル」
「一般的な小学生女子の夢って何か知っとる?」
「えぇっと、ケーキ屋さん、お花屋さんと、お嫁さん?」
「全部さん付けにしとんのは何か狙っとんのか」
「違うよ! 素だよ!」
「怪しいなぁ。アイドルも一人の人間やで、常に可愛くなくてもええんやで」
「関係ないよ! それに、私はアイドルじゃなくてシンガーソングライター!」
「せやったな。アーティスト様やもんなぁ」
「どやぁ〜」
「昔は音痴やったのにな」
「いつの話をしてるのよ! いっぱい練習したんだから」
「ええことや」
風鈴と聖里菜は子役の頃に出会っている。幾つものオーディションで顔を合わせる中で仲良くなったと貴裕は聞いている。しかし、当時の風鈴は人見知りの内弁慶だった。
貴裕の前では得意げに「ゲイノウカイ」の話をするが、実際は常にオーディションで散々な結果を出していたことを知っていた。それでも人前で輝こうとする風鈴を貴裕は素敵だと思う。
「じゃあ、聖里菜ちゃんは小学生の頃の夢ってなんだったのよ?」
「お嫁さんやな」
似合わねぇ。
「おーい! 貴裕くん。顔に出てるで」
「違うの。貴裕は素直なのっ! ってか、聖里菜ちゃん、絶対違うでしょ」
「なんでや? うちやって可愛い頃はあったんやで。父の車ん中でドリカムの『あなたにサラダ』を聞いてやな。ええ歌やと思ったで。サラダ作って旦那様を待っとるわけや」
「旦那様って……。聖里菜ちゃんは大人しく『待ってる』タイプじゃないでしょ?」
「はい、どーん」
「ふぇっ⁉」
風鈴がレシートに書かれたキーワードを確認する。
キッと風鈴が貴裕を睨み破竹の勢いで責める。
「貴裕のバカバカっ! どうして、そんな分かりやすいキーワードにしたのよ! 『待ってる』なんて、日常会話の中でも全然使うやつじゃん。もっと普段言わない『大型貨物自動車等通行止め』とか『高さ限度緩和指定道路』とかあったでしょ!」
「風鈴ちゃんは偉いなぁ、ちゃんと標識の勉強をしとるやん。学科テスト百点取れるで」
「もう、バカにしてっ!」
「まーまーまー。これから貴裕くんとうちの一騎打ちやから。貴裕くんが勝てば、うちの特大な秘密を聞くことができるで」
風鈴が少し考えるように間を置いてから「貴裕、信じてるよ!」と小さくガッツポーズをする。
信じられてもなぁ。
貴裕がうんざりとした気持ちになった時、着信音が響いた。風鈴が反応し、ポケットからスマートフォンを取り出す。音は続く。着信のようだ。
風鈴は画面を確認してから、電話に出た。
「お疲れ様です」
会話の内容から風鈴のマネージャーだと分かった。基本的にマネージャーが喋り、風鈴は「はい、はい」と頷いた。一分も満たない通話を終えると、風鈴は大げさな動作で手を合わせて頭を下げた。
「ごっめーん! 仕事の関係で今から事務所行かなくちゃいけなくなっちゃった」
「そーか。お仕事大変やな。じゃあ、NGワードゲームは風鈴の一人負けってことで」
「それは流石に私が可愛そうでしょ? また、やり直そう。今回はお試し。テストプレイってことで」
「まぁ、ええやろ。風鈴の忙しさに免じて、もう一回付き合ってやるわ」
「ありがと! ほんと、突然ごめんね。また、教習所でね」
「はいよー」
バタバタと風鈴は荷物を抱えてマクドナルドから出ていった。
残された貴裕と聖里菜は互いに自分のキーワードを確認する。
『新しい出会い』
それが貴裕のキーワードだった。
「うちのキーワードは『自由』かいな。また絶妙やな。どういう時に言うんや? 勝手に何か決めつけてきて、それはうちの『自由』やろ? とかか。まぁ言わんことないか」
