6話 ごっちゃんと剣で戦ってラッキースケベ

 俺は訓練用の剣を手にし、軽く振ってみる。手に馴染ませようとしただけの素振りなのに、風を起こしてしまった。周囲から驚嘆の声が聞えてくる。


「おい、あいつ、この重さの剣を軽々と振っているぞ」


「今の何だ。風の魔法でも使ったのか?」


「剣筋がほとんど見えないぞ」


 うん。『片手剣Lv7』のスキルは普通にまだ使えるな。


 俺はごっちゃんと数メートルほど離れて向かいあう。


「くっくっくっ。ワシには分かるのじゃ。お主、何かしらのスキルで剣術の達人になったな?」


「あ、ごっちゃん、素で喋った!」


「うるさい! 勝負開始!」


「おう!」


「覚悟せよ! はあっ!」


 一瞬でごっちゃんが目の前に現れた。凄まじい踏み込みだ。


 裂帛の気合いとともに豪速で振り下ろされた剣を俺は自分の剣で受け止め、そのまま力を込めずに受け流す。特に意識せずとも自然と体が動いた。


「ふむ。さすが二週目はこの程度、軽くいなすか。次は少し早くしていくぞ」


 少し、と言った割にはごっちゃんが巻き起こすのは、さながら銀の竜巻だった。

 ごっちゃんの剣とボディーアーマーの銀色が目の前にあることは分かるが、動きが速すぎて輪郭が曖昧になるほどだ。


 斬撃の風切り音と、剣同士が激突する甲高い金属音が一つの曲のように鳴り響く。周囲の生徒たちが驚嘆の声をあげるが、俺たちの剣戟音の方がはるかに大きく、体育館を揺らす。


「えっ。まじ。ごっちゃんって本職の剣士?」


 様子見の攻撃からでも分かる。俺が過去に出会った異世界の剣士でも、最上位クラスだ。

 しかし、そのすべての斬撃を俺は受け流す。以前の異世界では四本腕の魔王軍幹部の剣をすべて受け流したこともあるくらいだからな。相手の初動で完全に剣の軌道を見きっているから、いくら速くても斬撃が俺に届くことはない。


「さあ、どうした! 流星、貴様のスキルは防御能力だけか? 攻撃したらどうだ」


「いや、見学中の生徒への手本だから。一瞬でケリがついたら勉強にならない。学級委員長として模範になることが求められているなら、それに応えますよ」


「遠慮はいらぬ。達人同士の戦闘は一瞬で終わるもの。それを知ることもまた勉強だ」


 なるほど。やれと言われればやるしかない。


 俺はごっちゃんの連続攻撃が途切れる一瞬、ほんのわずかな呼吸のタイミングに合わせて、剣を横一線になぎ払う。


 ごっちゃんは俺の攻撃を紙一重で避ける。


 俺達は一瞬視線を重ねあうと、後ろに跳躍して距離をとる。


 演舞と勘違いしたのか、周囲からは拍手が起こった。


 凄いなごっちゃん。魔王軍の幹部になれるレベルだぞ。


 本気でやらないと決着がつきそうにもないけど、どうする?


 俺が悩んでいるとカランカラーンと金属が転がる音。


 見下ろすと、ごっちゃんの足元で銀色の丸いものが転がっていた。

 もしかして、胸当て? 確認のために視線を上げる。


 予想どおり。ごっちゃんは全身肌色のタイツみたいなのを着ているだけなので、胸の中心に二つほど小さな膨らみが見えた。あれは、タイツか、生乳か?!


