9話 ごっちゃんと並んでソフト麺を食べる

 ごっちゃんが教卓の前に立ち、銀色の棒で生徒の給食を指す。


「いただきますの前に軽く説明します。今日の給食は一見すると単なるソフト麺。しかし、汁が違うのです。異世界の生き物の骨を煮込んだスープです」


 マ?

 白濁スープからは豚骨のような匂いがするし、大根やニンジンのような野菜が入っている。本当に異世界の材料で作られているの?


「最初は日本の給食風よ。少しずつ異世界っぽくしていくから、楽しみにしていてね。では手をあわせてください。いただきます」


「いただきます!」


 教室内のほぼ全員が唱和しただろう。一つになった声が、わっと、膨れあがった。


 ソフト麺を汁につけて、さあ一気にすすろう、としていたら視界の端からお盆が一つ侵入してきた。

 ん、と顔を上げれば、ごっちゃんだった。


 ごっちゃんが肩を押してきたので、脚に車輪がついている椅子は俺ごと後ろに移動した。何がしたいんだろうと思っていたら、ごっちゃんは俺の太ももに座ってきた。


 お尻の柔らかさがタイトスカートと学生服のズボン越しに、俺のふとももにびんびん伝わってくる。


 やばい。健全な男子高校生の俺としては、ちょっと、やばい。ラッキースケベを何度も体験している俺だけど、慣れるなんてことはなく、普通にヤバい。女子のおしりの感触が太ももに当たるのは、ヤバいよヤバい!


 ごっちゃんの太ももの感覚と、俺の眼前に来る後頭部から漂う髪の匂い、マジでヤバい! 食事時だから具体的には、何がどうヤバいのかは伏せるけど、ウィンナーがフランクフルトに進化する的な意味で、ヤバいんだって!


「あの、ごっちゃん、いったい何を」


「机が他にないから、しょうがないのじゃ」


「でも、そこに座られると、俺が食べれない」


「そっか……。じゃあ、いったん退くから流星が端に詰めるのじゃ。ふたりで座るんだよ」


「ええーっ」


 俺は一つの椅子にごっちゃんと座ることになってしまった。右半尻が半分はみ出しているから、微妙に踏ん張らないといけなくて食べにくい。

 踏ん張っているのはごっちゃんも同じらしく、ふたりの腰が強く押し付けあって、とても柔らかい。


「クラスメイトに、めっちゃ睨まれているんだが」


 俺は意識しまくっていることを悟られないように、口をとがらせてぶっきらぼうに振る舞う。お尻が離れたとはいえ、女子と密着していたら、普通にドギマギしてしまう。


「教師とはいえ、私のような可愛い女の子が自分たちと同年代の男子に密着していれば、気になって当然なんだよ」


「分かっているんだったら離れてくださいよ。俺、微妙な立場だからクラスメイトから、疎外されたらどうするんですか」


「それが狙いじゃ」


 ごっちゃんはソフト麺を美味しそうにつるっとすすった。


「異世界に転移すれば大半の者が異性にモテモテじゃ。しかし、日本にいたころは彼女いない歴イコール年齢じゃろ?」


「俺はそうだけど、みんながみんなそうとは限らないだろ?」


「んー。ラブコメ世界なら少しはモテておったかもしれんのー。けどなー。召喚魔法は、退屈な日常に何かが足りないと感じておるような者を呼ぶのじゃよ」


「そんなことは……」


 ないとは言い切れないな。

 少なくとも俺のリアル生活は充実していなかった。

 友達がいないし、会話相手もいないから、スキルで架空の妹を創ってしまったのだし。


「自分の世界に居場所があるような充実した者は、召喚魔法で呼ぶのは難しいのじゃよ。世界に留まろうとする見えない意志の力が働くからの。その一方で、世界に未練のないものは召喚しやすい」


「どうせ俺も非リア充ですよーだ。彼女いない歴イコール年齢だし」


「ワシと会話したことあるし、ここで失った時間を取り戻せるくらいワシと仲良くすればいいのじゃ。お主はこれからリア充じゃよ」


 ごっちゃんは麺を勢いよくつるっとすすった。


「本当はな、ワシみたいな可愛い子が何十人もおったなら、ひとりひとりにモテモテ実習体験をさせてやれるのだがなー。ワシみたい可愛い美少女はワシしかおらんじゃろ? ん? ん?」


 上目づかいで長いまつ毛をぱちぱちしながら、可愛いアピールしてくる。上品に整った顔立ちなのに、子供っぽく表情がころころ変わるというギャップにときめかざるをえない。

 そしてやっぱり、3割笑顔で数瞬とまって、期待を煽ってから、にぱっと満面の笑みを花開かせた。


「頑張れば美少女とイチャイチャできるとなれば、俄然、みんなの学習意欲も湧くんだよ?」


「なるほど。俺がこうやってごっちゃんと小声で秘密トークをしていることが、めぐりめぐって、どこかの異世界で野盗に襲われている姫を救うことに繋がるのか」


「うむ。飲み込みが早くて良いのじゃ。そう、ソフト麺だけに」


「あ、こら、ちゃんと噛みなさい」


「なんじゃー。親みたいな言い方なんだよ」


 あ、つい、架空の妹に接するような口調になってしまった。

 ごっちゃんには生徒として丁寧に接するのか、同年代の女子として距離を置くのか、いまいち距離感を掴みにくいのだ。


「しかし、の、今みたいなのは、ポイント高いぞー。うりうり」


 ごっちゃんが肘で脇をぐりぐりしてきた。なるほど、確かにクラスメイト達の視線に嫉妬だけでなく、若干の殺意が混ざりつつある。


 ごっちゃんの狙いは分かった。


 だからこそ、胸がちくりと痛んだ。


 ごっちゃんが俺と親しくしてくれるのはすべて授業のための演技なのだ。

 初対面からフレンドリーだったし、話しやすいし、もっと仲良くなれるのかなと期待したんだけどなあ。求められているのは、俺の戦闘能力だ。俺自身じゃない。

 異世界でも、言い寄ってくる美少女はたくさんいた。求めればすぐに恋人になれただろう。けど、それは、俺のスキルや戦闘能力に対する好意だ。俺自身が好かれているわけではない。


 そう。

 俺自身が、能力だけを見られているような気がして、他人からの好意を無条件に受け入れることができないのだ。


 好きと言われても納得できないのだ。

 誰か、戦闘能力なんか関係なく、本当の俺を見て好きになってくれないだろうか……。

 俺自身、誰かを本心から好きになったことがない。

 本当は俺も、誰かを好きになりたいんだ。


 へへっ。ひねくれてんな、俺……。

 悪いけど、こういう考え方すんの、格好いいと思ってんだぜ。

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