関&鷹城「鬼灯」8

「関が取り調べを受けてるって?どうなってるんだ」

戻って来て慌てて山下に訊く斉藤に、冷たく振り仰いで。

 一課に戻って仕事をしていた山下が、慌てている斉藤を冷たくみる。

「知りませんよ、課長に報告した後、斉藤さんこそ、何処にいっていたんです?」

「俺だって私生活くらいあるよ!ってのは冗談だが、何で、昼飯買いにいってる間にそんな急展開が起きるんだよ?ほら、頼まれてたいちご大福」

「ありがとうございます。遅かったですね」

「…――――おまえさん、もしかして、いちご大福遅れたから、怒ってるの?おれが買ってくるの遅くなったから?それって、人にもの頼んでの態度か?」

「…―――斉藤さん、でも二十分で買ってくるっていってましたよね」

淡々という山下に斉藤が沈黙する。

 沈黙して、山下の机に、袋から取り出して、――しばらく手に握っていた物を勢いで置く。

「…――――ほらっ、!いつもの大福屋で、くじ引きやってて、その景品が当たったんだが、そのスペシャルくりぜんざい白玉大福セット!」

斉藤が葛藤の末、差し出したスペシャルパックを、うれしそうに山下がみて満足そうにする。

「斉藤さん、妙にこういうくじ運が良いですからね」

「おまえ、それ狙っておれに買いにいかせたのかよ?そーいうこと人生の先輩に頼むか?それに、一応、警察でだっておれはおまえの先輩だぞ?」

「もうすぐ、階級では追い付くと思いますが」

「…――昇進試験、受けたの?」

「はい、受けました。階級社会に入った以上、昇進するのは仕事上役に立ちますからね」

「…――――おまえが上司になっても、いまとあまり変わらん気がするのは何で何だろうな、…」

隣の席に座りながら、斉藤がぼそりというのに構わず。

 御茶を蒸らしていたマグカップの蓋を開けて、山下が云う。

「まったく、御茶が出過ぎる処でしたよ。くりぜんざい白玉大福、一つ食べていいですよ」

「…おっ、ありがと、って、おれが引いて当てたんだぞ?たく、御茶がいれすぎになるから怒ってたのかよ?…それ赤いのはなに?」

山下のカップを覗いて驚いて云う斉藤に。

「ルイボスティーのレモンブレンドです。結構いけますよ」

「…そ、そうか。…相変わらず、訳のわからん趣味してるな、…。な、山下。おまえ、課長が何考えてるかわかるか?…関の奴、――――」

取り調べって、と。難しい顔をして、手を大福のパックに伸ばしてとって、一口食べて、うまい、と顔を綻ばせてから。

 ちら、といまはいない課長の席をみて斉藤がいうのに。

「食べてるときに、難しいこと考えない方がいいですよ」

「難しいってな、…。関のこと、心配じゃないのかよ?」

「…――――」

いってから、ちら、と斉藤に向けた視線に、沈黙する。

 ちいさく頷いて、首を振って。

「ご、ごめん、…ごめんっていうか、わるかった、…な?山下ちゃん」

冷ややかな視線を向けて、山下が何も云わずに視線をルイボスティーに戻す。

「大福、食べててください」

「う、うん、わかった、…――――」

沈黙して、大福を食べて。

「…うまいかも。拙い、こいつはうめえ」

美味しいのに困って顔をどう作ったものかと奮闘している斉藤を隣に。

「…――――」

軽く息を吐き、茶を手に視線を伏せて。

 斉藤が課長の席をみて、ぶつぶつと唸るのを聞いていた。

「くそっ、何で鷹城さんの件で関が取り調べを受けるんだよ?鷹城さんを助けたのは関だろうに!」

 小声で呟いている斉藤に微苦笑を零して、調べている途中の画面に視線をおく。

―――そもそも、どうして先輩は橿原さんと一緒に鷹城さんを助けることが出来たのか…――。

「ったく、大体、何で関が鷹城さんを、―――…そんなの有り得ないことくらい、誰にだってわかるだろうに、…!」

 斉藤の声が、耳に届く。

 ―――助ける事が、何故、出来たのか。…―――

 その疑問の答えは、まだ無い。




 取調室から、一礼して関が出て行く。


「…これで、間違いはありませんか?」

「はい、全部です」

「本当に他にはありませんね?」

「ありません」

眸を閉じて頷く関に、調書を記録していた係官と、聴取担当の監察官、それに一課の課長が、無言で関をみる。

