クールな幼馴染は降って湧いた許婚という関係を謳歌するらしい

タツキ屋

第1話 生徒会長と副会長

「結城さん、明日の資料はできていますか?」


初夏の朝、生徒会室に雪村澪の透き通る声が響く。

その声は冷静で落ち着いており、生徒会長としての確固たる信頼感を思わせた。


「ああ、昨夜確認済みだよ」

結城颯馬は手元の資料をめくりながら淡々と答える。


澪は短く頷くと再び書類に目を落としたが、その仕草ですらどこか洗練されているように見えた。

窓から差し込む柔らかな陽光が、彼女の黒髪をふんわりと輝かせる。


生徒会室にはほかにも数人のメンバーが集まっていたが、その目は自然と颯馬と澪の二人に向けられていた。


「氷の貴公子」と呼ばれる結城颯馬と、「氷雪の姫君」の異名を持つ雪村澪。

学年でも一、二を争う成績、そして誰もが認める容姿端麗な二人は、まさに最強の組み合わせだと噂されていた。


だが、誰もが二人の関係をそこまでだと思っている。

会長と副会長。互いを認め合う優秀な同級生――それ以上でも、それ以下でもないと。



「ほんと、絵になるよね、あの二人……」

副書記の女子生徒が、ため息混じりに小声で呟いた。


「見た目も雰囲気も完璧って感じだよな」

書記の男子生徒が、隣で同意するように頷く。


「しかも、成績も優秀で、生徒会の仕事までしっかりこなして……」

副書記の女子が続けると、書記の男子は少し苦笑いを浮かべた。


「まあ、能力もすごいけど、やっぱり目を引くのは見た目だろ。澪会長のクールな美人オーラと、結城のモデルみたいな顔立ち――普通に歩いてるだけで周りが見とれるよな」


「わかる。でも二人ともそんなこと気にしてない感じがまた良いんだよね」

副書記の女子は微笑みながら資料に目を戻す。


その一方で、颯馬と澪は、周囲のそんな視線に気づくこともなく、目の前の仕事を淡々と進めていた。

二人の動きには隙がなく、それでいて無理のない自然さが漂っている。



昼休み。

颯馬が鞄を手に生徒会室の扉を開けると、澪がいつもの席に座っていた。

机の上には、二つのお弁当箱がきれいに並べられている。


「颯馬、遅い」

澪がちらりと彼を見て、少しだけ拗ねたように言う。


「悪い、クラスでちょっと捕まってた」

颯馬が苦笑いしながら席に着くと、澪は弁当箱をそっと彼の前に差し出す。


「これ、今日のメニュー。少し手間をかけたから、ちゃんと食べてね」

澪の声には、わずかに照れたような響きが混じっている。


「いつもありがとう。澪の弁当があると昼が楽しみになるよ」

颯馬がふたを開けると、彩り豊かに詰められたおかずが目に飛び込んできた。


「相変わらずすごいな。これ、朝作ったのか?」


「当然よ。適当なものを出すわけにはいかないでしょ」

澪はさらりと答えるが、その耳がわずかに赤く染まっている。


颯馬が箸を伸ばし、卵焼きを一口食べる。

その瞬間、軽く驚いたように目を見開いた。


「これ、懐かしい味だな……昔、澪の家で食べた卵焼きに似てる」


澪は少し驚いたように彼を見つめた。

「覚えてるの? あの時の味なんて」


「まあ、子供の頃に食べたものは、忘れないもんだよ」

颯馬が淡々と答えると、澪はふっと微笑んだ。


「そう。お母さんに教えてもらったの。あの時のレシピを再現してみたのよ」


「へえ……なるほどね。そりゃ懐かしいはずだ」


その言葉に、澪は少し嬉しそうに小さく頷いた。


「子供の頃、よく私の家でお昼を一緒に食べたわよね。あの頃は颯馬、好き嫌いが多くて苦労したけど」


「それを言うなら、澪も大して変わらなかっただろ。トマト嫌いで、無理やり俺に押し付けてたじゃないか」


「……そんなこともあったかしら?」

澪は目を逸らしながら小さく笑う。その表情には、普段のクールさとは違う柔らかさがあった。



窓から差し込む柔らかな光が、生徒会室を優しく包む。

外の賑やかな声とは無縁のこの場所は、二人だけの穏やかな時間を演出している。


「ここって本当に静かでいいな」

颯馬がぽつりと呟くと、澪は軽く頷いた。


「昼休みにここを使うのは私たちくらいだもの。他の人がいない方が落ち着くわ」


「確かにな。こうして静かに過ごせるのも悪くない」


澪は箸を置き、少しだけ考え込むような表情を見せた後、小さく息を吐く。


「……でも、昔はこんな風に静かに過ごすなんて考えられなかったわね」


「そうかもな。家の庭を走り回ったり、近所の公園で遊んでばかりだった」


「ええ。しかも、何をするにも張り合ってたわね」

澪はふっと微笑む。その表情はどこか懐かしさを含んでいた。


颯馬もそれを見て、少しだけ口元を緩めた。

「まあ、あの頃から澪には負けっぱなしだったけどな」


「当然でしょ。私が負けるなんてありえないもの」

澪がさらりと言うと、颯馬は肩をすくめて笑った。



颯馬が弁当を食べ終わる頃、澪がふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、今週末バーベキューだって」


「うちの庭でやるやつだよな。昨日母さんから聞いたよ」

颯馬は箸を置きながら答える。


「久しぶりよね。両家で集まるの」

澪は小さく微笑む。


「そうだな。なんだかんだで、こうやって家族ぐるみで集まるのも少なくなったし」


澪は頷きながら、少しだけ視線を外した。

「……お母さん、昔の写真を持ってくるって言ってたわよ」


「写真?」

颯馬が首を傾げると、澪はわずかに顔を赤らめて言葉を続けた。


「幼い頃の、私たちのね。赤ちゃんの時とか、もっと小さい頃の……」


「ああ、あのアルバムか。見たことある気がするけど」

颯馬は懐かしむように軽く笑った。


「……あれ、少し恥ずかしいわよね」

澪は小さな声で呟き、そっと髪を耳にかけた。その仕草はどこか照れているようにも見える。


「まあ、家族だけだし、気にしなくていいだろ」

颯馬がさらりと言うと、澪は何か言いたげに彼を見たが、結局言葉にはせずに小さく頷いた。



「颯馬、準備は手伝うの?」

 

澪が軽く問いかける。


「もちろん。焼き方が下手だって父さんに言われたからな。今年こそ見返してやるよ」

 

颯馬は少し意地を張るように言い、肩をすくめた。

澪はそれを聞いて、くすっと小さく笑う。

 

「ふふ、それなら期待してるわ。……私は、食べる専門でいさせてもらうけど」


「また楽する気だな」

 

颯馬は軽く呆れたように言ったが、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。



ふと、澪が真剣な表情になり、彼をじっと見つめる。

 

「ねえ、颯馬。週末、また隣にいてくれる?」


「隣に?」

 

颯馬が少し驚いたように聞き返すと、澪はそっぽを向きながら小さく呟く。


「……あなたがいると、落ち着くから」


その言葉に、颯馬はしばらく黙って澪を見つめたが、やがて静かに微笑んだ。

 

「分かった。澪の隣は俺の指定席だろ?」


「当然よ」

 

澪は頬を赤らめながら短く答えた。


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