第12話 半分もわからないのか?
デカい仕事を終えたので近況報告を兼ねた祝賀会をしたい。
ユキたちが受付をしていたグランマにそう伝えると、予定を訊く間もなく引っ張られるようにギルド本部内のレストランへと連れ込まれた。そもそもそんな施設があることも知らなかったユキだが、内装を見てさらに驚いた。
「綺麗だし落ち着いてる……」
賑やかな声こそ聞こえてくるが騒がしくはない。テーブルも椅子もガタつかず、丁寧に貼られた皮は背中を優しく受け止める。テーブルには真っ白なクロスが掛けられているが、シミを隠すためなんて理由ではないだろう。それでいて調度品や食器は華美ではない。高級というよりも上等というのが似合う雰囲気だ。
「久しぶりだな、ここは」
こういう場所からは縁遠そうなナギは、そう言いつつどっかりと椅子に腰を下ろす。
「来たことがあるのか?」
「1回だけある」
「2回だよ馬鹿犬。お前を引き取ったときと冒険者になったときに連れてきただろ」
そうだったか?というナギに、グランマは溜息をつくとユキを見やる。
「まっ、安心したよ。なんとかやっているようだね」
「はい、ナギのお陰です」
「それが世辞じゃないことを祈るよ。けど、ごちゃごちゃと言い合う前にまずは一杯だ」
グランマは、通りがかった店員にエールと適当な料理を注文する。店員が厨房へ伝えると、すぐさまテーブルに三杯のエールが運ばれてきた。ユキは、琥珀色の液体が揺蕩う木製のコップへ手を伸ばしたところで、
「なぁ、酒って年齢制限なかったか?」
ふと脳裏に浮かんだ疑問を隣のナギへと耳打ちする。あまり期待はしていなかったが、ナギの回答は、
「さぁ? 聞いたこと無いし、気にしてるやつも見たこと無いぞ」
思いの外はっきりとした答えに、むしろユキは戸惑う。『知らない』というならナギを疑ったが、実体験を伴う返答をされては飲酒に年齢制限があると考えた自分を疑う他無い。なぜ、そんなことを気にしたのか。
「どうした? 酒は呑めないか?」
「あっ、大丈夫ですたぶん!」
怪訝な顔をしたグランマに言われて、慌ててユキはコップを手に取る。そのまま勢いよくコップをぶつけ合い、苦い味がする琥珀色を喉へと流し込む。アルコールと改めて覚える達成感に、先程まで考えていた疑問は霧散していた。ほう、と自然に息が溢れる。
「おかわり」
隣を見ると、ナギは一息でエールを飲み干し次を要求していた。とくに変わった様子のない彼女の顔を見ながら、ユキは訊ねる。
「お前、酒は強いのか?」
「ああ、ナギは強い。酒もきっと強い」
「信じるんじゃないぞユキ。そいつは並程度のくせに飲みたがる馬鹿だ」
「何を言っている。これくらいなんともない。酒くらい幾らでも呑める」
ムキになって言い返すナギ。その視線は、空になったグランマのコップへと注がれていた。張り合っているつもりなのだろうと、ユキが呆れていると次々にテーブルに料理が運ばれてくる。乏しい知識では、何かのソースがかかったローストされた肉、瑞々しいサラダ、具沢山のスープと積まれた白いパンの山ということくらいしかわからない。しかし、今は重要なことではない。
「ほら、さっさと食べな。自分たちで稼いだ金で食べる食事だ。遠慮することなんて何もない」
そう、グランマが言う通りだ。自分たちの成果が目の前に実感として表れている。それも食事というわかりやすい形で。ユキは、指の跡がつくほどに柔らかい生地のパンに驚きながらも口へと運ぶ。スープに浸さないと食べられない石のようなパンとはまるで違う絹を噛んだような食感に、彼女は知らず拳を固めていた。
「……はぁ。頑張ってよかった……」
これからも上手くいけばこの食事を頻繁に――いや、毎日だって食べられるかもしれない。危険はあったが見返りは確かにあった。次も今日みたいに――。
「それで? 何をしてきた?」
浮ついていた気持ちが一気に冷える。グランマは、ただじっとユキを見つめて問うているだけだ。それなのに、緊張で喉が渇く。嘘をつくことは出来ない。
「……エレオノーラという女性から依頼を受け、遺跡調査を行いました」
ユキは、ここまでのあらましをすべて話す。エレオノーラから依頼を受けたところから始まり、危険な生物がいるという裏を読めなかったことも判断が遅れ危うく死ぬ危険があったことまで、包み隠さず話していく。