 監察官が調書を閉じる。

「わかりました。追って処分を伝えるまで、自宅謹慎してください」

無言で関が頷いて席を立ち、背を向ける。

その背に向けて、課長が声を掛ける。

「関、おまえさんな、―――――…」

声が無いまま立ち止まる関に、言い掛けてつまるのを、監察官が引き取る。

「単独行動は控えて、誰かに自宅まで送ってもらってください」

「…―――」

頷き、関が部屋を出る。




 地下第一資料室。

 鑑識の西が、橿原を前に、大きく引き伸ばした写真を数点並べている。

 橿原が、数枚の写真を淡々とみる。

「関刑事は、凶器と断定された鉄の棒を、橿原さんの見ている前で使っています。その際に付着したと思われる指紋は採取できています。それがこちらです。ですが、これがその救助の際以前に付着したのかどうかについては、―――」

「血痕の下に指紋はありませんでしたか?」

説明する西を遮り、さらりと橿原が問うのに視線を向ける。

「いやなことを聞きますね、橿原さん」

「あったんですね?」

「…あのくそ坊主の供述を課長からきいて、もう一度調べ直してみましたよ」

いいながら、もう一枚の写真を、先にみせていた写真の下から取り出す。

 それを、感情の伺えない眸で橿原が見る。

「ありましたか」

「…改めて確認しました。血液の下に、僅かですが、指紋の欠片が、――――発見されました」

写真に拡大された血痕に染まる中で蛍光処理された指紋の一部。

「関刑事の指紋と一致しました。左手の親指の指紋の一部です」

橿原が拡大された鉄の棒の表面に血痕の下に浮き上がるスタンプされた指紋を見つめる。







「関さん、橿原です」

「…―――橿原さん」

部屋の壁に背を預けて、目を閉じて座っていた関が顔を上げる。足を投げ出して座る横に、放置された上着がある。

「開けてください。君に聞きたいことがあります」

「謹慎中ですよ」

「わかっています。でも僕は部外者ですからね。中に入れていただけますか?」

「…―――どうぞ」

立ち上がり、玄関へ出て扉を開けて関がいう。

「どうも、失礼しますよ」

礼をして橿原が室内に入る。

無言で見返す関を橿原が見詰める。

「君は、本当に自分が鷹城君をあのような目にあわせたと考えているのですか?」

背を向けて、中へ入るように身振りで示しながら、関がくちを結ぶ。

「わかりませんよ。…わからないんです。…本当に記憶がないんですよ。それで、…でも、鷹城が何か、…危険な目にあったような気がして、凄く焦って、…―――でもなんでそんな考えが取り付いてたのか、…――」

橿原が来る前のように、畳の部屋に壁を背にして目を閉じて頭を壁に預ける関を見る。

ぽつり、と関がくちにする。 

「わかりません」

「だから、きみは鷹城君に自分が危害を加えたのではないかと?」

「辻褄はあうでしょう?自分でも何であんな焦燥感があったのか、…――――何で、あいつの居場所がわかったのか、…橿原さんもおかしいと思うでしょう!」

額を押さえて絞り出すようにいう関に橿原がいう。

「では、関さん。僕の質問に答えてもらえますか?」

目を開けて無言で関が橿原を見る。

「おれが何をしたか、それでわかりますか?」

「さあ、…。僕は唯の医者ですからね。解ることも、解らないこともあります」

ネクタイを外しているシャツの釦をひとつ緩めて、関が橿原の視線に向き合う。




 橿原に問い掛けられるままに、関が淡々と語っていく。

「村に着いて車を止め、高槻香奈の家を証言を取る為に訪れました。挨拶をして居間に通され、再度証言を聞いて」

居間で向き合う高槻香奈、証言の内容を書き留め、―――。

庭から流れてきた香り。

「出されたお茶を頂いて、庭をみて何かいって、…それから辞去した、までは憶えてるんですが」

「関さん、庭には何があったのか憶えていますか?」

「…庭にですか?」

「ええ、庭にです」

訝しい顔をしながら、関が思い返す。

「庭、…樹があって、楓と松があって、縁側近くにはさがありましたね。簾みたいのの上に薬草が干してあって、そういえばそれを薬にするんだという説明を受けました。…それから、庭に、」

