無言の知略
大空ひろし
不思議な現象
大隅道久は甥の江波幹也を助手席に乗せてドライブに出かけた。
高校生の幹也は温順な性格で、同級生や同年代らと一緒に遊ぶのが苦手だった。車に乗って彼方此方走り回るのが好きで、叔父の道久の車に度々同乗していた。
車は川越から日高、毛呂山、越生を抜け一路堂平に向かう。天文観測所のドームを見て、帰りは大きく迂回し、高麗、飯能方面へと車を向けた。
その途中だった。目の前を何かがもの凄い勢いで通った。
「何だ!」
大隅は叫ぶ。
「あれは、多分隕石だ。隕石が落ちたんだ」
「本当に? だって明るく光らなかったよ」
「昼間だし、此処は山に囲まれているし、例え光ったとしても分かんないよ。それよりも探しに行こう」
「嫌だよ。帰ろうよ」
「馬鹿言え。一生に一度も無い、隕石を手に入れられるチャンスだぞ。逃す物か」
最早、天文好き宇宙好きの道久を止める手立ては無い。
「あの辺の山の中に落ちたようだ。あれだけの速度で地面に当たれば何かしらの痕跡が残っている筈。探すのにそう難しくは無い」
道久は、落ちていった角度や方角を考え、大体の見当を付ける。
幸い、山を彩った木の葉は常緑樹を残して全て落ち、視線を遮る物は少ない。
探すこと大凡二時間。 道久は執念で川原の異常を発見する。川原には数メートルほどのドーム状のへこみがあった。
「幹也! 見つけたぞ!」
二人は斜面を駆け下り穴に近づく。
穴の底辺りに、水蒸気だろうか、薄ら煙が立っている。中を覗くと、キラリと光る物体が見えた。
「あれだ!」
「熱そうだから、火傷に気をつけてね」
道久は、砂利や土が跳ね飛ばされ、出来上がった一メートルぐらいの穴に飛び降り、光る物体を拾う。
それは、ラグビーボールに似た形状をした、最大幅5センチメートルぐらいのカプセルのような物体だった。
「何だ? あんなに勢いよく地面に衝突したはずなのに、表面に傷一つ無いぞ」
「きっと、人間が打ち上げた衛星の部分品だよ」
「いやー、人工物でこんな堅くて丈夫な物は存在しない。これは超貴重な品だぞ。値段が付かない位にな」
「売るの? 遣ったね」
「いや、未だ売らない。じっくり観察してから考える」
車の助手席で幹也がカプセルを捏ねくり回す。
「あれー、小さな穴が空いているよ? さっきまで無かった筈なのに」
「どんな穴だ?」
道久はハンドルを握りながら、幹也が手にしているカプセルをチラチラ見る。
「ほら、ビデオレコーダーとかでリセット用に空いている穴に似ている。アレよりも小さいけどね」
「面白い。突っついて見ろよ」
「嫌だよ。もし、衛星用核保管庫だったら、僕、放射能に遣られちゃう」
「だから、人工物では無いと言ってるだろ。分かった俺が遣る」
道久が車を空き地に駐めようとする。
「いいよ。やっぱり僕が遣るから。楊枝かなんか細い棒、無い?」
幹也は道久に要求する。
幹也は楊枝を手にし、穴に差し込む。が、楊枝が太過ぎて先っぽしか入らない。
「ダッシュボードを開けて見ろ。カッターナイフが入っているから。それで楊枝を削って見ろ」
幹也は言われた通りにする。
「カッターナイフを積んでいるなんて、お巡りさんに見つかったら凶器準備で捕まるかもね」
「馬鹿言うな。俺はいざという時のサバイバル用に積んでいるんだ」
幹也は、何度も楊枝を削っては穴に差し込み、サイズが合わないとまた削るという動作を繰り返す。
そうこうする内に、遂に楊枝が穴の奥まで刺さった。
「何も起きないよ」
「何だ、宇宙人の空気穴かと思ったが、そうでも無いようだな」
幹也は、何も変化しないカプセルに飽きる。
寒い冬が去り、芽生えの春が遣って来た。
待ちに待った春なのだが、江波幹也の気持ちは冴えない。三学年の一年間は大学受験の準備で何の楽しみも持てない。
一応、遣るだけは遣っておこうと、幹也は休日なのに図書館へと自転車で向かう。 自転車で風を切るには未だとても寒い。
「手袋してくれば良かったな」
そんな考えが頭を過ぎる。
うっかりしていた。幹也は信号を見落とした。というか、赤になった瞬間なので生けると判断したのだ。
だが、世の中そうは甘くない。右折してきた車に轢かれてしまった。
一瞬の出来事だが、幹也にはスローモーションのように、自分の乗っていた自転車に車が突っ込んで来るのが見えた。
「あっ、終わった」
思わず目を瞑る。
不思議なことに、瞬時の出来事でも鮮明に記憶に残ることがある。
一秒後だったかも知れない。数秒経っていたかも知れない。幹也は目を開けた。何と、幹也は事故現場から離れた場所に座っていた。
(えっ、何が起こった? 僕は無事なのか?)
幹也は自分の身体の存在を確認する。五体、何事も変化が無かった。
しかし、100メートルほど後ろでは、事故を起こした車から運転手が出てくる。事故を知った人達も徐々に寄り集まってくる。
車のフロント下に潜り込んだ自転車が無残な姿を晒している。
(あの自転車は、間違いなく僕の自転車。一体何がおきたのだろう? 僕は車に轢かれたのでは無かったのか?)
