第12話 両親の反応

たった1日帰らなかっただけなのに、家に着くと何だか懐かしささえ感じる。両親の反応を考えれば緊張するものの、鍵を開けると屋敷は無人の状態だった。

ほっとするような拍子抜けするような気分で部屋に荷物を置き、服を着替える。


(食材は足りそうだから買い物に行かなくて大丈夫そうね)


まずは洗い物を済ませて夕食の下拵えとその合間に掃除をし、洗濯は明日の朝に行なえば良いだろう。


「お嬢様、いくつか質問をさせていただければ私が致します」

「でもこれはマヤの仕事ではないわ。お茶を淹れるから良かったら休憩していて」


両親がいない以上、勝手にマヤの部屋を決めるわけにはいかないが、ルーの部屋で少し休んでいてもらおう。朝からずっとルーに付きっ切りなのだから、いい加減休憩を取らせてあげなければいけない。


「お嬢様の代わりに働くために私はこちらにおりますので。……ただ、初日ですので一緒に仕事をしながら覚えさせていただいても?」


ルーが困った顔をしてしまったからか、退かない姿勢を見せつつも譲歩するように提案したマヤに対して、ルーは有難く受け入れることにした。

きっとアレクシスから色々言われているだろうに、ルーに合わせてくれるマヤには感謝しかない。

実家に向かう馬車の中で、アレクシスはマヤから離れないこと、いつでも屋敷を訊ねても良いことなど繰り返し伝えてくれていた。


マヤが洗い物をする傍らでルーは夕食の下拵えを行うことにした。誰かと一緒にキッチンに並ぶのは初めてで、何だか嬉しいようなこそばゆいような気分だ。

ルーが野菜を切っているとマヤがちらちらとルーの手元を見ていることに気づいた。


「昔通いで来ていた使用人のやり方を見様見まねで覚えたから、持ち方とかおかしかったら教えてね」


料理人を父に持つマヤからしたら野菜の切り方だけでなく、包丁の持ち方なども危なっかしく見えるのかもしれない。

そう告げると、マヤははっとしたように目を丸くして首を振った。


「いえ、そうではないのです。実は……私はあまり料理が得意ではないので、お嬢様の手際に見惚れておりました」


お世辞も入っているのだろうが、そんな風に褒められたことがなかったので口元が緩んでしまいそうだ。


幼い頃は父親と同じ料理人を志したこともあったが、何故か料理に関してだけは不器用なため諦めたのだとマヤは僅かに悔しさをにじませて言った。

何でもそつなくこなせるように見えるマヤの一面を意外に思いつつ、幼く見えるその表情はとても可愛らしく見える。


「マヤはお父様のことが大好きなのね」

「はい。縁もゆかりもない私を育ててくれた恩もありますが、誰よりも尊敬する大切な人です」


さらりと告げられた内容に、一瞬理解が追い付かなかった。


「お嬢様、洗い物が終わりましたので先に玄関のほうを掃除してまいります」

「あ……うん。じゃあお願いするわね」


動揺するルーをよそにマヤは気にした様子もなくキッチンから出て行った。残されたルーは手を動かしながらも、マヤの言葉が頭から離れない。


血の繋がりがなくても家族になれることは知っている。それなのに自分でもどうしてこんなに動揺しているのだろう。

誇らしげに告げるマヤの声と表情に父親への愛情がひしひしと伝わってきた。


(私はきっと……あんな風に答えられない)


それでも選んだのは自分なのだといつものように心の中で呟いても、どこか虚しい気がした。


玄関の扉が開く音に慌てて飛び出せば、マヤがお父様を迎えているところだった。頭を下げるマヤに対して、何かを告げた後に舌打ちをしている。不機嫌そうな様子に怯みそうになったものの、ぐっと堪えて声を掛けた。


「お、お帰りなさい」


顔を顰めてルーを一瞥すると、お父様は無言で通り過ぎ私室へと向かう。無視されるのはよくあることで、機嫌が悪い時には怒鳴られるため今日はまだましな方だ。

それでもメリナから話を聞いている以上、何かしらの反応があると思っていただけに落胆を覚えた。


「お嬢様、玄関の掃除は終了いたしました。料理がお済みでしたら、夕食の時間まで少し休憩なさいませんか?」


まだ別の場所の掃除が残っているからと断りかけたものの、ルーが休まないとマヤも休めないのだろう。マヤの提案に頷き、ルーはマヤとともに自室へと戻った。


「ルー、何をしているの?!まだ掃除が終わっていないじゃない!」


ノックもなく扉が開き、苛々した様子のお母様が入ってきた。一緒にいたマヤを見て、露骨に顔を顰めている。


「勝手に他人を家に上げるなんて、何か勘違いしているのではなくて?貴女が番なんて何かの間違いに決まっているんだから」


どうして知っているのだろうと思いかけ、狼族であるクルトから何か聞いたのかもしれないと思いなおす。昨晩アレクシスは言葉を選び説明をしなかったのだから、きっと彼が伝えたのではないはずだ。


「申し訳ございません、奥様。ルー様のお側に付くことになりましたマヤと申します。ご当主には許可を頂いておりますので、お掃除は私が代わりに行ないます」

「主が戻ってくる前に終わらせておかないなんて怠慢だわ。愚図な貴女にはお似合いだけど、仕事をしないなら追い出すわよ」


吐き捨てるようにそう告げると、お母様は乱暴に扉を閉めて出て行った。まるで嵐のようだと思いながらも、マヤに対する申し訳なさで一杯になる。


「マヤ――」

「お嬢様のせいではございませんよ。私は気にしておりませんので、お嬢様もどうかお気になさいませんよう」


アレクシスはきっと使用人に対してあんな態度を取らないだろう。自分だけならまだしもマヤへの暴言は言いがかりでしかない。


(そういえば昔いた使用人たちへの態度も酷かったような気がする……)


これまではルーが愚図な上に役立たずだから仕方がないと思っていたが、マヤのような優秀な侍女にまでそんな扱いをするのは間違っている。


もどかしいような納得できないような気持ちを抱えながら、ルーはマヤとともに掃除に取り掛かったのだった。

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