第11話 仕事をくれたムカつくヤツ
レンガ壁に身を預けながら、ユキはぼうっと空を見上げていた。青く広がる空にアクセントのように置かれる雲。相変わらず砕けたまま見下ろす月。
見上げればいつでも見える風景とはいえ、暗い地下から這い出て見れば染み入るものがある――というのは、ある種の逃避行動だった。
手の匂いを確かめるように顔へと近づけるユキに、ナギは言う。
「もう匂いはしないぞ? ちゃんと洗ったんだし」
「それはわかる……いや、わからん。ちょっと血の匂いを嗅ぎすぎて、麻痺したかもしれない」
空の青とは対照的な血の赤がこびりついていた手に顔をしかめるユキ。
当然といえば当然だが、トカゲを殺してそれで終わりというわけではなかった。金になるのはそれらを構成する皮であり、骨である。その肉を裂き、皮を剥ぐまでが一連の作業なのだ。
しかし、それが想像以上に面倒な作業だった。骨も貴重な素材であるため雑に折るわけにもいかず、そもそも硬い皮はロクに刃物を通さない。エレオノーラの指示通りに刃を入れているはずなのに、震える手を抑え込んでやっとというしんどさだった。
「ナギに任せればよかったのに。その方が早かっただろう?」
「そりゃそうだけど、なんでもお前任せっていうのも情けないだろ」
ナギと目を合わせないまま言ったその言葉は、半分は嘘だった。鹿の解体はナギに任せてきたのに、それよりも面倒なトカゲの解体をした理由は、エレオノーラだった。
ユキちゃんもやるよね? とニヤつきながら言われて『いや、ナギに任せるほうが効率的だ』と言えるほど、ユキは割り切ることが出来なかった。これくらいは出来るという単純な反抗心から頷いてみせたが、その5分後には後悔することになった。
「ああもう……なんで死んでるのに肉が動くんだよ……血は生ぬるくてにちゃっとしてるし……」
その時の光景と感覚を思い出し、こみ上げるものを吐き出すように愚痴るユキ。一刻も早く忘れてしまいたいが、これが最後ではない以上忘れることは出来ない。その度に今日のような思いをすることになってしまう。
「動いたところで噛み付いてくるわけでもないし、血は洗えばいいだろう? むしろ最後の始末に穴掘るほうが大変だ」
だから、涼しい顔で言い切る彼女を見習って慣れるべきなのだろう。どこか釈然としない思いはあるが、この分野に関しては彼女の方が精通しているのは事実ではあるし。
「しかし……骨も皮もかなり重たかったけど、本当に金になるんだろうな?」
先程まで革紐が食い込んでいた肩を回しながら言うユキ。解体するのも手間だったが、それをここまで運ぶのも重労働だった。幸い肉は食用にならないので埋めて捨てることが出来たが、そうじゃなかったらとは考えたくない。エレオノーラでさえ、途中からは無言になるほどだったのだ。
そして、そのエレオノーラは今まさにドアの向こうで査定に挑んでいる。それもわざわざギルド本部ではなく、そこから少し離れた民間の査定屋でだ。彼女曰く、本部の査定は信頼性は高いがその分手数料も高いし時間もかかる。だから、儲けたいなら信頼できる査定屋を見つけておくものだ、と。
裏を返せば、民間の査定屋は早く安い代わりに信頼性に問題があるということなのだろう。ギルドという看板がない以上、責任を取るのは選んだ自分だけになるのだから。
「しかし、時間かかるな」
暇そうに伸びをするユキが呟く。店主とは顔見知りだから話が早いと言っていたが、そろそろ30分近く経つ。これくらい掛かるものなのか、それともエレオノーラが手間取っているのかわからず余計に時の流れが遅く感じた。
「これで駄目だったら……骨漏れ損か?」
「骨が漏れたら損なんて気にしてられないだろ。骨折り損だ」
「折れると損か。じゃあ、ババァにやられたのはかなりの損だな」
「よくは知らないけど、たぶんお前が悪いんだろうとは思う」
二人がくだらない話をして過ごしていると、ドアベルが騒がしく音を立てる。開いたドアへ視線を向けると、満足げな笑みを浮かべるエレオノーラが顔を出していた。
「やぁやぁ、待たせたね。中々の収穫だったから時間が掛かっちゃったよ」
とりあえず入りなよ、というエレオノーラに従い二人はドアをくぐる。店内は、店主が肘をかけるカウンターとくたびれたソファー以外に家具はない。店の空間の殆どは、カウンターの背後に置かれた物品に占領されていた。そんな室内とは分不相応なほどに明るい照明の下、店主はカウンターへ一枚の紙を滑らせる。
