第7話「初めての都市と、騎士団への第一歩」

村を出て数日、ラニアと二人で馬車に揺られている。

その車上から見える風景は、草原が広がっていたり、ゆるやかな丘が続いていたりと、まるで戦国の時分には考えられないほどの“開放感”がある。だが、そののどかな景色の奥に、遠くそびえる城壁らしきものが見え始めた。


「……あれが、都市の外壁です」

ラニアが微笑む。彼女にとっては“帰る場所”だが、俺にとっては初めて踏み入れる大きな街だ。

近づくにつれ、商人の行き来が増え、馬車の列も長くなっていく。多種多様な言語が飛び交い、奇妙な魔法道具やら珍獣を引き連れる者までいる。うん、ここもやっぱり“面妖な世界”だという実感が湧いてくる。


門番がいる城門での手続きは案外あっさりしていた。ラニアが魔法学院の身分証を見せ、俺は「騎士団に呼ばれている」と伝えると、割とスムーズに通してくれた。

「ようこそ、リュミエール王都へ」

門番の言葉とともに、町中へ足を踏み入れた瞬間、俺はただ呆然と立ち尽くす。


広い通り、石畳の道路、建物の並び方も高低差があり、何より人の数が圧倒的だ。

戦国の世にも城下町はあったが、ここはそことは桁が違う。豪華な服に身を包む人々、魔法の光を飾りに使った露店の看板――にぎやかすぎて目が回りそうだ。

「すごい数の商人だな……あっちにいるのは面妖な動物、、、魔物じゃねぇのか?」

「大人しい種類の魔物は家畜にしたり、荷物運搬に使ったりするんですよ。この街では珍しくありません」

ラニアは得意気に説明してくれるが、俺はどこをどう見ても常識外れに思えて仕方ない。



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「騎士団の詰所は、王城のある地区にあるはずです。案内状には『正門から入って、左の区画』って書いてありましたね」

「そうか。じゃあ先にそっちへ行くか。……ラニア、お前はどうすんだ? 学院に挨拶とかしなくていいのか?」

「うーん、まずは一度、あなたの手続きを一緒に見届けたいです。それから学院の寮に戻ろうかなと。何せ学院に顔を出すのも久しぶりですし……」

ラニアの頬が微かに染まる。俺に付いて行きたい気持ちがあるのは、前に聞いてたとおりだ。別に迷惑どころか、むしろ心強い。


王都の中心部はさらに人通りが多く、露店や観光客まで入り混じって大混雑だ。城下町というか、“魔法都市”の活気を全身に浴びている感じがする。

やがて、一際大きな建物が見えてきた。正面には軍隊のような門番が立ち、剣や杖を携えた騎士たちが出入りしている。

「ここが……騎士団本部ってやつ、なのか」

見るからに厳めしい雰囲気だが、先日村に来た隊長からもらった書状を提示すれば、すんなりと中に通されるはずだ。



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「おや、あなたが――」

門をくぐって最初の受付にいた騎士が、驚いた顔でこちらを見てから、すぐに丁寧な態度を取る。噂どおり、“剣だけで魔物を斃した男”が来たというのが気になるのか、明らかに興味津々だ。

「案内します。こちらへどうぞ。団長が直々にお会いしたいと仰っています」


そのまま奥へ進むと、大きな廊下を通され、厳かな扉の前で止められる。扉には王国の紋章が描かれているらしいが、俺にはまだ見慣れない装飾だ。

ノックをすると、中から低い声で「入れ」と響く。


「失礼する……」

恐る恐る扉を開き、ラニアと並んで中に入ると、そこには鎧をつけた壮年の男が机の後ろに立っていた。背筋がピンと伸び、鍛え上げられた体躯が鎧越しに分かる。こちらを睨むように見下ろしてくる目は、かなりの迫力だ。