聖里菜は飲みきったはずのドリンクのストローに口をつける。「で、貴裕くんは『新しい出会い』は最近あるんかいな」
「ないですよ。求めてもいません」
「なんでや。風鈴とは付き合ってなんやろ」
「それはそうですけど」
「煮えきれんな。どうせ、風鈴のこと好きやけど、振り向いてくれなぁい。けど、傍にいたら棚ぼたで付き合えるかもドキドキして、体のあちこちを硬くしてるんやろ」
「いや、そうじゃーー」
「断言したるけど。仮に風鈴と貴裕くんが付き合えたとしても幸せにはなれんよ」
声が震えないように注意しながら「どうして?」と尋ねる。
「関係性がアンバランスやからや。このままやったら、ずーっと貴裕は風鈴の顔色伺って、わがままに好き放題付き合わされて、あげくに捨てられるのがオチやで」
そういう恋愛はどっちも幸せになれんよ、と聖里菜は表情を曇らせる。
「経験者は語るって感じ、ですか?」
「せやな。うちと釣り合う同世代なんて、そうそうおらんからな」
じゃあ、と貴裕は口を開く。
「年上の男の顔色伺って言われた通りに機嫌とってたのに、聖里菜さんは捨てられたんだ」
可愛そうに、と嫌味たっぷりに付け加える。
自分の中にこんな黒い感情が潜んでいたことに貴裕は自分で戸惑う。と同時に、何か引っかかりが取れたような気持ちにもなる。
「せやな」
聖里菜は簡単に頷く。「周りから見れば、そう見えてたんやろうな」
ずるい。
貴裕からすれば、聖里菜の指摘は図星だった。だから、意地悪をしたくなった。
それだけだったのに。
「けど、それも含めてええ経験やったよ。やっぱり大人なレディーになるためには、酸いも甘いも噛み分けるようにならんとね」
簡単にいなされてしまった。
貴裕は自分の中に沸き起こった黒い感情の矛先を見失う。
結果、自己意識に生身で突っ込む。これが車の運転だったなら、ガードレールを突き破って崖へと転落だ。
聖里菜が貴裕に与えたNGワード『新しい出会い』は的を射ていた。
風鈴が振り向いてくれるのを『待ってる』と言えば聞こえは良いけれど、その状態は結局のところ何もしていない。いつか付き合えるかも。そんな風に都合の良い期待をしているだけだ。
風鈴一途だから他の女と仲良くしない。ただ、相手にされないだけなのに。貴裕はそうやって自分に都合の良い幻想の殻に引きこもってしまった。
「貴裕くんもいろいろ経験する方がええで。風鈴も『自由』に色んな経験を芸能界でしてるはずなんやから」
分かっている。
風鈴が二十歳になったことを理由に色んな飲み会に参加したり、年上の恋人ができてドライブに連れて行ってもらったりしていることを貴裕は知っている。
その上で、やめてくれとは言えない。
だって貴裕と風鈴はただの幼馴染だから。
「それでも俺は……」
言葉は続かなかった。ぎゅっと体を丸める。自然と視界が閉ざされる。自分で自分を守るように。都合の悪い現実から目を背けるように。
「哀れやなぁ」
聖里菜の声が仄暗い視界の中で響く。「抱きしめたくなるくらい。今の貴裕くんは哀れやわ」
「伝説のAV女優にそう言われるのは光栄だなぁ」
「せやで。今まで数えきれん男に抱きしめられてきたうちが、今日初めて抱きしめてあげたいって思ったんや。こんな光栄なことはないで。誇りに思い」
けれど、聖里菜は貴裕に指一本触れなかった。
正しい判断だ。
今、優しく抱きしめられたら手放せなくなって地獄の底まで縋ってしまう。
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