天真爛漫な新人モデルと冷徹無比のカメラマン

第2話

「初めまして、遊佐ゆさ 千鶴ちづると申します。よろしくお願いします!」



 都内のとある撮影スタジオに一人の女性新人モデルがマネージャーに連れられてやって来た。


 彼女の名前は遊佐 千鶴。これから撮影の為にメイクをされるであろう彼女は素っぴんなのだけど、その必要が無いくらいの透き通った肌に長い睫毛の大きな瞳。乾燥を知らないくらいに潤いぷっくりとした唇と、既に完成されているのではと思う程に整った顔立ちをしていて周りを魅了した。


 そんな彼女は高校三年の秋に大手事務所の社長から直々にスカウトされたことをきっかけに卒業後上京し、一人暮らしをしながら本格的にモデルの道へ進むことを決め、本日は初撮影日だったりもする。


「遊佐さん、あちらが本日担当するカメラマンの西園寺さいおんじさんです」

「あ、そうなんですね。それじゃあ私、挨拶に行ってきます!」

「あ、遊佐さん……」


 千鶴は昔から物怖じしない明るい性格の持ち主で、初対面の人を前にしても全く動じない。


 これから自分を撮影してくれるカメラマンならば一度挨拶をしなくてはならないと思い立った千鶴はすぐさま行動に移した。


「あの、西園寺さん。初めまして。本日撮影していただく遊佐 千鶴と申します。初めてなのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」


 一人でカメラの機材チェックをしている西園寺というカメラマンの元へ近付き、深々と頭を下げながら挨拶をした千鶴。


 彼はそんな彼女に視線を向けることも無く、「ああ、そう」とだけ口にすると、そのままカメラのチェックをし続けた。


 無愛想な彼に一瞬戸惑いの表情を見せた千鶴だけど、それにめげることはなく、


「それでは、失礼します」


 再度深々と頭を下げて彼の元から去って行き、小走りでマネージャーやスタイリストの元へ戻って行った。


「私、行くタイミングを間違えたかもしれないですよね……西園寺さん、お忙しそうでしたし……」


 戻って来た千鶴は機材チェックをし続ける西園寺に視線を向けつつ、少し乱れてしまった肩まである黒髪を整えながらポツリと声を漏らす。


「遊佐さんは悪くないですよ、その……西園寺さんは基本、誰に対してもああだから、気にしなくても大丈夫です」


 西園寺に冷たくあしらわれて落ち込んでいると思ったスタイリストが千鶴を慰めようと言葉をかけると、


「そうなんですね! 私、嫌われたのかと思ったからそれを聞いて安心しました」


 嫌われていなかったと分かると彼女の顔にぱっと笑顔が戻っていく。


 彼の名前は西園寺さいおんじ 蒼央あお


 緩いパーマがかった短髪ツーブロックヘアで、切れ長の瞳が少しキツい印象に見えがちだが、目鼻立ちが整っている蒼央は俗に言う『イケメン』の部類に入る容姿を持っている。


 誰に対しても無愛想で必要最低限でしか人と関わらない彼は業界で『冷徹無比なカメラマン』と言われ、周りから距離を置かれていた。


 しかし、蒼央のカメラマンとしての腕前は申し分なく、彼に見出されたモデルは必ず売れると言われていることもあって、数多の企業から声が掛かっている。


 けれど、無愛想な見た目に加えて性格もキツく一切の妥協も許さない厳しい蒼央に耐えきれないモデルが続出し、最近では彼のお眼鏡にかなうモデルがなかなか現れずにいるのが現状だった。


「それでは、撮影始めます。遊佐さんスタンバイお願いします」

「は、はい!」


 服を着替え、ヘアメイクを済ませた千鶴がカメラの前にやって来る。


「よろしくお願いします!」

「ああ。それじゃあ適当にポーズ取ってくれ」

「はい!」


 まず、蒼央が撮影する第一関門として、モデルが挫折する最初のポイントがこれだ。


 普通ならば撮影前にある程度の打ち合わせをするのだけど、蒼央は一切打ち合わせをしない。


 これはあくまでも、モデルの表現力を見る為だと言うけれど、いきなり適当にポーズをと言われても、新人モデルならば戸惑わないはずが無い。


 けれど、千鶴は違っていた。


 カメラを真っ直ぐに見つめたかと思えば、持ち前の明るさと天真爛漫さを表現するかのようにパッと笑顔を浮かべ、自身が身につけている服や小物を駆使しながらあらゆるポーズを取っていく。


 これには周りは勿論、シャッターを切る蒼央も驚いていた。


 距離もあるし蒼央とはカメラのレンズ越しなのにも関わらず、千鶴は彼と目が合ったような気がして、そんな彼にもっと自分を知ってもらおうと自身をアピールしていく。


 今しがたまで可愛らしさを全面的に出していたものの表情が一変、妖艶な雰囲気に変わり、今度は大人らしさをアピールし出した。


 周りにスタッフやスタイリストなど沢山の人が居るにも関わらず、まるで今この場に二人だけしか居ないかのように、千鶴は様々な自分を表現しては写真を撮られることを楽しんでいるように見えた。


 その表情やしぐさを一つも余すところなく写真に収めていく蒼央。


 そんな二人を見守っていたスタッフたちが何よりも一番驚いたのは、普段無表情の蒼央の口角が上がり、とても楽しそうにシャッターを切っている姿だった。

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