#6
むかしむかし。
あるところに、レールガン女子高生という神様がいました。
レールガン女子高生はたいていのことは何だってできる万能の神様でしたが、人の未来を救うことだけは出来ませんでした。
己が可能性を費やし、事象改変を続け、世界を捻じ曲げ続けても、理想の未来には辿り着けなかったのです。
神様は人類存続のために生まれた存在です。人類の滅亡が確定してしまった世界で、神様は存在することを許されませんでした。
存在意義を失った神様はすぐにでも世界ごと滅びる運命だったのです。
けれど、神様と仲良しの巫女は、神様が消えることを受け入れませんでした。
神様と仲良くなりすぎた巫女は、神様と、神様たちに願いました。
未来がどん詰まりになってしまったことは承知しました。世界が終わることは構いません。
でも、終わるまでの時間を奪うことは、どうか止めてもらえないでしょうか。
世界の終わりまででいいのです。
最後まで、最期まで、私は神様と一緒に生きていたいのです――。
願いは届き、神様は眠りにつきました。
自らの時を止め、巫女以外のすべてから関係を断ち、少しでも長く生きるため眠りにつきました。
巫女は神様の権能をちょっとだけ引き継いで、世界を見守ることになりました。
最初は神様と一緒に、空の上から世界を眺めているだけでした。
でも、数年前から神様が弱々しくなっていることに気付きました。
巫女は神様の存在を維持するため、神様が使い切ってしまっていた可能性、未来のカケラを集めることにしました。
遣いを放ち、いまだ生存する数少ない命を集め、その未来を回収しては神様に与えました。
神様の遣いにはウサギを選びました。
白くてふわふわしていて可愛いかったし、元から人の命を収集することに長けていたからです。
遣いとなったウサギは方々に散り、神様のために命を回収していきました。
人間がいなくなりました。
虫がいなくなりました。
遣いを除いて、獣はいなくなりました。
けれど女子高生は残っています。神様の力を譲渡された特殊生命体、女子高生は、女子高生である限り神様と別の個体だということを定義づけられています。
世界から、女子高生以外がいなくなりました。
それでも神様の弱化は止まりませんでした。
神様が力を失うほどに、女子高生に掛けていた制限も解けていきます。
記憶を取り戻すこともあるでしょう。
本当の自宅へ帰ることもできるでしょう。
女子高生は野に放たれ、それぞれの終末を謳歌しました。
けれど、卒業したら女子高生は人に戻ります。
人に戻った時点で、その命は、回収対象物と変わります。
年度が替わり、卒業を迎えた女子高生の命と未来が回収されました。
一年が経ち、卒業を迎えた女子高生の命と未来が回収されました。
また一年が経ちました。
残った女子高生も、もうじき卒業です。
すべての命と未来は神様と溶けて、混ざって、神様の一部となります。
人も虫も獣も女子高生も巫女も、誰も何もいなくなった世界は神様を維持すること叶わず、破綻します。
そうして世界は終わります。
だから女子高生の終わりは、すなわち世界の終わりです。
残る女子高生が卒業したときこそ、この世界とレールガン女子高生の終焉なのです。
「……おしまい!」
御巫茉希は満足そうに息を吐いた。
「話すことはこれくらいかなあ。他に聞きたいこと、ある?」
一つだけ、と桔梗は返した。
おおよそ疑問は解消された。自分がこれからどうなるのか、どうやって終わりを迎えるのかも想像できた。
桔梗がもとから抱いていた疑問に関して、聞きたいことはない。
だからこれから尋ねるのは、御巫茉希についての話。
たった一つ、気になってしまった内容だ。
どうしてそこまでするのか。
長井零路と御巫茉希は、神と巫女という関係である。それは理解した。
だが、神に仕える一介の巫女が、必死に頼み込んでまで最後の時間を引き伸ばそうとする理由が、桔梗には分からなかった。
桔梗が尋ねると、