「ふむ。お前が例の剣士か。噂が先行しているが、まずは名を名乗れ」

「橋田 七虎(はしだ しちとら)……だが、本名なんてどうでもいいだろ。村で呼ばれたとおりにシチトラとでも何とでも呼んでくれりゃあいい」

団長はゴツゴツした指先で机を叩きながら、「シチトラ……珍しい名だな」と呟く。彼はそのまま俺を一瞥し、ラニアに目をやった。

「そちらのお嬢さんは?」

「わたしはラニアといいます。魔法学院の見習いで、彼の紹介役として参りました」

「ほう……まあいい。とりあえず座れ」


部屋の中央に用意された椅子に腰を下ろすと、団長もカツカツとブーツの音を鳴らしながら俺の正面へ移動してきた。

「お前の話は隊長から聞いている。村を守ることを条件に、騎士団入りを渋ったそうだな?」

「おう。その話がまとまるなら、俺は騎士団に加わる。ちゃんと村に数名派遣してくれるって話はどうなった?」

すると団長は薄く笑い、「ふむ、確かに部下から聞いているよ。既に数名を派遣すべく、人選をしている」と頷いた。

「お前が加入して功績を挙げれば、あの辺境の村にもさらに援軍を回しやすくなる。それは国益にもなる話だ。問題は、お前の実力が本物かどうか……そこだけだ」


俺は、団長の鋭い視線を受け止めつつ「なるほどな」とだけ返す。

「本物かどうか、試す機会があるってことか?」

「当然だ。騎士団は甘くはない。ここにいるには、最低限の“公式試験”を経る必要がある。噂だけで入団など、他の団員の手前も許されん。よいな?」

団長の言葉に、俺は鼻で笑う。「望むところだ。戦国の合戦に比べりゃ、試験がどうってことねえ」


部屋の隅でこのやり取りを見守っていたラニアが、何やらハラハラした様子で手を胸に当てている。団長の威圧感もそうだが、俺の自信満々な態度もヒヤヒヤするんだろう。

だが、彼女も学院に戻れば厳しい試験や授業が待っていると言っていた。この街では俺たちそれぞれ、自分の力を証明する場があるわけだ。



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団長はそれから数枚の書類を取り出し、「手続きだ。お前の身元――国でいう“戸籍”のようなもの――がまだ無いに等しいから、仮の身分証を作ることになる。騎士団の試験に合格すれば正式採用だ。いいな?」と立て続けに言う。

「了解だ。細かいことは苦手だが、できる範囲で手続きはやってみるさ」

それから印鑑――と呼ばれる判子のようなものを押して、サインを求められる。異世界の文字が読めるわけじゃないが、ラニアの助けでざっくり要点を聞きながら同意した。


そうして、あっという間に長いようで短い“入団準備”の面談は終わった。団長は最後に「近く、試験日を決めたら通達する。心して待っていろ」と背を向け、部屋の奥へ戻っていく。

受付の騎士に案内され、部屋を出たところで、俺は小さく息を吐いた。どうやら、形だけとはいえ“王国騎士団の一員”になる道が定まりつつあるらしい。



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建物の外に出ると、ラニアがほっとした笑みを浮かべていた。

「よかった……少し怖かったけど、団長はあなたの腕を本当に期待してるみたいですね」

「あんな目をされたら、逆に燃えるってもんだ。試験なんて、好きにやらせてもらうぜ」

答える俺に、ラニアはクスリと笑う。そして、ふと空を見上げて言った。

「これで、わたしも学院に戻りやすくなります。次の授業が始まるまで、寮に住まないと……でも、またすぐ会えますよね? 試験の前に、もしよかったら連絡をください」


周囲には兵士や騎士団関係者が歩いているし、あまりイチャつく雰囲気でもない。だが、ラニアの気持ちは痛いほど伝わってくる。

「おう。よく分からんものがいっぱいだから。色々見て回りてえし、魔法なんかの勉強もお前に教えてもらうかもな」

「ふふ、それじゃあ頑張ってわたしも腕を上げなくちゃ」


そう言ってラニアは笑い、俺と連絡先――といっても、伝書魔法使いや“騎士団の連絡役”の経由らしいが――のやり取りを確認してから、学院へ向かっていった。



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一方の俺は、そのまま騎士団が手配した下宿へと案内される。

広い街の中でもわりと落ち着いた区画にあるらしく、団員候補や外部からの来訪者が仮住まいできるようになっているとか。

「ふう……やれやれ、これから面倒なことになりそうだな」

だが、辺境の村の連中のことを思えば、ここで怠けるわけにはいかない。試験を突破して、正式に騎士団の一員となり、村人たちが平和に暮らせるように力を尽くすと決めたんだ。


「それにラニアだって、この街で勉強しながらおれのことを気にしてくれてる。妙な話だが、何かと背中を押されるような気分だ」

この面妖な世界で、俺はどこまで剣の腕を通用させられるのか。

何が待っているか分からないが、とりあえずは騎士団の試験、そして新たな日々に備えなきゃならない。

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