23話 イヤボーン訓練

 ごっちゃんは館内を見渡した後、俺たちの方にやってくる。


「次は、刃刀くんの番じゃね。流星も一緒にくるんだよ」


「俺も?」


「うん。ここからはお手伝いさんがいるんだよ」


 ごっちゃんは調味料たちに聞かせたくない内容なのか、俺を少し離れた位置に手招きしてから、背伸びして耳元で小さく話しだす。やばい。

 ごっちゃんの顔が近くに来たせいで、にやにやしちゃいそうになってしまう。顔を引き締めて、まじめに聞こう。


「強さ順に実習していたんだよ。これからはね、比較的、能力が覚醒しつつある者の順番なんだよ。万が一能力が暴発したときに備えてほしいんじゃよ」


「分かりました。ようやく俺の出番が到来ですね。任せてください」


 へえ。能力順か。体育館に男子はほとんど残っていなかったし、調味料四天王は成績優秀だったのか。


 ごっちゃん、俺、塩、B組女子の4名は階段を下りて地下へと向かう。


 着いた先は以前、俺とクッコロさんが戦った広間ではなく、せいぜい教室程度の狭い部屋だ。地下なので窓がなく天井も低く薄暗いので、微かに息苦しさを覚える。薄暗い照明にコンクリートむき出しの床……生活感はないな。


「ね、ねえ、赤井君」


 塩が怯えたように声を震わせている。

 理由は分かっているから、聞こえないフリ。


「ちょっと、赤井君。さっき、通り過ぎた部屋」


 あー。あー。聞こえない。俺は何も聞こえない。


「中からうめき声が聞こえてきたんだけど、あれ、上に戻ってこなかったクラスメイトだよね」


 あーあー。聞ーこーえーなーいー。


「ねえ、何で女子だけ上に戻って、男子は地下で呻いているの。ねえ」


 塩がガタガタ言っていたらごっちゃんが、いつものほんわか笑顔で近づいてきた。


「安心するのじゃ。死んだりはせん。みんな無事じゃ」


「そ、そうなの?」


 安心しかけた塩に、俺は容赦なく真実を告げる。


「お前の番からは、万が一の事故に備えて俺が呼ばれたけどな」


「こら、流星。よけいなことを言わないんだよ!」


「いっ」


 尻をぎゅっとつねられた痛みで踵が上がってしまった。


「この授業はな。男子側に多少の危険があるからね。拒否することも可能じゃ。ただ、な。誰も拒否しておらん」


「え?」


「イヤボーンの実演なのじゃ」


「イヤボオン? なんですか、それ」


「ワシと流星は入り口で待機。すると、刃刀と宇佐木ちゃんが狭い空間でふたりきりじゃろ?」


「はい」


 B組の女子は宇佐木というらしい。事前に説明を聞いていたのか、塩に比べるとやや落ち着いた様子だが、やはり、視線は落ち着かず室内を彷徨っている。


「宇佐木は、ほれ、これで後ろ手に縛るじゃろ。脚も縛るじゃろ?」


 ごっちゃんは説明しながら宇佐木……うさぎのような小動物系女子を部屋の奥に連れていき、手足を縛った。宇佐木は立っていられずに、お尻をついた状態で、怯えたように視線をあちこちにさまよわせている。

 ちょっとちょっと、あれ、スカートだから角度によってはパンツが見えるんじゃないだろうか。


「まあ、簡単に言うとじゃな、刃刀は、ほれ、これで脚を縛るじゃろ?」


「はい」


 ごっちゃんは、塩の両足首を縛りつけた。その際、ごっちゃんの頭が股間の近くにある状況に塩が興奮したか、頬を緩ませているのを俺は確かに見た。訓練が終わったらごっちゃんに密告するからな。覚えておけよ。


 というか、ごっちゃん、前からじゃなくて後ろか横から縛ろうよ!


「あとは自由じゃ。5分やるでな。刃刀は、あのいたいけな女子のところまで這っていき、スカートの中を覗いてもいいし、おっぱいモミモミしても良い」


「えっ!」


「えっ!」


 塩だけでなく俺まで驚きの声をあげてしまった。


 やはり女子は事前に説明を受けているらしく、不安げに眉をひそめてはいるが驚いた様子ではない。


「これはな。刃刀があそこまで這っていく間に、女子が身の危険を感じて、能力に覚醒するための訓練なのじゃ。下卑た笑いを浮かべる男子が近づいて、女子が、いやああと叫んで、ボーンと大爆発じゃ!」


 いやあと叫んでボーンだから、イヤボーンの訓練なのか。


「女子は基本的に、マヨネーズと石鹸の作り方さえ覚えておけば、あとは運命の女神がいいようにしてくれるのじゃ。じゃが、たまに魔王的な存在と遭遇する場合もあるからの。イヤボーンの能力を秘めている者には、事前に覚醒訓練をしてもらうんだよ。最近は、戦える悪役令嬢のニーズが増えまくりなのじゃ」


「それは、両者ともに危険なんじゃ……」


 俺は不安だったが、塩は握りこぶしを掲げて、「やります!」と気合い充実だ。

 さっきまでクラスメイトの苦痛の呻き声を聞いて怯えていたくせに……。


「おい、本当にやるのか……?」


「もちろんだよ赤井君。僕たちも彼女たちも異世界に召喚されたんだよ。1日も早く力を身につける必要があるんだ。彼女だって、異世界で卑劣な盗賊や醜悪なオークに襲われて覚醒するくらいだったら、ここで僕の手によって覚醒する方が安全だよ。もちろん演技だし、スカートの中を覗いたり身体を触ったりしないよ。あくまでも演技で、襲うふりをするだけだよ」


「お、おう……」


 やたらと饒舌で引くわー。


「うむ。では、始めるのじゃ!」


「はい!」


 塩は生き生きとした表情で、上半身だけになったゾンビのようにして、うさぎ系女子へと這い寄っていく。


「や、やだ……やめて」


 宇佐木は本気で恐怖しているようだ。


「宇佐木ちゃんには幻術をかけているから、刃刀くんのことがオークに見えているんだよ! 本気で怯えているんだよ!」


 同世代の女子にガチで怯えられているのに、ニヤニヤ笑みを浮かべならが這い寄って行くクラスメイト。


 なんという地獄絵図ッ!


 頑張れ小ウサギちゃん。

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