クールな幼馴染は降って湧いた許婚という関係を謳歌するらしい
タツキ屋
第1話 生徒会長と副会長
「結城さん、明日の資料はできていますか?」
初夏の朝、生徒会室に雪村澪の透き通る声が響く。
その声は冷静で落ち着いており、生徒会長としての確固たる信頼感を思わせた。
「ああ、昨夜確認済みだよ」
結城颯馬は手元の資料をめくりながら淡々と答える。
澪は短く頷くと再び書類に目を落としたが、その仕草ですらどこか洗練されているように見えた。
窓から差し込む柔らかな陽光が、彼女の黒髪をふんわりと輝かせる。
生徒会室にはほかにも数人のメンバーが集まっていたが、その目は自然と颯馬と澪の二人に向けられていた。
「氷の貴公子」と呼ばれる結城颯馬と、「氷雪の姫君」の異名を持つ雪村澪。
学年でも一、二を争う成績、そして誰もが認める容姿端麗な二人は、まさに最強の組み合わせだと噂されていた。
だが、誰もが二人の関係をそこまでだと思っている。
会長と副会長。互いを認め合う優秀な同級生――それ以上でも、それ以下でもないと。
◇
「ほんと、絵になるよね、あの二人……」
副書記の女子生徒が、ため息混じりに小声で呟いた。
「見た目も雰囲気も完璧って感じだよな」
書記の男子生徒が、隣で同意するように頷く。
「しかも、成績も優秀で、生徒会の仕事までしっかりこなして……」
副書記の女子が続けると、書記の男子は少し苦笑いを浮かべた。
「まあ、能力もすごいけど、やっぱり目を引くのは見た目だろ。澪会長のクールな美人オーラと、結城のモデルみたいな顔立ち――普通に歩いてるだけで周りが見とれるよな」
「わかる。でも二人ともそんなこと気にしてない感じがまた良いんだよね」
副書記の女子は微笑みながら資料に目を戻す。
その一方で、颯馬と澪は、周囲のそんな視線に気づくこともなく、目の前の仕事を淡々と進めていた。
二人の動きには隙がなく、それでいて無理のない自然さが漂っている。
◇
昼休み。
颯馬が鞄を手に生徒会室の扉を開けると、澪がいつもの席に座っていた。
机の上には、二つのお弁当箱がきれいに並べられている。
「颯馬、遅い」
澪がちらりと彼を見て、少しだけ拗ねたように言う。
「悪い、クラスでちょっと捕まってた」
颯馬が苦笑いしながら席に着くと、澪は弁当箱をそっと彼の前に差し出す。
「これ、今日のメニュー。少し手間をかけたから、ちゃんと食べてね」
澪の声には、わずかに照れたような響きが混じっている。
「いつもありがとう。澪の弁当があると昼が楽しみになるよ」
颯馬がふたを開けると、彩り豊かに詰められたおかずが目に飛び込んできた。
「相変わらずすごいな。これ、朝作ったのか?」
「当然よ。適当なものを出すわけにはいかないでしょ」
澪はさらりと答えるが、その耳がわずかに赤く染まっている。
颯馬が箸を伸ばし、卵焼きを一口食べる。
その瞬間、軽く驚いたように目を見開いた。
「これ、懐かしい味だな……昔、澪の家で食べた卵焼きに似てる」
澪は少し驚いたように彼を見つめた。
「覚えてるの? あの時の味なんて」
「まあ、子供の頃に食べたものは、忘れないもんだよ」
颯馬が淡々と答えると、澪はふっと微笑んだ。
「そう。お母さんに教えてもらったの。あの時のレシピを再現してみたのよ」
「へえ……なるほどね。そりゃ懐かしいはずだ」
その言葉に、澪は少し嬉しそうに小さく頷いた。
「子供の頃、よく私の家でお昼を一緒に食べたわよね。あの頃は颯馬、好き嫌いが多くて苦労したけど」
「それを言うなら、澪も大して変わらなかっただろ。トマト嫌いで、無理やり俺に押し付けてたじゃないか」
「……そんなこともあったかしら?」
澪は目を逸らしながら小さく笑う。その表情には、普段のクールさとは違う柔らかさがあった。
◇
窓から差し込む柔らかな光が、生徒会室を優しく包む。
外の賑やかな声とは無縁のこの場所は、二人だけの穏やかな時間を演出している。
「ここって本当に静かでいいな」
颯馬がぽつりと呟くと、澪は軽く頷いた。
「昼休みにここを使うのは私たちくらいだもの。他の人がいない方が落ち着くわ」
「確かにな。こうして静かに過ごせるのも悪くない」
澪は箸を置き、少しだけ考え込むような表情を見せた後、小さく息を吐く。
「……でも、昔はこんな風に静かに過ごすなんて考えられなかったわね」
「そうかもな。家の庭を走り回ったり、近所の公園で遊んでばかりだった」
「ええ。しかも、何をするにも張り合ってたわね」
澪はふっと微笑む。その表情はどこか懐かしさを含んでいた。
颯馬もそれを見て、少しだけ口元を緩めた。
「まあ、あの頃から澪には負けっぱなしだったけどな」
「当然でしょ。私が負けるなんてありえないもの」
澪がさらりと言うと、颯馬は肩をすくめて笑った。
◇
颯馬が弁当を食べ終わる頃、澪がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、今週末バーベキューだって」
「うちの庭でやるやつだよな。昨日母さんから聞いたよ」
颯馬は箸を置きながら答える。
「久しぶりよね。両家で集まるの」
澪は小さく微笑む。
「そうだな。なんだかんだで、こうやって家族ぐるみで集まるのも少なくなったし」
澪は頷きながら、少しだけ視線を外した。
「……お母さん、昔の写真を持ってくるって言ってたわよ」
「写真?」
颯馬が首を傾げると、澪はわずかに顔を赤らめて言葉を続けた。
「幼い頃の、私たちのね。赤ちゃんの時とか、もっと小さい頃の……」
「ああ、あのアルバムか。見たことある気がするけど」
颯馬は懐かしむように軽く笑った。
「……あれ、少し恥ずかしいわよね」
澪は小さな声で呟き、そっと髪を耳にかけた。その仕草はどこか照れているようにも見える。
「まあ、家族だけだし、気にしなくていいだろ」
颯馬がさらりと言うと、澪は何か言いたげに彼を見たが、結局言葉にはせずに小さく頷いた。
◇
「颯馬、準備は手伝うの?」
澪が軽く問いかける。
「もちろん。焼き方が下手だって父さんに言われたからな。今年こそ見返してやるよ」
颯馬は少し意地を張るように言い、肩をすくめた。
澪はそれを聞いて、くすっと小さく笑う。
「ふふ、それなら期待してるわ。……私は、食べる専門でいさせてもらうけど」
「また楽する気だな」
颯馬は軽く呆れたように言ったが、その口元には自然と笑みが浮かんでいた。
◇
ふと、澪が真剣な表情になり、彼をじっと見つめる。
「ねえ、颯馬。週末、また隣にいてくれる?」
「隣に?」
颯馬が少し驚いたように聞き返すと、澪はそっぽを向きながら小さく呟く。
「……あなたがいると、落ち着くから」
その言葉に、颯馬はしばらく黙って澪を見つめたが、やがて静かに微笑んだ。
「分かった。澪の隣は俺の指定席だろ?」
「当然よ」
澪は頬を赤らめながら短く答えた。
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