8話 いっしょに給食を食べるんだよ

 三時間目は教室で座学だ。

 はっきりいって、見覚えがあるレベルで普通の教室だ。


 教卓に立つのは、理知的な三角眼鏡とセクシーなタイトスカートが魅惑的な女教師。数学を教えてくれそうな顔つき。放課後にエッチな課外授業に誘ってくれそうな妖艶な雰囲気が漂ってくる。


 というか、ごっちゃんだ。


 ごっちゃんだけど、先ほどまでの幼い印象がなりを潜めて、色気を醸しだしている。

 女性の変貌っぷりに、まじ驚愕。開いた口が閉じない。

 ごっちゃんって呼んでも問題ないだろうか。


 ううむ。どうしよう。

 今の俺には可及的速やかに、確認しなければならないことがあるんだ。


 俺は先生に声をかける。


「護国先生」


「ごっちゃ……。うっ、ううっ」


 あ。おちょぼ口で、ぷるぷるしてる。脊髄反射で「ごっちゃんです」と言いかけたのを堪えている。


「な、何でしょう、赤井君」


 彼女は平静を装った口調で、眼鏡をクイッとした。銀縁フレームがキラッと輝く。


「僕の席が無いんですが」


「ちょっと外に来なさい。他の者は自習していなさい。座席には教材一式が入っているわ」


 あれ。廊下で怒られるパターン?

 俺は女教師に続いて、生徒の視線から逃げるようにこそこそと教室から出る。


 ごっちゃんがくいくいと手招きするから、俺は前かがみなる。げんこつかなーとちょっとだけびびっていると、ごっちゃんが背伸びして「ごっちゃんです」と耳打ちしてきた。

 あっ、息がくすぐったい……。

 どうやらふたりのときはごっちゃんと呼べということだ。


「座席が一組足らないのじゃ。お主は学級委員長じゃし、ワシのお手伝いということで一緒に教卓に立っておいてほしいのじゃ」


「あー。はい。分かった。座学でどれだけ俺が役に立てるか分からないが、全力を尽くす」


「うむ。頼りにしておるぞ。最近は異世界転生者が増えたせいで、ここは新米教師のワシでも担任になるくらい、人手不足でなー。特に『何処にでもいる普通の男子高校生』クラスは『会社で評価されずに酷使されている男』と同じくらい、いつも教官不足なんじゃよ」


 なるほど。確かに、普通の男子高校生の転移率は高そうだしな。俺みたいな生徒を教師の助手に抜擢したくなるのも当然だ。


「よろしく頼むんじゃよ」


「はい」


「では、授業なのじゃ」


 俺はごっちゃんに続いて、教室に戻った。

 まあ、まだ異世界転移訓練学校とやらに来て二日目だし、暫くは周囲の状況に身を任せて流れていくべきだ。


 異世界に転移した人のあるあるなんだろうけど、流されているなー俺。まあ、何をすればいいのか分からないし、しょうがない。前回も流されるままにしていたら、気づいたら魔王を倒していたし。


 とりあえず今はごっちゃんの指示に従おう。妹みたいで可愛いから助けてあげたいし。

 困っている美少女を助けるという意味では、ここが俺の『異世界』だし、これが俺の物語だ。


 俺は、ごっちゃんの手伝いに尽力する決意を固めた。


 とはいえ、座学の授業で、俺が他人に教えるようなことは何もなかった。全員、自分が召喚される世界の文化や言葉を学んでいるんだから、タブレット端末に表示される内容が異なる。

 なーほーね。これで、みんな異世界でも会話が可能なんだ。


 ときおり質問があったら、ごっちゃんが答えている。

 何気に学校の備品は最新の物だ。ごっちゃんのだけが、おもいっきり旧世代機のようだ。


 俺には何もすることがないから、ただ、教卓の脇に立っているだけだ。

 たまに同じ姿勢を維持するのが辛くなって身じろぎする。なんか俺、助手ポジションではなく、怒られて立たされている生徒では?


 教室左前にある教師用の座席に着いたら駄目だろうか。俺の視線に気付いたらしいごっちゃんが「めっ」というジェスチャーをしたから、駄目なんだろうなあ。


 仕方ないから、試験中の教官よろしくごっちゃんを真似して教室内を練り歩くことにした。おうおう、みんな真面目に学習しているなあ。この熱意は何処から湧いたの?


 三時間目、四時間目が終わり、昼休憩の時間がやってきた。


 出席番号順に選出された給食当番が配膳した。


 学級委員長だから当番が免除される、なんてことはなく俺も給食当番だった。雑用をこなしているという感覚はなく、むしろ楽しかった。俺の高校は弁当か食堂だったから、配膳作業は中学以来だ。


 メニューはソフト麺だ。


 懐かしすぎる。小学校の頃、ラーメンでもうどんでもない触感が、めちゃくちゃ好きだった。なんか、中学校では出てこなくて絶望したわ。


 生徒用の座席は余っていなかったから、俺は教室の左前にある教師用の座席で給食をとることになっている。


 全員の準備が終わった後、俺はいただきますが待ちきれなくて、麺を袋の上から指で押さえつけて十字にあとを付けて、四分割した。


 すると、それを見た一部の生徒からざわめき。


「おい、あいつ、何をしているんだ。麺を分割したぞ」


「そうか、麺を少量ずつ取ればお椀から汁が零れることはないし食べやすい」


「凄い! こんな食べ方があったなんて!」


 なんで、こんなことで、現代知識が絶賛される異世界みたいなノリになるんだよ!


 そんなことより早くいただきますしようよ。

 もう口の中はよだれでいっぱい。

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