 俺の視線に気付いたごっちゃんが「きゃあっ」と小さく悲鳴を上げると、胸を押さえてへたり込んでしまう。

 体育館を揺らす「おおーっ」という叫びは、教官を圧倒した俺に対するもの……じゃないな。


「くそっ、ここからだと距離があってぼっちが見えない!」


「まさか、わざとアーマーを斬ったのか?」


「あれだけの技量をいやらしいことのために使うなんて。アイツ、何者だ!」


 モブの生徒が好き勝手言ってやがる。


 俺はジャージの上着を脱いでごっちゃんに渡す。


「ごめんっ!」


 恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないし、妹そっくりの女の子の胸ぽっちを男子どもに見せるわけにはいかないのだ。


「ううっ……。流星、酷いんだよ。遅刻だけでなく、こんなことまでするなんて……」


 ごっちゃんは襟元をぎゅっとたぐりよせて、プルプルと肩を震わせている。


「す、すみません。これは、手元が狂ってしまって。不幸な事故なんです」


「ううっ……」


 励ますつもりで頭をなでなで。


「何で、そういうことするかなー?! 同じ年齢だけど、私、教師なんじゃよ?!」


 こんなにちっちゃいのに、齢いっしょかよ!


「ほんと、ごめん! ごっちゃんの攻撃が凄すぎて、俺はもう防御で手一杯だし、攻撃するスキがまったくないから、もう、ほんと、ぎりぎりの反撃でした。あれ以上続けていたら、絶対に俺の負けだったし、なんというか。ごっちゃん凄い! さすが!」


「うくっ……ぷぷっ……」


 ん?

 ごっちゃん、泣いてない? 笑ってる?

 ごっちゃんはぐわっと立ち上がるとふんぞり返って生徒たちを睥睨する。


「見たであろ! お主らも剣術を究めれば、このように偶然を装って女騎士のビキニアーマーを奪ってらっきーすけべを体験できるのじゃ! お主たちも異世界で女騎士をひん剥きたければ、訓練を頑張るのじゃ!」


 生徒たちは感嘆の声を上げ、拍手喝采だ。


「あれ? もしかして、これ、授業の一環だった?」


「うむ。当然じゃ。異世界で戦うだけでは、もちべーしょんが続かぬのじゃ。召喚された者には役得が必要なのじゃ。しかし、らっきーすけべなど、そうそう簡単には起こせぬのじゃ。全員、ふたり一組でかかり稽古じゃ! 相手の姿が女騎士に見える催眠術をかけてやるのじゃ! そのジャージは、すんごい防御力じゃから怪我の心配は要らん。本気で訓練せよ!」


 生徒たちがあちこちに散ると、おっかなびっくりだが練習を始めた。本当に訓練相手が女騎士に見えているらしく、胸や下半身へ攻撃が集中しているようだが、大丈夫か?

 俺は首筋が赤くなっている教官殿とふたりきりになり、壁際から訓練の様子を眺める。


「何処まで狙いどおりなんです?」


「ぜ、ぜんぶに決まっておる! 別にお主のスキルが予想以上に凄かったから、つい、避ける目測を誤ったわけじゃないんだから!」


 うわー。首の赤色がだんだんと顔にも回ってきて、ほっぺが暖房電源ONみたいになってるよ。


「な、なんじゃ、その目、疑っておるな! むにゃー!」


 ごっちゃんがポカポカと殴りかかってきた。あ、いや、そんなことより先に貸したジャージの胸元を閉じてよ。胸元のぽっちがチラチラと見えそうで……。


「どこを……見て顔を赤く……ん? ぎゃあーっ!」


「ぎゃあーっ!」


 ごっちゃんの神速の眼つぶしをくらって、俺は痛みで仰け反った。トタトタと逃げ出す足音が聞こえる。

 不可抗力とはいえ、ぽっちを見てしまったのだから仕方ない。

 あれだけ強い反応をするということは、全身タイツではなく、生乳だったのだろうか。


 しばらくして目の痛みが回復した俺は、体育館の光景を把握すると、そっと目を閉じた。


 相手の姿が女騎士に見えている生徒達がラッキースケベを起こしまくっているせいで、地獄のような光景が広がっているんだけど、どうすんの。


 後に聞いたところによると、モンスター学校のオークやゴブリンの実技実習も悲惨なことになるらしい。

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