お見舞い

平 遊

第1話 お見舞い

「見て! 雪!」


 子供の声で目が覚めた。

 ようやくのことで飛び乗った新幹線で、私は席に着くなり眠ってしまっていたらしい。隣の席では母がまだ眠っている。

 窓の外を見てみると、牡丹雪が強い風に吹かれて舞っている。正に雪景色。乗り込んだ始発の駅では、雪なんぞかけらも見当たらなかったというのに、一眠りしただけでまるで異国に来たかのような感覚だ。


 目的地はそこからさらに北に上った地にある。

 買ってあったペットボトルの水と駅弁で手早くお昼を済ませ、私は再び眠りについた。


 目的地の駅は、吹雪いていた。

 金属質のキンとした寒さが、空調の効いた温かい室内に慣れきった体に突き刺さる。

 都会とは寒さの質がまるで違うなと思いながら、駅前で客待ちをしていたタクシーに乗り、向かったのは伯母が入院している病院。コロナ禍が始まってから会っていないので、かれこれもう5年振りだろうか。

 年も年なので、伯母の体もあちこちガタはきていたのだが、頭と口は変わらずに達者だった。ところが、この秋に胃を悪くして救急搬送されそのまま入院。腰を悪くしていて出されていた痛み止めの影響で、胃に穴があいていたとのこと。

 胃の穴については手術で塞いだものの、今度は入院により足腰が弱ってしまい、リハビリ専門の病院に転院することに。

 転院前は大好きなスマホゲームもしていたし、電話口でも元気そうに話していた伯母が、転院後はゲームもしなくなり、徐々に元気もなくなってその内会話もあまり噛み合わなくなり、とうとう電話が繋がらないようになってしまって、母はえらく気を揉んでいた。私も伯母のことが心配だった。

 だが、伯母の住む場所は気軽にフラッとお見舞いに行けるほど近くはない。

 母の体調も万全という訳ではなく、私自身もなかなか体が空かずに迎えた年末。ようやくお見舞いに行けそうな日ができたので、母と2人でお見舞いに行くことにしたのだった。


 病院の決まりで、面会できるのは3親等以内の2人まで。しかも、面会時間は10分。3日前には予約を入れなければならないという、かなり厳しい体制だ。

 全てクリアして久々に会った伯母は、一回りも二周りも小さくなったように見えた。

 その伯母は、母と私の姿を見るなり目を大きく見開き、泣き出した。


「お姉ちゃん、来たよ!」

「おばちゃん、来たよ!」


 伯母はしばらくの間泣いていた。

 窓の外は相変わらず吹雪いていて真っ白だ。うちの方の病院に入院していたら、もっと暖かいし、もっと頻繁に会いに来られるし、こんなに泣かなくて済んだのに。などと思った。


 伯母との会話はやはりよく噛み合わなかったが、思ったよりはしっかりしていそうだ。母とも意見が一致して、少し安心した。

 退院して自宅に戻れば、もしかしたら元に戻るかもしれないと。

 その後看護師さんにお願いして、伯母のリハビリの様子を見せてもらった。

 歩行器を使いながら、伯母は一生懸命に歩いていた。一歩、一歩、ゆっくりと自分の足で歩いていた。


 がんばれ!

 がんばれ!


 母と2人で応援した。

 応援することしかできないから。


 面会もリハビリの見学もあっという間に終わってしまって、私は母と帰宅の途についた。

 1泊くらいしたいところではあったが、母も私も翌日予定が入っていたのだ。致し方ない。

 新幹線に乗る前に買った飲み物と軽食で夕食を済ませると、母も私もすぐまた眠ってしまったようで、気づいた時には窓の外には見慣れた風景が広がっていた。そこに、雪はかけらも見当たらない。


 私は今日、本当に伯母に会って来たのだろうか。


 ふと、そんな不安に襲われた。

 今日のことは全て夢で、伯母のお見舞いには行けていないのではないかと。

 だが、スマホには伯母と母と私の3人が写っている写真が確かにある。


 新幹線を降りると、流石に暖かいとは言えないものの、それでもあのキンとした寒さは無い。もちろん、雪も降っていない。


 雪のせいだ。

 きっと、雪のせいなんだ。

 雪が現実を幻のように感じさせているんだ。


 母と乗った帰りのタクシーの中で、そんなことを思った。


【終】

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