第46話 一本の矢

 黒き敵将が再び剣を振り上げた。真宗まさむねが刀を横に構えて、真正面から受け止める。 彼の身体はまだ本調子ではなく、刀を支える腕が震えている。

 

「っ……!」

 

 綾菜は後ろに下がり肩から背負っていた弓を取り出す。刀ではかなわない相手でも、弓なら――!


「真宗様、下がってください! お願い……あなたを死なせたくない!」

 

 次の瞬間、綾菜の弓から放たれた一本の矢が、黒き敵将の右腕をかすめて飛ぶ。刃の軌道がわずかに逸れ、真宗は命を落とさずに済んだ。


 その矢は――

 以前にも、敵に囲まれそうになったところを、一本の矢が相手の腕を目掛けて飛んできたのを覚えている。

 

 (あの時も綾が我を助けてくれた……その弓矢で。間違いなく……我の愛した綾なのだな。)

 

「その女か……!」

 敵将が狙いを綾菜に変えた。

 しかし、それは計算通りだった。


「今です! かつ様!」

「おうよ!」


 勝が背後から跳躍し、敵将の脇腹を目掛けて斬りつける。


「くっ……!」

 ぐらついた敵将を、みどりの連撃が追い打ちをかける。

 そして――真宗はその隙を逃さなかった。


「綾……ありがとう」

 彼は刀を構え直し、まっすぐに敵将へと歩み寄る。

 その足取りは、もはや迷いのないものだった。

 

 真宗の刀が、真っ直ぐに敵将の胸へと突き刺さり、ついに相手は動かなくなった。



 ※※※



 戦場に静寂が戻った。

 勝と翠が警戒を解き、綾菜がそっと真宗に駆け寄る。


「あなたは、誠様だったのですね?」

 

「ああ、綾。やっと……思い出した」

 

「うぅっ……会いたかったです……!」

 

「我が心は、ずっとひとつだ。綾……どんな時代に生まれようとも、必ずそなたを見つけると誓ったからな」


 彼女の瞳に涙が浮かぶ。

 再び、手と手が重なる――今度は離さないと、心で誓いながら。

 真宗は、ふと遠くを見るような目をした。


「この地を焼くことが、未来だとは思わぬ。だが、いくさの先にしか平和を築けぬこともある。無念だな。だが……」


 彼は続けた。

「そなたが生きる“今”を、我が繋げるなら……この刀は、意味を持つだろう」

「真宗様……」


 それからも厳しい戦いが続き、気づけば兵士たちの犠牲が後を絶たなかった。

 やがて彼らは撤退を決断する。

 真宗の頬には微かな疲れがにじんでいたが、瞳はまっすぐだった。


「命を繋ぐ。それが、いくさの中で得た答えだ。いつかまた、海を越えてここに来るその時には、刀でなく、言葉と心で橋をかけたい」


 綾菜はその言葉を、胸の奥でそっと抱きしめた。

 それこそが平和への第一歩に違いない。

 命を落としてまで戦うことに意味はないのだから。


「真宗様……」

「綾……」

 帰りの船の中で二人は身を寄せ合って過ごしていた。



 ※※※



 ベッドで目覚めた綾菜。

「真宗さまぁ……」

 そう言いながら綾菜は起き上がって、引き出しから布を取り出した。

 

『我が心は、ずっとひとつだ。綾……どんな時代に生まれようとも、必ずそなたを見つけると誓ったからな』

 彼の言葉を思い出して綾菜はキュンとする。


「綾菜ー! 起きてるー?」

「ママ、起きてるよー」


 

 五年生の秋になると勉強も難しくなってくる。周りが皆、塾に行き出すのもこの頃からである。

 

「私も塾で教えてもらいたいな」

 ある日、母親に相談した綾菜。

「そうね……この近くなら二箇所あるから体験入学してみる?」

「うん!」


 こうして綾菜は体験入学をして、塾に入ることを決めた。しっかりと教えてもらいたかったので個別指導塾である。まずは週一回、算数を中心に時々国語を実施するカリキュラムで組んでもらった。


「行ってきます」

 

 夕方、綾菜は自転車で塾へ向かう。ドキドキしながら教室へ入ると、優しそうな女の先生が迎えてくれた。

 集団塾と違ってその子のペースに合わせてもらえるため、綾菜は無理せずに学習に取り組むことができた。

 

「ありがとうございました」

 初回の授業が終わって綾菜が自転車置き場に行くと、そこに見覚えのある後ろ姿があった。


「誠……くん?」


「綾菜ちゃん……」


 何と誠も同じ塾に来ていた。しかも同じ曜日の同じ時間帯である。

「私、今日からだったの」

「そうなんだ。僕も最近来たばかりなんだ」

 

 まるで運命のように感じる綾菜。

 自転車を押しながら途中まで一緒に歩いた。

 

「……なんだか不思議だね。前にもこんな風に会ったような気がする」と誠が話す。

「うん……私も、そんな気がした」

 

「綾菜ちゃん……ありがとう。僕を救ってくれて」

「ううん……私は誠くんのことが……」


 誠くんのことが、の後が出てこない。

 綾菜は顔が熱くなってくるのを感じた。

 夢と違ってまだ子どもなので、大人が言うようなセリフは言えない。


 だけどこの気持ちを伝えたい……。

 そう思った綾菜は、

「誠くんのことが……大事だから」と伝えた。


 すると誠も、

「僕も綾菜ちゃんのこと、大事に思ってるよ」と言ってくれた。

 何とも言えない雰囲気になって綾菜はドキドキしていたが、その後は他愛のない会話をしながら綾菜は帰宅した。


「ただいま」

「おかえり、綾菜。塾どうだった?」

「優しい先生でわかりやすかったよ。あと……」

 

 誠のことが頭によぎったが、また顔が熱くなりそうだったので――それ以上のことは言えない綾菜だった。



 

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