「――庭に、…関さん?」

「…――庭に、白っぽい石の、…臼があって、臼っていうか、その下半分みたいな。それに、…―――――その上に、…!」

突然、気がついて驚いた顔をして関が橿原を見返す。

「…白い臼の上に、…鉄錆の浮いた棒が、…すりこぎのような、けど鉄でできた、…――――あれは、…」

茫然としながら関が語る。

「…ききました、…説明を、―――薬草をそれで磨り潰すものだと、何でいままでわすれて、―――…橿原さん!」

「その石臼の上で見たのですね?凶器を」

「…そうです。どういうことなんです?」

茫然として橿原を見あげていう関に。

 身を起して、しずかに見下ろして橿原がくちにする。

 あえかに微笑んで。

「処で、君の指紋があの凶器の血痕の下から見つかりました」

「…やっぽりおれがやったんですか?」

「関さん」

「―――…橿原さん」

眉を寄せてまっすぐに見上げてくる関を、橿原が微笑んで見つめる。

「橿原さん?」

「いきましょうか、車を出してください。単独行動は禁止されているでしょうが、僕と一緒なら単独にはならないでしょう?」

「って、何処へ、―――一応、自宅謹慎なんですが」

「課長さん、僕には弱いですから」

「…―――――」

難しい顔をして関が身を起こす。




 滝岡が病室に呼ばれて、鷹城に向き合って怒る。

「聴取の内容なんて、おれが院長から聞いてる訳ないだろう。第一、何で警察でもない院長が、そういうことを知ってるんだ?おかしいだろう」

むっ、としてこどものように鷹城が腕組みして横を向く。

「わかってますよ、けど、どうして関が僕に危害を加えるなんてことになるんです?橿原さんは電話に出ないし!」

滝岡が鷹城を眇めた目でみる。

「おまえな。それで、文句をいって捌け口にする為におれを呼びつけたのか」

「当り前でしょ?看護師さん達や他の先生方を困らせる訳にもいかないし」

「…――――おまえな、おれも忙しいんだぞ?いまは手術も無いからいいが、…―――秀一、聞いてるか?」

「大体、本当にどうしてそんなばかなことで、あのばかが容疑者として取り調べを受けるなんてことになるんです?」

滝岡があきれた顔で隣に座りながらくちにする。

「血圧上がるぞ、…―――。本人の主張はおまえも聞いていたろう」

「そうですけど、って、何してるんですか」

訊ねる鷹城に構わず、滝岡がサイドテーブルに持ってきたトレイを置いて、並んでいる食事を前に手をあわせる。

「いただきます。…何をって、休憩だ。おまえのぐちを聞いてる時間を活用して食事をする」

「…――――食事制限受けてる患者の傍でそれやります?」

「丁度良いだろう。水分制限は守ってるだろうな?うん、うまい」

実にうまそうに食事をくちにしはじめる滝岡に。

「…にいさん」

「ああ、そうだ。秀一、おまえ、また病院を抜けだそうとは考えていないだろうな?病院のスタッフには協力しないよう依頼してあるから、無理はするなよ?」

「――――…」

「うまいな、うん。うちの食堂のメシは最高だ。ほら、いいだろう、煮昆布」

箸でつまんでみせる滝岡に、鷹城がむっ、と顔をしかめてみせるのに。

「おまえ、顔が面白いぞ?」

「―――…にいさん!」

滝岡が声を立てて笑うのに、鷹城が思わずというように抗議して。





 車を運ぶ関の隣で、橿原が淡々という。

「はっきりしているのは、――――君は高槻香奈さんの処でお茶を出され、その後約二時間程の間はっきりとした記憶を失ったということです」

「…あの御茶に、何かが?しかし、…」

疑念が晴れないまま道路を眺めて、暗い道を慎重に関が車を運んで行く。





「潜在記憶という言葉を聞いたことはありますか?」

「…せん、…一体なんです、それは」

車を運転しながら関が難しい顔をしながら答える。

山道を上がっていく助手席で橿原がいう。

「君は、自分が何故鷹城君の囚われていた場所に案内できたのか、そして、何故鷹城君の身の安全に関して焦燥を抱いていたのかについて、疑問をおぼえているのでしたね」

