16:像は建てないでください

「聖女様!? おお、まさか本当に来てくださるとは……なんとありがたい! 村の住民全員の署名を添えて何度も嘆願書を送った甲斐があった!! ワシはこの村の村長のヤゲンです! ワシの村を救ってくださってありがとうございます!!」

 ヤゲンはエレンティーナの手を取り、激しく上下に振った。


「お役に立てて光栄です」

 エレンティーナはなされるがままにしながら微笑んだ。

(昨日は怪我人を治癒してお礼を言われたけれど、やっぱり人に感謝されるのは嬉しいわね。頑張って良かった)


「久しぶりにこの場所から青空を拝むことができました。本当に、なんとお礼を申し上げれば良いか……この村はワシらの先祖が苦労して森を切り拓き、皆で少しずつ作り上げた村なのです。それがある日突然、瘴気に侵され、魔物に蹂躙され……もはや村には戻れない。村人全員、見知らぬ土地に骨をうずめるしかないと悲観しておりました。しかし、エレンティーナ様のおかげでようやく帰れる。懐かしいあの日々が戻ってくる……まるで夢のようです……」

 青空を映すヤゲンの目は潤んでいる。

 エレンティーナとルーファスは何も言わず、ただ黙ってヤゲンの傍にいた。


「そういえば、さっきの雷は何だったのでしょうか?」

 気を取り直したらしく、明るい声でヤゲンが質問してきた。


「エレンティーナ様が祈祷で雷を落としたのですか? いやはや、さすがは聖女様。人智を超えた力をお持ちなんですなあ」

「いえ、私にそんな力はありません。雷を落としたのは、あちらにいるラスベル様です。彼が魔法で魔物たちを一掃してくださったのですよ」

 手のひら全体でラスベルを示す。


「悪魔王っ!? おのれ、さては貴様が村に魔物を呼び込んだのじゃな!?」

 一人離れた場所にいるラスベルを見るなり、ヤゲンは再びファイティングポーズを取った。


「違います。ただ黒髪赤目というだけで、悪魔王とは全くの無関係です。この村には来たばかりですよ」


(警戒されるとわかっていたからラスベルは距離を保ち、会話に加わろうとしなかったのかしら……)

 微苦笑するラスベルを見て悲しくなり、エレンティーナは密かに拳を握った。


「ヤゲンさん。ラスベル様は私の護衛として旅についてきてくださっているんです。とても優秀な魔法使いで、国王陛下にその実力を認められ、魔法伯爵の地位を与えられているんですよ」

 にっこり笑ってみせる。


(国王陛下の名を出せば無下にはできないでしょう)

 果たして、その効果は覿面だった。


「国王陛下に……! いや、大変失礼いたしました。村のために戦ってくださった恩人を悪魔王呼ばわりするなど、なんと無礼なことを。申し訳ない。どうかお許しください」

 ヤゲンは慌ててラスベルの前に行き、深々と頭を下げた。

 エレンティーナたちも彼らの元へ移動する。


「いえ。誤解されるのは慣れていますので、お気になさらず」

「お許しいただきありがとうございます。ラスベル様たちはこれからどうなさるおつもりですか?」

「完全に瘴気が消えたか村を見て回ります。確認を終えたら、次の村へ向かうつもりです。エレンティーナ様の奇跡を待つ者がいますので」

「そうですか。過酷な旅になりますな……。どうか挫けることなくエレンティーナ様をお守りください」

「ええ、もちろん。命をかけて……と言いたいところですが、命はかけるなと言われておりますので。死なない程度に頑張ります」

 エレンティーナの無言の圧を受けて、ラスベルは訂正した。


「ほほ。ラスベル様はエレンティーナ様に大事に思われておるのですな」

 ヤゲンは目を細めてから、エレンティーナに身体を向けた。


「名残惜しいですが、ワシはこれで失礼いたします。近隣の村に避難している村の者たちに一刻も早く朗報を伝えたいので。皆、きっと喜びに咽び泣き、末代までエレンティーナ様の名を語り継ぐことでしょう。そのうち村にエレンティーナ様の像が建つかもしれませんな」

「もしそんなことになれば全力で止めてください」

 エレンティーナは真顔で言った。

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