第9話 計画は順調

商人ギルドでの会合から一週間。レオンは約束通り、最初の取引の結果を持って再びヴァイスの前に立っていた。


「これが、実績になります」


彼が差し出した書類には、整然とした数字が並んでいる。


「な、なんということだ…」


ヴァイスは目を見開いた。たった一週間で、城壁補強の端材を活用して5万ゴールドもの利益を上げていたのだ。


「計画通りに進んでおります」


レオンは丁寧に答える。商談の場では、慎重な物腰を心がけていた。


「まさか、これほどの利益率が出るとは…」


「仕入れと販路の最適化に努めました」


レオンは意図的に「価値転換」の能力については触れないまま、説明を続けた。


* * *


夕暮れ時、レオンは城壁付近の工事現場を訪れていた。


「おや、クラウゼン殿」


工事の責任者であるグスタフが声をかけてきた。


「今日も端材の回収ですか?」


「ええ、お世話になります」


レオンは丁寧に会釈する。この関係は、一週間かけて築いてきたものだった。


--- 一週間前 ---


「申し訳ありませんが、端材は廃棄することになっていまして…」


初めて工事現場を訪れた時、グスタフはそう答えた。


「処分費用は、かなりの額になるのでは?」


レオンの言葉に、グスタフは目を見開く。


「そうなんです。毎回の工事で、その費用が…」


「であれば、私に任せていただけませんか?」


レオンは用意してきた契約書を取り出す。


「端材の処分費用を半額にする代わりに、端材の所有権を譲渡していただく」


「ほう…」


「もちろん、正式な手続きを」


グスタフは契約書に目を通し、ゆっくりと頷いた。


「確かに、これなら双方にとって利益になりますな」


--- 現在 ---


「今日の分も、よろしくお願いします」


レオンは手押し車を受け取る。その中には、工事で出た端材が積まれていた。


「ふむ」


人気のない場所まで車を押して行き、レオンは慎重に作業を開始する。


「『価値転換』」


彼は端材に触れ、能力を発動する。ごつごつした石材が、見る見るうちに上質な建材へと変化していく。


「完璧だな」


手押し車いっぱいの端材を、高品質な建材に変換するのに約二時間。体力的には堪えたが、それ以上の価値があった。


「この調子で行けば…」


レオンは手帳を取り出し、今日の収支を記入する。几帳面な文字が、月明かりに照らされて浮かび上がる。


* * *


「レオン様、これは素晴らしい品質ですね」


翌朝、建材商のマーカスは目を輝かせながら、レオンが持ち込んだ建材を確認していた。


「ご満足いただけて何よりです」


レオンは穏やかに応じる。


「端材とは思えないほどの出来栄えです。いったいどのように…」


「申し訳ありません。それは企業秘密とさせていただきたく」


レオンは丁寧に言葉を選ぶ。ビジネスの場では、決して傲慢な態度を見せないよう心がけていた。


「ただ、定期的な納品は確約させていただけます」


「ありがとうございます!」


マーカスの声が弾む。


「取引価格は現状維持で、いかがでしょうか」


「そ、それは…」


レオンは意図的に沈黙を置く。商談の間合いを計るのは、父から学んだ数少ない有用な教訓の一つだった。


「…承知いたしました」


マーカスは頷く。


「その品質なら、その価格でも十分採算が取れます」


「では、契約書を」


レオンは用意してきた書類を取り出した。


* * *


レオンが店を後にした後、マーカスの店では従業員たちが集まっていた。


「すごいですね、あの建材」


若い店員が感嘆の声を上げる。


「ああ」


マーカスは満足げに頷いた。


「他所では手に入らない品質だ」


「クラウゼン様は、本当に端材から作られているんでしょうか?」


「それが不思議なんだ」


ベテランの職人が首をひねる。


「普通、端材からはあんな上質な建材は作れない。何か特別な技術をお持ちなのは間違いないな」


「でも、価格は他より安いんですよね?」


「ああ。だからこそ、うちの店にとっては本当にありがたい」


マーカスは笑みを浮かべる。


「他店には出回らない高品質品を、適正価格で提供できる。お客様にも喜んでいただけるし、利益も確保できる」


「クラウゼン様、昔の商家の出身だって聞きましたが…」


「そうだ。クラウゼン商会は、かつては王都でも指折りの商会だった」


マーカスは懐かしそうに語る。


「まさか、その跡取りが私どもの店と取引してくださるとは」


「若いのに、しっかりしてますよね」


「ああ。商才は確かだ。これからが楽しみだよ」


従業員たちは皆、頷いていた。


* * *


昼下がり、レオンは自室で計算を進めていた。


「ふむ」


彼は手帳を開き、収支を整理する。


「城壁工事の端材処理契約からの収入が月2万ゴールド」


レオンは丁寧に数字を書き出していく。


「マーカスの店との建材取引が月3万ゴールド。これは数量が増えれば4万ゴールドまで上がる可能性がある」


さらに新しいページを開く。


「それに、グスタフの紹介で請け負った城壁補強工事の設計料が月1万ゴールド」


彼は満足げに頷く。


「現在の確定収入が月6万ゴールド。マーカスの取引拡大で追加1万ゴールド。合計で月7万ゴールドか」


一般的な冒険者の月収が3万〜5万ゴールドであることを考えれば、十分な数字だった。

窓の外の夕陽が彼の自信に満ちた表情を照らしていた。



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連続投稿9話目です。

よろしくお願いいたします。

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