ブロッサムメモリーズ〜転生したら、最推しとヒロインから距離を詰められている件〜

芦屋秀次

1話


「桜の木? きれい……」


 少女が薄く見えた桜色に導かれたその先には――。

 大きな桜の樹が聳え立っていた。

 春風が少女の頬を撫で、肩までかかった赤毛を揺らす。


「って、もう入学式が始まっちゃう!」


 スマホで時刻を確認した赤毛の少女が、急いで元の体育館に向かおうとする、しかし。


「きゃっ!?」


 少女が何かとぶつかり、尻餅をついた。

 そうしてふしくれだつ手が、少女に差し伸べられる。


「――悪い、大丈夫か」


 少女が見上げた先には、逆光に反射して輝く金糸に、青々とした緑を閉じ込めた美しい瞳を持つ制服姿の青年だった。


「え、は、はい」


 桜色の目を見開いて驚いたような少女は、慌ててその手を借りて起き上がる。


 その様子を、少年少女の運命の再会を聳える桜の樹と、その樹の裏で。

影のような黒髪の少女が息を潜めて見つめていた。


ーー


(な、生イベントスチルッ!!)


 ゲームでは、見えない桜の樹の裏で、ヒロインとメインヒーローの邂逅を齧り付く。


「そのヘアピン……」

(それを見て、彼女が約束した女の子だと気づくんだよね!!)


 生の声優イベントみたいに、目の前で繰り広げられる二人のイベントシーンに目頭が熱くなる。


「え?」

「――いや、早く行かないと遅刻するぞ」


「あ、そうだった……あのっありがとうございます! 先輩」


 思い出したことを言わないまま、その大人びた様子に、ヒロインちゃんが勘違いする可愛いシーンだ。


「いや、俺は一年だ」


「そうなの? それじゃあ、あなたも急がないと」


 そう言うヒロインちゃんに、彼は断って思い出の桜の樹を見上げる。


「俺は、ここで入学式だ」

「それってどういう――」


 そんなヒロインちゃんの問いかけを遮るように、予備鈴が鳴る。


「ほら、急げよ」


 そう見送ると背を向けて行くのでその隙に、あたしもこの場から離脱する。


「〜〜! 転生してよかった!」


 思わずあたしはそう呟いた。


 入学式も滑り込みで受け、クラス担任の霜月(しもつき)先生のセリフを聞きながら、先ほど見たイベントを噛み締める。


 この世界、『ブロッサムメモリーズ』のメインヒーローであり、私の最推し――皐月清(さつきせい)のイベントスチルを回収できるなんて感激だった!


 これだけで、あたしが転生してきた意味があった!


 そうあたしの転生した世界『ブロッサムメモリーズ』は、人の攻略キャラと桜の樹の下で告白すると永遠に結ばれる伝説がある学園で、自分磨きをしながら攻略対象とデートを重ね結ばれる王道恋愛シュミレーションゲーム。


 そして入学式前に見ていたのは、幼い頃引っ越しで離れ離れになった二人が、再会の約束をした桜の樹の下で再会し、皐月清だけ、思い出す大事なシーン。


「――ねぇ、大丈夫?」


 なんて、目に焼き付けた映像に思い馳せていると、目の前に手を振って心配そうにあたしを覗き込むヒロインちゃんがいた。


「へぁ?」

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