Intermission 8
食事を作る厨房部分と、白木のカウンタが一体になっている席で、朝ご飯をいただく。
白いご飯に、味噌汁、青菜の漬け物に。
脇に味噌の塗られた焼き魚に添えられた薬味。
「うーん、うまい、…。な、関ちゃん、おれのお嫁さんにならない?めし作ってくれるだけでいいからさー、」
「いってろ」
永瀬の言葉に関が冷たくいって、良い香りの茶を淹れる。
「関さん、それは?」
訊ねる神尾に、茶葉をみせていう。
「少し、棒茶を炒ってみたんですよ」
「へえ、…いいですねえ」
「かおりが、香ばしくなるでしょう」
「干したらのお茶漬けって、おれ大好き。関ちゃん、嫁になろー」
「だからいってろ、…滝岡、どうした?」
美味そうに飯をくっていた滝岡が、カウンタの右手に置いていた携帯をみる。
「呼び出しですか」
神尾の声に、永瀬が顔をあげてみる。
滝岡が携帯を取って、会話をする。
「わかった、…―――神尾、急患が運ばれてくる。熱があるそうだ。38.7分、腹痛を訴えている。子供だ。十才男児、――――…」
「前日食べたものの記録は?」
滝岡が神尾に携帯の画面に転送されてきたデータをみせる。
永瀬がさらっと茶づけをかき込んで。
「うまいね、ごちそーさん、と。滝岡、小児救急用の処置に入ってる看護師は布藤と、ICUには真栗がいる。緊急手術時にも器具出し対応はできるぞ」
「ありがとう、…いま当直の早川先生が診ている。もしかしたら、オペが必要になるな」
「そうですね、急いで戻りましょう、…――――秀一さん?」
顔をあげる神尾に、鷹城が綺麗に手を広げて廊下へ案内する。
「皆様、こちらへどうぞ。御準備は出来ております」
既にきちんとスーツを着て、案内する鷹城に。
火元がきちんと閉じられていることに気付いて、神尾が驚く。
―――関さんは?そういえば、…。
そして、揃って玄関を出て。
黒塗りの車が待っているのに、驚いている神尾と、まったく驚かずに当然のように反対側のドアから乗り込む永瀬に、先に乗る滝岡。神尾も最後に席に着いて、それから前を見て驚く。
「…―――関さん?」
「戸じまり終わったよ。どーぞ」
運転席にいる関と、そういって助手席に乗り込む鷹城に驚く。
そして、さらに。
「職権乱用?」
「緊急時は乱用じゃないぞ」
鷹城が楽しそうにいうのに、関が片手で取り出して、窓から車の屋根につけるのは。
「…――――パトカーランプ、…?」
赤い点滅するライトを車に乗せて、黒塗りの車が走り出すのに。
「…――関さんって、警察の方だったんですか?」
驚いていう神尾に、不思議そうに滝岡がみる。
「まだいって無かったか、…?こいつは刑事だ。これでも一応な」
「一応は余計だ、ちゃんと刑事だよ。それよりつかまってろ、安全運転で飛ばす」
「大事だもんねえ、安全運転」
「うるせえ、おまえ、元々車酔いするくせに、知らないぞ」
「一応、丁寧な運転なら、いま別の薬呑んでるおかげで酔わないもんね!…だから、丁寧にっ、…!」
幅の広い道路へ出て、関が安全運転で飛ばすのに、鷹城が文句をいって蒼くなる。
「なんだ、しゅーいちっちゃん、車酔い克服したんじゃなかったの?」
「その呼び方はやめてくださいって、…―――克服したんじゃなくて、いま呑んでる薬が車酔いにもきくらしいんですよ、…って、関っ!」
「…――――」
思わずも驚いて遣り取りしている鷹城達をみている神尾に。
「――患者のデータだ。永瀬、神尾」
滝岡が携帯用の小型モニタに患者のバイタルデータが転送されてくるのを二人にみせる。
「…―――神尾ちゃん、何食べてたっていってた?」
「前日夜は二十時に魚の天婦羅、いんげん他、野菜の天婦羅にご飯、となってますね。飲物は」
「こどもに二十時は遅いねえ、…。就寝が0時に、こどもが腹が痛いっていってるのに気づいたのが、…―――五時?いま何時?」
「六時三十八分だ」
「顔色蒼いですね、…――脈も、これは」
滝岡が応えて、神尾が患者の様子を映したモニタに云う。