「友達だ、って言ってくれたから!」
御巫茉希は最高の笑顔で答えた。
「
…………。
押鐘桔梗は自分の話をしなかった。自分についてではなく、これまでの旅について話し始めた。
巡ってきた道を、歩いてきた町を思い浮かべながら、自分の思いを綴るように話した。
桔梗は二年をかけて、各地を旅して回った。
どの町にも人の気配はなく、荒涼たる世界が見渡す限り広がっていた。
多くの地を巡り、同じ光景を見て、それでも足を止めずに旅を続けた。
物語の終焉を確信した。
此処に続きはなく、先はなく、人の生きる未来はない。
そう理解するに足るだけの経験を重ねても、桔梗はずっと歩き続けた。
つまらない景色だと思った。生きているものを見つければ、命の鳴動を感じられれば、この景色も少しはマシになるかと考えて生き物を探した。
人を探した。
動物を探した。
そう考えていて、そう思っていた。
……でも、違った。
御巫茉希と話していて、分かった。
桔梗は寂しかったのだ。ずっと……。
話をしたかったのは、自分の方だった。
孤独に旅をして、いつか心細くなっていて、寂しくて、誰かと話したかった。
辛かった。
苦しかった。
話しかけたかった。
話しかけられたかった。
押鐘桔梗は話を続ける。
二年の間で積もりに積もった感情を吐き出していく。
いつしか桔梗は、己が女子高生ではなくなっていることに気付く。
卒業を経て女子高生としての構成要素が抜け落ち、ただの人間に戻りつつあることを知る。
女子高生ではなくなった自身、肉体、生命、存在、その境界が揺らいでいく。
それでも尚、女子高生だった者は旅の話を続ける。
そう頼まれたからではない、自分が欲し、そうしたいと願い、相手も応えてくれるから。
はたと、押鐘桔梗でかつ、女子高生だったものは、自分が誰かの記憶を語っていることに気付いた。
それは彼女のものではなかったが、彼女のものになりつつあった。
そうして理解する。御巫茉希という他者から聞いたはずの記憶を参照する。
レールガン女子高生という神的存在との同一化に伴う個の消失。自分が誰であるかという意識を持つ意図も理由も目的も失われてゆく。
目の前にいたはずの女を認識できない。他者と自分の区別がつかない。ない。わたしでもあなたでもない。ここにはレールガン女子高生がいる。
それでもわたしというレールガン女子高生はあなたというレールガン女子高生に話を続けている。わたしの話。あなたの話。
感情が溶けあう。寂しさが霧散して混ざる。
より濃い孤独と絶望と、それを包み込むような優しさとが混ざり合って一つになる。
恐怖はない。
ただ、安堵がある。
母なる存在への回帰。魂が告げている。此処が滅亡からすべてを蘇らせた創造の原点。歴史と文明と記憶と記録が此処から誕生し、収束し、消失しようとしている。
何もかもがレールガン女子高生になり、レールガン女子高生として死ぬ。
あらゆる生命体は統合された。女子高生という個は消失した。世界と生命とレールガン女子高生はイコールで接続され、理解も拒絶も肯定も否定も意思の疎通さえも不要となった。
区別も、断絶も、何もない。
レールガン女子高生がある。
レールガン女子高生だけがある。
レールガン女子高生は最期に記憶を辿る。わたしが話していた記憶。わたしが聞いていた記憶。この世界を生き、死んだ命に刻まれた記憶。
丁寧に、丁重に読み進めていく。
レールガン女子高生の大切な思い出。積み重ねてきた歴史と時間。
それは一つの世界が最期に見る夢。走馬灯。
万物の命を見守り、慈しみ、抱いて眠る。
命が消える。
終わる。
さよなら、
――――
安らかに、穏やかに。
とある失敗した世界は、こうして幕を閉じた。
The world and railgun / End. EXTRA "Platycodon grandiflorus"
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