聞き終えたグランマは、鋭く細めていた目を閉じると、
「ふっ……は、はははは! そりゃ運が良かったね! あいつに噛まれて無事だったやつなんてそういないよ!」
肩を震わせ笑い声をあげる。その様子に、ユキは一気に肩の力が抜ける。とりあえず怒鳴りつけられるということはなさそうだ。
「まあ、はい。運が良かったと思います……噛まれたのに無傷なんて」
そうだ、と思い返す。エレオノーラから依頼を受けられたのも偶然のようなもので、それが上手くいったのも運が味方したからに過ぎない。危うい場面は幾つもあったのだ。次が上手くいく保証なんてどこにもない。
緩んでいた表情を引き締め直したユキに、グランマは満足げに微笑んで言う。
「あんたは頭がいいからね、もうわかっただろう。ナギも役立っているようだし、こっちも嬉しいねぇ」
「なんだと。ナギはいつだって役に立つ。トカゲだってデカいのを狩ったのはナギだ」
ユキが話している間ひたすらに食べ続けていたナギは、不満とパンで頬を膨らませながら言う。
「はいはい。それで、そのトカゲは幾らになった?」
「えっと、これくらいです。この服の借金を返しても余るくらいには貰えました」
ユキは、査定表の写しをグランマへと見せる。運が良かった結果といっても、成果は成果だ。だから、彼女は誇らしげな気持ちで見せたのだが、一瞥したグランマは意味深な目を向ける。
「……ほお。ところで、お前たちに依頼を持ちかけたのはエレオノーラだったね」
「知っているんですか?」
「あいつは有名だからね。腕が良くて性格が悪いってね」
やっぱり100回じゃ聞かないくらい言われてるだろ、とユキはニヤけた顔を思い出す。しかし、この場で何故そんな話をするのか。嫌な予感を覚えだしたユキにグランマは告げる。
「この値付けは随分と安い。相場の半分だ」
「…………はん、ぶん?」
「なんだ、ユキ。半分もわからないのか?」
半分っていうのはこういうことだと、千切ったパンを寄越すナギの脇腹に肘を入れたユキは、ぐるぐると脳裏でのたうち回る『半分』という意味を解釈しようとする。だが、どれだけ考えようと答えは変わらない。眼の前のパンと同じ、一つを2つに分けたもの。この場合もう一つがどこに行ったのか。
「あのネコ! 騙したのか!」
椅子を蹴倒しながら立ち上がるユキに、周囲から視線が集まるがそんな事を気にする余裕はない。いくらなんでも報酬を持ち逃げするのは話が違う。怒りに体を震わせる彼女は、今すぐでもここから飛び出してエレオノーラをぶん殴ってやろうという勢いだったが、
「落ち着きな。あいつをぶん殴るかは、私の話を聞いてからでも遅くはないだろう?」
静かな、しかし有無を言わせないグランマの言葉。言葉をつまらせたユキは、大きく息を吐き椅子へと腰を下ろす。そしてエールを一気に煽ると、据わった目でグランマに言う。
「説明を、お願いします」
「なに、そんな難しい話じゃない。報酬っていうのは平等に分け合うもんだ。仲良く半分にね」
「けど、だからってこんな」
「それが不満なら言うべきだったね。あいつなら、そのチャンスは用意したはずだよ。口にしたかは別だけどね」
「うっ……」
痛いところを突かれたユキは、思わず呻く。確かにエレオノーラは、この金額で問題ないか確かめさせた。その時に相場を訊ねることも、一旦保留にして調べることも出来たはずだ。しかし、そこで決断したのは自分であり、目の前の金に浮かれきっていたのも自分だ。
「こういうのは……勉強代だったか? そんなふうに言うんじゃなかったか」
「……はぁ。お前の言うとおりだよ、まったく」
ナギの言葉に力なく頷くユキ。気に食わないが、安い勉強代だったというしか無い。彼女がその気であれば、もっとこちらに不利な額を提示することも出来たのだ。最初に目をつけられたのがエレオノーラで、その程度で済んで運が良かったと思うしかあるまい。
しかし、だとしても。
「それはそれとして、騙されたのはムカつくな」
腹立たしいことには変わりない。憮然とした顔の二人を肴に、グランマは機嫌よくグラスを傾けていた。
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