「そうですが、…―。ああ、この辺りです。このカーブの、…ここだな。あの樹に見覚えがあります」

関が車を山道のカーブに寄せて止める。

「ここが君が意識を取り戻した処ですか」

「そうですね。…ええ、ここに止めていて、」

車を降りて関が運転席の傍の地面を見る。

「ここに、車に寄りかかって地面に座ってました」

「では、座ってみてください、関さん」

「…―――」

橿原を見返してから無言で意識を取り戻したときのように関が座ってみせる。

「目を閉じてください」

「…―――はい、…橿原さん?」

目を閉じて背を車体に預ける。

 草と、…水の匂いがするな。

「―――…」

目を開けて関がぼんやりと何かをみるようにする。

「何か?」

「いえ、…水と草の匂いがすると、…」

呟くようにいって、眉を寄せる。

「―――…川が、近いんですか?」

「立ってください。いってみましょう」

「…―――橿原、」

訝しみながら関が促されるままに立ちあがり、道脇の草が生える中に踏み込むのについていく。

 本当に僅かだけ歩いて、急に落ち込んでいる坂の、草が遮る視界の下に、急に開けて見えた景色に関が茫然とそれを見つめる。

「昼間に見ると様子が違いますね」

橿原の言葉も聞えないように関が眼下に見える小屋を凝視する。急に下る草の生茂る坂の下にある小さな元保管庫と瀬の早い川と石が転がる河原。

「君が鷹城君を救出に来たのは夜間でしたから、周囲の景色がみえてはいませんでした。それで、もしやと思ったのですが」

「これは、…あの小屋は鷹城の捕まってた、」

いいながら足を踏み出し、草に滑り姿勢を崩す。

「気をつけてください、関さん」

「橿原さん、…」

関が眉を寄せて額を押さえる。膝をついて片手を地面に置いて目を瞑る。

 …―――――音が、

 “君は、…――――”鷹城の声が聞こえる。

 何かが鋭く空を振られる音、

 衝撃音、争い、人が倒れる音、…―――

 落ちていく音、…―――。

「音が、…」

関が目をあけて茫然と空をみつめていうのに、橿原が見つめる。

 そして、――――…。

 打撃音。繰返し、くりかえし、何かを打つような。

「…―――何かを、…繰り返して打つ音が、…先に何かが落ちる音と、…繰返し、鷹城?」

ぞっとしたようにその音を見つめたまま、関が首を振る。

「あれは、…俺は、鷹城が襲われる音を聞いてたんですか?それで?でも、しかし、それなら、…俺が立ち去らなければ、―――」

「君は薬で意識が朦朧としていたのだと思いますよ。そのときに聞いた音が、潜在意識に残り、焦燥感を与え、またここへ戻ってきた際に僕を案内することができたのです。タクシーを降りたのはこれより下の道でしたからね。君は憶えていないかもしれませんが、君の潜在意識は鷹城君が何者かに襲われたことを憶えていて、ここへ連れて来てくれたのですよ」

「しかし、…――なら、くそっ、…もっとはやく、すぐに、」

「しかし、君は報告に戻ることしか記憶していなかった、そうでしょう?」

「…それに、くそ、…誰かが、―――」

「関さん?」

戻ることを、といわれて、何かが記憶から蘇る。

 立ち尽くす関に、橿原がしずかにみつめる。

 ぼそり、と。

 くちから、言葉が漏れるのをしらないように。

 関が、茫然とくちにする。

「戻るように、…」

 戻りなさい、――と、静かに耳許で響く声が。

「…くそっ、――――!あの女か?誰かが、戻るように、…戻れという声が、」

頭痛に頭を押さえていう関に橿原が肩を押さえる。

 冷淡にさえみえるほどに、感情の見えない眸で橿原が関の様子を観察する。

 頭を押さえたまま、関が何かここに無い物をみているようにしていう。

「音が、したんですよ、俺は聞いてたんだ。…何かが空を切る音がして、倒れる音がしました。それで、落ちていく音が」

草の滑りやすい地面の坂と、その下の石が転がる狭い河原と小屋をみて関が顔をしかめる。

「放水で殆ど痕跡が流されていましたが、西さんがこの坂を草を倒して滑り落ちた痕跡を見つけてくれました。鷹城君の服にもいくらか草や引きづられた痕跡としてこの坂の土が残っていたそうです」