「やばいな、これ、家族が気づいたのが五時で、相当前から痛がってたんだろ、…―――早川先生の診立ては?」
滝岡が、携帯に出る。
「…―――早川先生、わかった、…―――。永瀬、神尾」
「はい」
「関ちゃん、飛ばして!緊急手術になる!」
「…早川先生、ご家族に説明して。輸血をそう、――――血液部に連絡して、当直の長谷先生起こして」
「…後、十分で着く」
関が短く云うのに、神尾が云う。
「ありがとうございます。…滝岡先生、肌に発疹がみられますね」
「―――おう、おれ、これからいうの準備して、…―――」
永瀬が携帯で連絡を取り始める。
「洗浄と冷却循環の準備頼む。…神尾?」
「滝岡先生、家族に食物アレルギーに関して確認お願いします」
「わかった。…家族に食物アレルギーの聴きとり頼む、――――…出るぞ」
「ありがとうございます!」
病院に車が着き、永瀬が無言で反対側のドアを開け放って走り出す。降りた神尾が礼を云い、滝岡が軽く頭を下げて。
裏口から走り込んで、看護師に話を聞きながら中に入っていく姿を見送って。
「さあて、…――――戻るか」
関がハンドルに手を置いて。
「…無事に治るといいね」
「だな。―――――…あいつらなら、大丈夫だ」
関の言葉に鷹城が頷いて。
「そうだね、信じよう。あれ、外しちゃうの?」
赤いランプを外す関に鷹城がふざけたようにいってみせるのに。
「…いってろ。これで付けて戻れば職権乱用だろーが」
「確かに。本当に職権乱用だ」
楽しげに笑う鷹城に、関も笑んで。
苦笑して車を廻す。
そして、滝岡総合病院に背を向けて車を出す。
「…―――――」
「あまり、無駄に心配しないことだね、関」
「おまえな」
短く答えて、関が信号で車を止めて。
「あいつらが、…――後悔しないように、上手くいけばいいって思ってるおれは、勝手だな」
ぼそり、という関に鷹城が笑む。
「…それは僕も一緒だから。でも、まあ」
「ああ、…?」
「ああいう危険を背負っちゃう真面目すぎるばかの家族だからねえ、仕方ないよ」
「…―――まったく、くそ真面目のばかだからなあ、…あの連中」
「神尾さんも?」
「同類にみえたぞ?」
「…―――うん、確かに」
病院へ向かうときとはまったく違う、きちんと制限速度を守る緩やかな関の運転に鷹城が微笑む。
「…―――何だよ」
「いーや」
「気味わるいな、いえよ」
「いつもこーいう運転してれば、僕も気持悪くなんてならなくて済むんだって。運転が荒いんだよ、普段」
「…誰がだ、おまえが車酔いする体質なだけだろ!おれの運転はいつも丁寧だ」
「えー、誰がそれいってるんだよ?先なんて」
「先は急いでたろう!」
賑やかにいいながら、車は病院から遠ざかっていく。
そして、だから。
別の場所にいて、だから。
――――いつも、祈るくらいしかできないけどな。…
―――祈るくらいしか、できないけど。
関が駐車場に車を止めて、外へ出て空を仰ぐ。
鷹城もまた、近くて遠いその空の下を見るように。
「…――うまくやれよ」
ちゃんと、成功させろ、と。遠い空を仰いで関が呟いて。
鷹城もまた、静かに遠い空を見つめる。
かれらの努力が、報われるようにと。…
そして、見守る彼等に出来ることは何もないから。
「行きますか?」
「だな、…―――。」
鷹城が促すのに、関が応えて。
二人共が、彼等の努力が報われるようにと祈りながら、それぞれの仕事へと、歩を進める。
――祈って、信じて、だから。
後は、自分達の仕事をするだけだ、…と。
二人もまた、それぞれの職場へと。
全力を尽くして、祈って、己の分を果たす、…――――。
出来ることをする、それだけの。…
朝は、いつも同じように巡ってくるようにみえるけれど。
けして、同じ朝はないのだから。
そして、朝が始まり、一日が動き始める、――――。
今日の無事を、そして祈って。
この一日を、…――――。
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