1-4 secret area

三便は七時十五分に来るバスで、少しだけ遠回りする。

といっても五分くらいしか変わらないけれど。

だから七時二十分に来る四便とほぼ変わらない。

何人か立っている人がいる中、二人席を一人で座っているのはちゃんと意味がある。

バスが止まった。降りる人がいるわけではなく、バス停に人がいたから。

「碧乙先輩!」

「あ、心くん!」

おはようと言い合い、碧乙は隣に座った。

碧乙は一つ上の先輩で、入学式の時教室が分からなかった心と月人を優しく教えてくれて、しかも教室まで送ってくれた。

それを機に仲良くなったけれど一緒にいる度分かった事は、少し…いや、かなりのバカ…天然?だという事。

先生に呼び出されているのをよく見かける。

「どうしたの?いつもはこの次のバスじゃなかったけ?」

「今日は月人が委員会で」

「あ、そうだったんだ。月人くんすごいねぇ。前期もやってなかったけ?」

「うん。本人はあんまり好きじゃないらしいけれど……」

立候補と推薦できまる委員会。月人は前期も後期も推薦でそのまま委員会に入った。

「いやー、俺なんて一生推薦されないよ、ねぇ?」

「え、そんなこと……ナイと思いますけど」

少し目をそらしながら言ってしまった。

「え!ほんと?」

よっしゃ、とガッツポーズをする碧乙。

……なんだろう。すごい罪悪感がある。

……なんでだろう?

「一年生は何か課題あった?」

「えっと、特に何も」

「えー、いいなぁ。二年生になったら一気に増える……増えた気がするから覚悟しといてね」

それは結局増えたのか変わっていないのか?

よくわからない。

「そういえば、月人くんが委員会だからこのバスに乗ったんだよね?」

急に振り出しに戻る質問をされた。

こくんと頷いて、碧乙と目を合わせる。

心よりも背が高い碧乙を見るには斜め上を向かなきゃいけない。

そうしたら自然と上目遣いになるわけで。

「ほんと心くんは可愛いね」

そう言われて頭をポンポンして、そのままわしゃわしゃと撫でられる。

「わっ!」

びっくりして少し声が漏れる。

「あ、もしかして一人が寂しかったからこのバス乗ったの!?」

嬉しそうに聞いてくる碧乙。なんだか餌を待っているむう……猫に見える。

碧乙は猫が嫌いなはずなのに、たまに猫かと思うような言動をする。

でも、なんて返せばいいんだろう?

「寂しかったのもありますけど、月人が一人で行くのは危ないからって……」

朝言われた事をほぼ正直に言った。

「月人くんってホント過保護だよね。心くんだけには」

なぜか、気持ちはわかるけど……と呟いている。

「そんな事ないと思いますけど……」

「……洗脳済みか」

「へ?」

「いや、なんでもない」

なんだか、昨日もこんな会話したような。

少し考えたけど、思いだせなかった。


今日一日心を観察していて気づいた事、授業が終わる度に少し嬉しそうな顔をする事。

いや、授業じゃなくて、時間が経つのが嬉しそう、っていう感じ。

下校中のバスでもウキウキしている。

これは……なにかあるぞ。

「心、今日何かあるの?」

「ふぇ?何もないよぉ~」

聞いてみるけどいつも以上にふわふわしていて、嘘か本当か分からないほど曖昧な返し。

いつもの心だったらわかるのに。

「熱でもあるの?いつもよりふわふわしてるよ」

「そんなことないよ~」

顔が赤いわけでもない。

心の周りには楽しそうな音符と、少しキラキラした雲の様ななにかが舞っている。

そんな感じの幻覚が見える。……不思議だなぁ、心は。

そして、なぜか思い出した。

昨日ネットで見た都市伝説を。

「あ、ねぇ心。『曜日図書館』っていう話知ってる?」

「ほぁ?何それ?」

え、ん?今心何って言った!?

ほぁ?……って言ったよね!?

なにそれ!可愛い!天使!もう神!

あ……。

心配そうに固まった月人を見る心。

「あ、えっと、『曜日図書館』っていうのはね、姿や広さが変わる図書館の事で、この世界のどこかに絶対あるんだって。所蔵される本も毎日変わって、その図書館に行くと絶対に『人生を変える本』に出会えるんだって」

「人生を変える本…?」

ぱぁぁと笑顔になってキラキラした目で聞いてくる心。

「うん。そういう噂だけど。やっぱり心好きそうだなって思ったんだ」

ゲームとかネットを見る事も無く、家でも読書しかしないほど、本一筋な心。

心に影響されて読書が趣味になってきているが、それでも心のお勧めの本は、どれを読んでも新たな感情が芽生えるものばかりだ。

「図書館って、毎日変わるならどれくらいの冊数があるのかな!?まだ読んだ事ないジャンルとかありそう!行ってみたいなぁ」

……ファンタジーな部分を忘れているような。

でも、そういうとこも心らしい。

可愛い。

「まぁ、あくまで都市伝説だから。本当にあるか分からないよ」

「えー。でも、信じる者は救われるっていうでしょ?」

首を傾げ、きょとんと聞いてくる心。

心は現実と空想の境界線が曖昧なところがある。そこが誰よりも本に没頭できる理由の一つだと勝手に考察している。流されやすいところあるし…まぁ、そういうところも可愛いけど。

「月人、いけるかなぁ?曜日図書館に!」

少し前を歩いていた心がふっと振り向いて、月人に笑顔を見せた。

閉じた瞳は、綺麗な二重と大きな涙袋で縁どられていて、ぱっと見女の子に見えてしまう。

でも、その笑顔に闇を感じないと言い切れなかった。


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