「…鷹城、…。君は、と、云ってる声が、…―――それで、くそ、…打撃音が、…肉を打つみたいな、執拗に繰り返してる音が、…、――俺が、くそ、鷹城、」

「君の責任ではありません。…そうですか、繰返し打つ音が聞こえたのですね」

「…――――」

目を閉じて関が頷く。

 橿原が促して車に戻り、関に問い掛ける。

「鷹城君も聞いていましたが、君は何故、殆ど事故として処理されかけていた件で、わざわざ許可を取ってまで、再度その簡単な証言を確認する為に、高槻香奈を訪問したのですか?」

「――――…」

関が額から手を下ろし、橿原を振り向く。



 随分と間を置いて。



「橿原さんには笑われるかもしれませんが、…ぞっとしたからです」

「関さん?」

首を傾げて橿原が関を見返す。それに、関が座り直す。

フロントガラスの向こうに、当時を見るように。

「本当に何の根拠もないんですが。…この村に来たときは、既に薬草の混入が起こったらしいということで、保険所の役人何かとも一緒に確認作業に来たというか、…。本当に後始末でした。俺は直前まで別の件に関わってて、―――人数が足りないから応援に、そこで、」

関が目を伏せて、当時を思い返すようにしていう。

「農家の広い門を入った庭先で、俺は数人の役人と一緒にその商品を出荷したという農家の方と話をしてました。県警で元から担当してた署の槇野というのが、他の人から聴取して、―――…。門から軒先に近い方に数名で立っていて、…――そのとき」

関が嫌悪を覚えるというように、思わずもその記憶に歯を噛み締めるのを見る。

「門の反対側か、庭の方から来たのかもしれませんが、少し離れた処で、この村の巡査が話しているのを見たんですよ」

関が口を噤む。

「そのときに、見たんです。巡査に話しかけて、その視線が逸れたときでした。誰も見てないと思ったんでしょうが」

再度言葉を切り、僅かに首を振って理解し難いものをみたというように口にする。

関が心底嫌悪を覚えるというように。

「光の加減かもしれない。けど、そいつは微笑んでみてました。事情を聴かれてる農家、聞いている人間、…全員をみて、―――――薄く笑ってたんです。ぞっとするような、…ばかなことをいうと思われるかもしれませんが」

言葉を切る関に、穏やかな橿原の声が耳に届く。

「それが高槻香奈だったのですね?」

「ええ、そのときはまだ名前も知りませんでしたが。それから巡査が親切に証言をしたいと申し出てきてくれたと紹介して、…―――」

大きく関が首を振る。

「正直いって、ぞっとしました。どうしてあんなに、けど、―――」

「高槻香奈が、犯人だと思ったのですか?」

両手を揃えて正面に立った楚々とした美しい女性を思い出しながら関が橿原を見る。

 まだその何か、―――恐怖を、見つめる眸で。

 一度、はっきりと無言で頷く。

「思いました。奴が犯人だと、―――証拠も何もありませんでしたが、わかったんです。故意に薬を混入させて、やったんだとね。…そして、こいつはそれを楽しんでると」

言葉を切り、苦いものを見つめるようにしていう関を橿原は見返していた。

「それが動機だったのかもしれませんね」

「橿原さん?」

訝しげに問い返す関に橿原が頷く。遠く村の高槻香奈の家がある方角を眺めて。

「それが動機だったのかもしれません。君と鷹城君を今回のような目にあわせたのは」

「…――俺と鷹城を?どんな動機が」

 さらり、と淡々と橿原が表情を変えずに呟く。

「楽しみを、邪魔されたから、――――――」

「何ですって?…楽しみを、邪魔されたから?」

思わずも問い返す関に、橿原が応える。

「はい。それまで、誰にも気づかれず、楽しんでいたのに、きみと、――――鷹城君に邪魔されたから」

淡く微笑みに似た表情でくちにする橿原に、ぞっとしたように関が腕を抑える。

「そんな、邪魔されたから、…――襲ったと?」

「そうです。…楽しみを、邪魔されたから―――」

呟くようにいう橿原に、関が何ともいえない表情で震えを押さえるように自らの左腕を掴む。






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