第13話 不穏な忠告
ルーが実家に戻って3日が経った。
マヤと一緒に家事をこなしているため、ルーの生活にはゆとりが出来るようになった。
深夜遅くまで家事と課題に追われることもなく、きちんと睡眠が取れるようになると目覚めも爽快で何だか視野まで広がった気がする。
あれからルーはほとんど家族と話せていない。お父様に今後のことを訊ねようとしたところ、話すことはないと一蹴されてしまった。
「お前はただ私の命令に従っていればいいんだ。余計なことをするな」
男爵家とはいえ貴族令嬢なので親の意向で将来が決まるのは普通のことだ。
それなのにショックを受けてしまったのは、心のどこかで期待していたからだろう。
番になるつもりなんてないと言いながらも、番に選ばれたことでメリナのように褒めてもらえるのではないかと僅かな希望を抱いていた。――そんなことがあるはずがないのに。
それ以上何も言えずに頭を下げて部屋に戻るルーを気遣うように背中に触れてくれたマヤの手はとても温かく感じられた。
お母様もあれから風当たりが強く、家事全般に対して叱責されることが増えたが、マヤがいつもそれとなく間に入り庇ってくれる。自分が叱られるよりも耐え難く感じるため、制止しようとしたものの、マヤ曰くただの雑音として聞き流しているので問題ないと平然と言われてしまった。
マヤには助けられてばかりだ。
(メリナもあれから口を利いてくれなくなったわ……)
時折睨むような眼差しを向けられるものの、呼び掛けても無視されるためメリナが何を考えているか分からない状態だ。
こつんとガラスを叩く音に窓を開けると、フィンがふわりとルーの手の平に降り立った。
背中に掛けられたバッグをマヤが受け取り、朝食の準備が始まる。毎朝こうしてフィンが焼き立てのパンを届けてくれるので、家族の朝食を準備する前に二人で朝食を済ませるようにしていた。
「お嬢様、準備が出来ました。それと本日もご主人様からお手紙が届いております」
手紙が気になるところだが、まずは食事が先だ。
まだ温もりが残るパンは小麦の甘みが際立っていて、何もつけずに食べても美味しい。一緒に届けられたジャムも果物の形が残っていて優しい甘さでいくらでも食べてしまいそううだ。
結果的に一つはそのまま、もう一つはジャムを付けて食べるようになり、朝から幸せな気持ちになれる。
満たされた気分のまま、美しく繊細な模様が入った封筒を丁寧に開く。いつも封を切ってしまうのが勿体ないと思ってしまうものの、中に入っている便箋も毎回違っていてふわりと漂う花やハーブの香りに、いつもうっとりしてしまう。
流麗な筆跡で綴られるのは定型的な時候の挨拶ではなく、不自由がないかとルーを案じる言葉だ。
ルーの好きな物や欲しい物、昨日はどんな1日だったのかなど沢山の質問が並ぶ。その一方で、アレクシスが旅先で見かけた美しい風景や独特な文化、その土地ならではの食事など様々なことを教えてくれる。
大抵の竜族は領地から出ないそうなのに、アレクシスは少し変わっているのかもしれない。
読み終えると急いで返事を書いて、フィンに託す。
「朝食の支度は私でも大丈夫ですから、もっとゆっくりお時間を取られても大丈夫ですよ」
マヤはそう言ってくれるものの、あくまでもそれはルーの仕事であってマヤは手伝ってくれているだけなのだ。流石に全部任せてしまうわけにはいかない。
先にキッチンに向かったマヤを追いかけて階段を下りると、メリナに出くわした。
こんなに早く起きているなんて珍しいと思っていると、メリナは不機嫌な表情を隠しもせず、無言で部屋へと足を向ける。
「メリナ、待って」
無視されるかもと思ったが、予想に反してメリナは足を止めて振り返る。いざ向かい合うと何を話していいか迷ったが、まずは一番気になっていることを訊ねることにした。
「クルト様のお怪我は大丈夫かしら?」
「……誰のせいだと思っているのよ。どうせいい気味だって思っているんでしょう」
「そんなつもりはないの。ただ、少し心配で……」
髪を引っ張られたものの、フィンの攻撃は些か過剰だったと思う。それにクルトはメリナの婚約者で、将来義弟になる予定の相手を傷付けてしまったことに、多少の罪悪感があった。
とはいえ、謝ってしまえばフィンやアレクシスを非難することになる。ルーを護ろうとしてくれた彼らを責めるのは間違っているため、せめて怪我の具合を知りたいと思ったのだが、メリナの機嫌を損ねてしまったようだ。
「クルト様にも取り入ろうという魂胆なの?汚らわしい。勘違いしないでよ。あんたなんかどうせすぐに捨てられるんだから」
メリナが吐き捨てるように告げて踵を返したのと同時に、マヤがキッチンの扉を開き僅かに眉を寄せた。
「申し訳ございません。洗い物の音で話し声に気づくのが遅れてしまいました。妹君に何か言われましたか?」
「ううん、大丈夫よ。大したことじゃないわ」
じっとルーを凝視するマヤに笑顔を返して、ルーは朝食の準備に取り掛かる。
メリナにお父様の考えについて聞けなかったのは残念だが、言葉を交わせて良かった。刺々しい態度でも嫌われていても、無関心よりはましだ。
『あんたなんかどうせすぐに捨てられるんだから』
メリナはきっと正しい。アレクシスの優しさに甘えすぎてしまわないように気をつけたほうがいいだろう。
ルーはアレクシスを、番であることを選べない。
あの日、家族を選んだのはルー自身なのだから。
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