「なんだ、これ?」
「査定表。皮は幾らで骨は幾らでーって書いてるから、その値段でいいならサインしてくれってやつ」
ふぅんと査定表を一瞥したナギは、すぐにユキへと渡す。字が読めない以上仕方なくはあるが、それにしたって考えるポーズくらいは取れと内心呆れるユキ。彼女は、一番上に書かれたトカゲの皮とその値段を見やり、
「だっ!? えっ、今ナギの腹に肘を入れなかったか? そんなに悪いことしたのか?」
「あっ……いや、お前は悪くない。今のは私が悪い。すまん」
予想以上に大きい数字に大きく諸手を上げそうになった動揺をナギで誤魔化してしまったことを謝罪しつつ、ユキはもう一度査定表を睨めつける。
見間違いではない、トカゲの皮だけでこれまでの稼ぎを遥かに上回っている。それに加えて骨に毒液。これら全てを合計すればカードの支払をしても余裕がある。毎食のグレードを一つ――いや二つあげることも不可能ではない。
なるほどと得心する。危険を冒してでもケレスを狩ろうとするのも、遺跡探検をするのも理解できた。当たればデカいとはこのことだ。この一発を得ることが出来たのなら、それまでの負債を消した上で未来への投資まで出来るのだ。
そして、真面目に稼ぎたいなら冒険者なんてやめろという言の意味もわかった。冒険とは、いつ自分に燃え移るかわからない火に薪をくべるようなものだ。自身の命が薪となることを覚悟しているか――或いはそれ以外に道はないか。どちらにせよ、大火に脳を焼かれたものがなるものなのだろう。
「中々……悪く、ないんじゃないでしょうか」
ユキは、その火に焼かれないよう努めて冷静に振る舞う。内心では、ナギに飛びついて大笑いしたくともだ。浮かれて店主に舐められるという二の足を踏んではいけない。悟られないように小さく深呼吸を繰り返し、手が震えないようにサインをする。
査定表を受け取った店主は、サインを確かめるとエレオノーラを一瞥する。ニヤついた彼女は、店主に向かって頷いてみせると、ナギとユキの肩を叩いて言う。
「お疲れ様! これで後は報酬を受け取るだけだね。ついでに、ギルドの窓口から受け取れるように口利いてあげたから。いやぁ、ホント助かったよ」
「まあ、どうも。正直、助かりました」
「ああ、最初はムカつくだけのヤツかと思っていた」
「んーナギちゃん、今はどう思ってるかな?」
「仕事をくれたムカつくヤツ」
「そういうのは思っても言わないほうが良いよ? いや、全然気にしてないけどね?」
負け惜しみではなく本当に気にして無さそうなエレオノーラは、ユキに向き直って言う。
「それと、銃はキミ達がどうするか決めな。売ってもいいし、自分で使ってもいいよ」
「いいんですか? 結構貴重そうなものですが」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないしさー。まっ、キミらに貸し一つっての方が良さそうだからね。ありがたく受け取っておきな」
そう言うとエレオノーラは、ナギとユキの肩を叩いてからドアへと向かう。その向こうへ姿を消す直前、
「じゃあ、また近いうちにねー。お金は大事に使いなよー」
ひらひらと振られた手と共に、ドアが閉じられる。もっと騒がしく別れるものだと思っていたユキは、しばらくドアを眺めていたが、
「じゃあ、行くか。ナギは腹が減った」
ナギの言葉に、昼食の時間をだいぶ過ぎていたことを思い出す。じゃあ、と言い掛けて、ふと思いつく。
「せっかくだし、グランマも誘わないか? 近況報告っていうか、デカい依頼をこなしたわけだし祝賀会というか」
「ババァをか? アレコレ言われながらご飯を食べるのは美味くない」
露骨に顔をしかめるナギ。ユキは、そんな彼女の背中を叩いて言う。
「それはお前がロクなことしてないからだろ。ちゃんと仕事したんだから、むしろ褒められるって」
「そうなのか?」
「そうだ。ほら、行こう」
恩人に仕事の成果を伝えられると浮かれるユキは、先に店外へと出る。背中をさするナギは、ドアノブに手を掛けながら、
「……あいつは、なにか得したのか?」
ふと思いついた疑問を口にするが、それに答えるものはおらず、彼女自身も三歩歩けば忘れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます