ラヴェンダー・ラプソディ

美雲瀬 依

ラヴェンダー・ラプソディ

千恵 チエ :努力型。

千歌 チカ :天才型。


※最後のセリフはどちらが読んでもかまいません。




オーディション(連絡)

_練習帰り


千恵「グループライン、見た?」

千歌「見た見た。オーディションでしょ?」

千恵「この時期にやるなんて、びっくりだよね。」

千歌「それに期間が1週間しかない。」

千恵「マジで無理ーーーーーー。」

千歌「それにいつも秋にやるのに、春にやるらしいし。」

千恵「しかもラプソディ? 民族的楽曲が題材みたいな話じゃん。」

千歌「その時点で大変そうなのに…。」

千恵「監督の趣味って話だよ。新しい監督になって3年くらいたつけど、ようやく力を手にしたって感じ?」

千歌「そういうことなんだ、何それ、ふふ。」

千恵「オーディションってことは、千歌とライバルになっちゃうってことだよね。」

千歌「そうだねぇ、でもお互い全力で戦うって決めたじゃん?」

千恵「でもでも、千歌に敵うわけなくない?」

千歌「あ、そうやって決めつけるんだ。」


千歌、千恵の頬をつねる


千恵「痛い痛い!なにするの!」(つねられながら)

千歌「そんなこと、決めつけちゃダメでしょ?」

千恵「えーーーーー」

千歌「前から言ってるでしょ!千恵は恵まれてるの!千恵なら大丈夫!」

千恵「う゛ーーーーーーー」

千歌「ほら、唸らないの!」

千恵「へーい。」

千歌「コンビニで肉まん買って帰ろ!」

千恵「やった!私、KINGサイズ買うもんね!」

千歌「それいつも買ってて飽きないの?」

千恵「飽きないよ!ずっとそれしか食べてないわけじゃないし!」

千歌「いや千恵がいいならいいんだけど…」

千恵「ほら行こーーーー!」



千恵M「年に2回あるオーディション。いつも通りやれると信じていた。千歌に引っ張られ走り出した体は、いつもよりも熱くなっていたのを覚えている。」



個別練習

_千恵の家


千恵「美智子ってどんな子なんだろ。」


  「一途、素直、優しい、気遣いできる、現実的、ポジティブ、真面目、思考の固定、話下手…」

  (もっとたくさん考えてもいいです。たくさんあった方が説得力増します。元気で明るい子というイメージです。)


  「あっ、あとは台本の読み込み、確実に一言一句忘れないようにしなきゃ…」

  「それから、明日から取り組むのが、腹式呼吸、発声、外郎売、筋トレ、柔軟、バランス練習、歩く練習、パントマイム…」

  (もっとたくさん考えてもいいです。たくさんあった方が説得力増します。思いつくことを言ってくれて構いません。)


  「やることいっぱいあるな…時間がない…」

  「オーディションに負けないようにしないと…」

  「いったん練習でやってみるか…」


※練習パートです。ここはやってもやらなくても大丈夫です


【あめんぼの歌】

あめんぼ あかいな あいうえお

(水馬 赤いな あいうえお)

うきもに こえびも およいでる

(浮藻に 小蝦も 泳いでる)


かきのき くりのき かきくけこ

(柿の木 栗の木 かきくけこ)

きつつき こつこつ かれけやき

(啄木鳥 こつこつ 枯れ欅)


【外郎売】

拙者親方と申すは、お立会いのうちにご存知のおかたもござりましょうが、

お江戸を発って二十里上方、相州小田原、一色町をお過ぎなされて、

青物町を登りへお出なさるれば、、欄干橋虎屋藤右衛門ただ今は剃髪いたして

円斉と名乗りまする。


※読み方

二十里上方:にじゅうりかみがた

相州小田原:そうしゅうおだわら

一色町:いっしきまち

青物町:あおものちょう

欄干橋虎屋藤右衛門:らんかんばしとらやとうえもん

剃髪:ていはつ

円斉:えんさい


千恵「滑舌が終わってる…」

  「本当に私にできるのか不安…。何度やっても上手くいかない…。千歌なら一瞬で完璧にやれるんだろうな。ああ、比べたくなんかないのに、つい比べちゃう…。」

  「こんなに努力してるんだから、絶対に負けたくない。主役を掴むのは私なんだから。」


メールの音


千恵「あれ、千歌?」


千歌『ヤッホー千恵!今から映画とカラオケ行かない?昌もいるけど!』


千恵「…オーディション近いのに遊びに行くの…?

   いいよね、千歌は。やったらすぐ出来るもんね…。行くわけないじゃん、練習しないと。」



オーディション(練習)

_稽古場

※『』は台本の台詞


千恵『きっとこの苦しみの先に…』

  「いや、違う。」

  『きっとこの苦しみの先には…』

  「なんでうまくいかないの…」


千恵M「言葉が喉につっかえる。 手のひらが汗でじっとりと湿っているのが気になり、何度もズボンで拭った。そんな苦しさに、つい深いため息が漏れた。」



千歌「ほら」(後ろから急に冷たいなにかを首に当てる)

千恵「うわっ!」

千歌「びっくりしすぎ!なにそんなに困ってるのさ。」

千恵「そりゃびっくりするでしょ…」

  「んー、なんかうまくお芝居できなくて…」

千歌「今回の台本、小難しいことばっかり言ってるもんね。

千恵「だよねぇ。ラプソディはね、狂詩曲って呼ばれていて、異なる曲調をつないだり、民族的なメロディーを引用する自由な形式のことなの。」

千歌「それ暗記してるの?」

千恵「え?普通じゃないの?知らない言葉は徹底的に調べるまで、よくわかんないじゃん。」

千歌「そうだけど、私の場合はモノや言葉を知るっていうよりは登場人物が何を思っているかを大事にしてるかもな。」

千恵「思い…」

千歌「そ。言葉を理解したってその人になりきってみてどう思うかわからないとお芝居できないじゃない?」

千恵「…それは台詞を読むとどうにかなるもんじゃん?結局言葉は言葉だから、意味が分かっていれば自然と伝わるかなって。」


千恵M「私がいつもやっていることが千歌の普通ではない。返答を考えている千歌を横目でちらっと見る。」


千歌「それはもちろんそうなんだけど、なんか、うーん、でも感覚っちゃ感覚かも。」

千恵「それ、一番難しいよ…」

千歌「そうかなぁ。じゃあ見てて!」


千歌『きっとこの苦しみの先にはラプソディが待っている。だってそうでしょう。ないと思っているところに現れたらとても素敵だわ。世界中の人々が皆、口をそろえて言うんですもの。自由でファンタジーで…それはここでしか生まれないの。』(美しい魔女風に)


千恵「…」

千歌「どうだった…?」

千恵「やっぱり千歌は上手だよね。」

千歌「そうかなぁ、ありがと!」

千恵「いいよねぇ、なんか歌聞いてるみたいだった。上手いもんね歌も。」

千歌「そんなことないよ、千恵だってセンスあるじゃん?」

千恵「…センス?」

千歌「そうだよ!やったらぴったりハマるし、こんな短期間でここまでできるもんなんだーって思ってる!」

千恵「馬鹿にしてる?」

千歌「え?」

千恵「センスって何?もともとセンスあって今までやってきてると思ってるの?」

千歌「いや、それだけじゃないと思うけどさ、」

千恵「だって、千歌は何をやってもできちゃうじゃん。天才じゃん。私だって頑張ってるのに…!」

千歌「千恵?」

千恵「そうでしょう?台本さらっと読んだだけで、初回の舞台、主役だもんね。」

千歌「それはたまたま…」

千恵「たまたまなわけないじゃん!あんたの方がセンスあるんだよ、どう考えても。」

千歌「どうしたの急に、」

千恵「どうしたのじゃないよ!今までの努力をセンスって言葉で片づけられたらさ、そりゃイライラするでしょ。」

千歌「そういうつもりじゃ、」

千恵「わかってるよ!ずっとお芝居に携わってきた私にはできなくて、最近始めたあんたの方が上手かったら嫉妬するでしょ!」

千歌「にしても急に怒り出すのは違くない?」

千恵「あんたがセンスで片づけるからじゃん。」

千歌「だから、そういうつもりじゃないって言ってんじゃん。この際だから言うけどさ、千恵に足りないものって自分でわかってんの?」

千恵「足りないもの?」

千歌「なりきることだよ。」

千恵「なりきる…?」

千歌「なにが台詞を読むとどうにかなるもんじゃん?だよ。そんなもんもわからないで今までお芝居してたの?あほらしい。」

千恵「あほらしい…!?そこまで言う必要ある!?」

千歌「演劇の本質がわかっていないようじゃ、この仕事は向いてないよ。」

千恵「向いてない…?」

  「あんたにはわかんないよ、天才だもんね、やったらできちゃうもんね、私はそうはいかないの!」

  「努力ってもんをいっぱいしてるの!毎日お芝居にいっぱい時間を費やしてんの!」

千歌「天才天才ってよく言うけどさ、私の何がわかるの?千恵のほうが恵まれてるってわかってる?」

千恵「なによ、恵まれてるって」

千歌「私に無いものたくさん持ってる。」

  「両親が普通にいて、ご飯作ってくれて、習い事もたくさんさせてもらってて、お金がたくさんあって、」

  「普通って恵まれてるのよ。」

  「わからないでしょうねお嬢様には。」

  「父子家庭で、毎日私が3人の弟妹(おとうといもうと)のためにご飯を作ってて、お金がないからろくに習い事もできないし、遊べないし、バイトもしなくちゃいけないし」

千恵「わかってるよ!千歌のせいじゃないって。でも、自分の実力の無さが悔しいのに、それを認めたくないから、あんたのせいにしちゃったんだよ…。でもやっぱり演劇って何なのかっていわれると…」

  「言葉自体はわかるよ、観客に対し、俳優が舞台上で身振りや台詞などによって、物語や人物などを形象化して演じて見せる芸術のこと、でしょ。」

  「でも、なりきるとか、魅せるとか、わかんないんだもん。ここにいるからこそ私が生かされているのに、みんなが私を見てくれるのに…」

千歌「まずね、人は自分以外の人間になりきることはできないの。どんなになりきってるように見えるプロの役者さんだって、何か演じるたびに自分が消えて役が憑依しちゃうわけじゃなくて、感情的な場面であっても、ちゃんと冷静な自分があれこれ判断したり、コントロールしたりしている。

  なりきるって言葉は一生懸命という言葉と同じだけど、具体性に欠けるの。

   いい演技をするためにはとにかく一生懸命ではなく具体的に何をすればいいかということを考えていかなきゃだめ。

  役作りをじゅうぶんやっておくと、自信をもって、いただいた役を演じることができるよ。」

千恵「役作りはよく聞くよ。」

千歌「そうだよね、基本中の基本。それが多分、千恵には足りない。」

千恵「ど、どうやってやるのさ、」

千歌「じゃあ、ステータスって話をするね。」

千恵「すてーたす……」

千歌「ステータスっていうのは、社会やある集団における地位や立場のこと。」

  「ステータスが高い、低い、というような言い方をするんだけど、社長とか政治家、セレブとかってステータスが高そうで、平社員とか一般市民とかだったらそれらに比べるとステータスが低いよね?」

千恵「たしかに、イメージはできる。」

千歌「そしたら、社長とかステータスの高い人をイメージしてその辺歩き回ってみてよ。」

千恵「えぇ!?歩き回る!?」

千歌「ほら早く!」

千恵「…こ、こう…?」

千歌「そうそう。そうするとさ、自然に背筋が伸びたり、胸を張ったり、歩き方もいつもよりゆっくりになってない?」

千恵「…ほんとだ。」

千歌「ステータスが高い人っていうのは、イコール自信と余裕がある人のこと。」

  「一般的に背筋が伸びて胸を開いている、首や手の動きにムダがない、ゆったりと大股で歩く、まばたきが少ない、などとされているんだって。」

千恵「そっか。イメージでその人がどんな人で、どんな人と対面するかで視界からの情報は変わってくるんだね。」

千歌「正解。じゃあ今度は、ステータスが高い人としてこんにちはって喋ってみて。」

千恵「え、っと、………こんにちは…」

千歌「いつも喋ってる感じとどう違う?」

千恵「んー、声が少し大きくなったり、低い声でゆっくり喋ったかな…?」

千歌「そう、大正解。」

千恵「やった。」

千歌「この真逆をやると、とてもステータスが低い人になるよね?」

千恵「うん。背中を丸めて小股で早歩き、常にまばたきをしたり身体のどこかを触ったり。息が浅く、声が高く早口……とか?」

千歌「なんだ、全然できるじゃん」

  「そうやってなりきることが大事。まぁまったく同じようになることは不可能だから、役に近づくとかの方が正しいのかもしれないけど。」


千恵「…なんかごめん。言い過ぎちゃって。」

千歌「私の方こそごめん。」

千恵「たくさん教えてくれてありがとう。私、考えが固執してたのかも。」

  「私は何でもできるから大丈夫って思ってた。考えの更新不足でした…」

千歌「わかればいいのよ、でも私だって演劇人生短いし、千恵に教わることたくさんあるよ。」

千恵「教わること?」

千歌「うん。人との距離感。演劇やってる人って距離感が独特なの。どこまで近づいたらいいかわかんなかったけど、千恵見てたらわかってきた。」

千恵「そっか、ならよかった。」


千恵「一回さ、この台本のこのシーン、一緒にやってくれない?」

千歌「…もちろんいいよ。千恵が美智子ね。私が里美。」

千恵「……うん。頑張ってみる。」




千恵『きっとこの苦しみの先にはラプソディが待っている。だってそうでしょう。ないと思っているところに現れたらとても素敵だわ。世界中の人々が皆、口をそろえて言うんですもの。自由でファンタジーで…それはここでしか生まれないの。』


千歌『手を伸ばせば届いたはずなのに。私が彼女を救ってあげられたはずなのに。同じことに囚われているから抜け出せないのよ現実から。きっとこの手で必ず。』




千恵「ど、ど、どうかな!?!?」

千歌「いいんじゃない?考え方ひとつでこんなにも変えられるってさすがだね、千恵。」

千恵「いやいやいや、練習ほとんどしてない里美演じられちゃう方がすごいでしょ!?」

千歌「そうかな…。でもなんかさ、この二人、私たちに似てない?」

千恵「……確かに、苦しくて悶えてる美智子が私。」

千歌「そんな美智子、というか千恵を救ってあげたいって思って行動してしまった里美は私。」


千恵と千歌、目を合わせて笑う。


千歌「千恵、そんなに根詰めなくていいんだよ。不安だと思うけど、千恵なりの美智子が表現できれば監督も評価してくれるって!」

千恵「そうかな…」

千歌「昨日よりも今日、今日よりも明日、少しずつよくなればそれでいいんだよ!」

千恵「そうやって成長していけるのは今のうちってことね…」

千歌「そういうこと!」

千恵「たしかに、考えすぎてたかもしれない。まだ若いんだから!今を楽しまなきゃだよ千恵!」

千歌「え、それ、自分で自分に言ってるの…?」

千恵「いや別にいいじゃん…」


着信音


千歌「晶からだ。もしもし、」





千恵M「ずっと囚われていた思考から一気に解放された私は、このあとも千歌と練習を重ね、オーディションに挑んだ。」


千歌M「何も助言しなければ私が勝てたかもしれなかったのに、千恵との友情を選んでしまった。」


千恵M「オーディションの人数は5人だった。顔見知りの人たち。そのとき思い出してしまった。中学生の頃、地域の小さな舞台でしっかり台詞を飛ばして、観客の笑い声が沸き上がったあの日のことを。 また同じ失敗をしたらどうしよう。その記憶は忘れられない。でも」


千歌M「審査員たちの目線が刺さるようだった。静まり返った稽古場の空気が、いつもより重く感じる。それでも千恵と頑張った練習の成果を出せたと思う。結果は僅差で千恵の勝ち。でも後悔はなかった。」





千恵M「千歌の家の事情を初めて知り、少し申し訳なくなった。言わせたかったわけでは無かったのに、つらいことを話させてしまった。」


千歌M「あの話をしてからよく家に来てくれるようになった。千恵なりの気遣いだろうか。おかげで弟たちに笑顔が増えた気がする。」


千恵M「それでもいつも通り接してくれる千歌は心が広すぎると思う。」


千歌M「誰かが言っていた。持つべきものは友だと。」




千恵M「ラヴェンダーの香りが漂うように、目に見えないけれど確かにそこにある何か。は、千歌との絆だったのかもしれない。ラプソディのように、自由で変化に富んだ日々をこれからも紡いでいきたい。」


千歌M「このオーディションを経て私たちが得たもの。それは、演技の技術以上に、お互いを支える力だった。きっとこの先も、ラプソディのように自由な人生を生きていけるって信じている。」




千恵M「次の舞台はどんな物語だろう。今日感じたこの気持ちを忘れないようにしたい。」


千歌M「千恵とまた一緒に演じる日が来る。その時、もっと高め合えるようになりたい。」




千恵M「オーディション帰りの空は、何とも言えない色をしていたのを覚えている。」


千歌M「夕焼けの赤、晴天の青、そしてそれらが混ざった、」




「ラヴェンダー・ラプソディ」

(どちらが読んでもいいです)

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ラヴェンダー・ラプソディ 美雲瀬 依 @mimoseyolu000

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