何が何だか分からず、幹也は立ち尽くす。
「おい、誰も居ないぞ」
「確かに誰かが自転車に乗っていたよな」
「遠くに飛ばされてしまったのか?」
集まった人達の視線が辺りを探す。思わず、幹也は街路脇の低木樹、ツツジの植え込みに伏せるように屈んだ。
そのまま後ずさりし、そして立ち上がり、急ぎ足でその場から逃げた。
そう、幹也は逃げたのだ。自転車を置いて。
幹也は振り向きもせず一目散で走り出す。走りながら、自転車を事故現場に捨てて来た言い分けを考える。
「自転車は登録してある。必ず警察が事情を求めて遣って来る。どうしよ? そうだ、盗まれたことにしよう。このまま図書館で時間を過ごし、帰ってから親に自転車を盗まれたと報告すれば何とか逃げ切れる」
幹也は、懸命に考えたプラン通りに実行する。
翌夕、警察官が遣って来た。親に呼ばれて幹也も警察官の前に。警察官は幹也を頭の天辺から足先まで見回す。怪我をしているかどうか見極めている様だ。
幹也は、自転車は盗まれたと訴えると、警察官もすんなり了承する。人身事故にならなかった為か、しつこい追求はされなかった。
それから間もなくだった。幹也に何やら話し掛けて来る声がし始めた。幹也は辺りを見回すが誰も居ない。
声かけは何度も聞こえてくる。遂に、声の主は自分の身体の中から聞こえているのではと気付いた。
実に気味が悪い。しかし、どうにも出来ない。
江波幹也は、自分の身体から聞こえてくる不思議な声に集中する。
『カプセル・・・』
「カプセルと言ってんの?」
『そうだ、カプセルが必要』
聞こえて来た声がやっと判別できた。
カプセルとは、大隅道久と見つけたあのカプセルだと、幹也は見当を付ける。
「チョット待って。叔父さんの家は直ぐに行ける距離では無いから」
幹也は、自分の身体に向かって言う。
土曜日。幹也は道久の元を訪れた。
「カプセルが何だって?」
道久が訝って聞く。
「必要なんだって」
「誰が?」
「知らない。多分、カプセルに乗って来た宇宙人」
「幹也、おまえ、春の陽気で頭が浮かれちゃったのか?」
「頭は一応正常。最も、受験勉強の事で一杯だけど」
「大変だな。勉強のし過ぎか?」
「そうでは無く、やっぱ、僕の身体に何かが入っているみたい」
その言葉に、道久は幹也の身体を眺め回す。
「別に変わったところは無いぞ」
「でもね、一週間ほど前から不思議な声が僕の身体の中から聞こえて来てるんだ」
「ふーん・・・。精神科行くか? 俺、乗っけて行ってやる」
「ふざけないでよ。とにかく、カプセルが欲しいんだって」
「カプセルに戻りたいのか? 抑もその宇宙人とやらが何時カプセルから出たのだ? それとも、着替えの服が必要になったのか?」
「着替えなんか要らないって言ってる。とにかくカプセルをよこせって言っている」
「本当に? その宇宙人が言ってるのか?」
「うん。カプセルをよこせば説明してやるってさ」
道久は興味を抱いたのか、二人は大隅宅の庭に造られた簡易な天体観測小屋に入って行く。
「ほれ、そこにあるだろ」
道久が指さす方向にカプセルはあった。幹也はカプセルに近づく。
何事も起きない。
「幹也、お前の身体、何か変化があったか?」
「無い。でもね、この前、不思議なことがあったんだ」
幹也は、自転車事故の件を道久に話した。
「確かに妙だな。でも、跳ね飛ばされてそこまで飛んだんでは無いか?」
「それは僕も思った。でもさ、運動が苦手な僕が怪我も無く、上手く着地できると思う?」
言われてみればその通りである。道久も段々と不思議になる。
そうこうしている内に、幹也の身体の中で再び声がして来た。
『我(われ)が幹也を助けたのだ』
「あなたは誰?」
幹也は自分の身体に向かって問う。
『我は製造番号・・・。それはいいか。まあ、地球人の表現なら、スポーツ特待生って所かな』
幹也が、いきなり独り言のような会話を始めた。道久は、幹也がいよいよ本当に精神異常を発症したのかと心配する。
「大丈夫か?」
「今、例の身体の中の宇宙人と会話している最中」
「嘘だぁー。・・・証拠を見せられるか?」
『うるさい男だな。幹也よ、そいつにカプセルに触れと言ってやれ。そうすれば、我の声が聞こえるようになる』
「叔父さん、カプセルに触れって。話が出来るらしいよ」
道久は、言われたとおりにカプセルに触った。
「おい、宇宙デブリ。俺が確かめてやるから何か言ってみろ」
『偉そうな人間だな。ほら、聞こえたか? 聞こえなかったら死んでいると言う事だ』
「おお、俺は生きてるぞ。何かい? デブリよ、お前は俺の大事な甥っ子の身体に入って何をしてるんだ? 早くそこから出て、カプセルの中に戻れや」
『そうは行かない。我が幹也の身体から離れると言う事は、幹也が死ぬという事だ』
「おい、ちょっと待て。承諾も無く人の身体の中に入り込みやがって、勝手なルールを作るな」
『承諾? なんだそれ? 幹也が我のカプセルを開けただろうが』
「おー? と言うことは、若しかしたら幹也がカプセルの穴の中に楊枝を差し込んだから出て来たと言いたいのか?」
道久の脳裏に、咄嗟に浮かんだ推測だった。
『その通り。カプセルの穴に何かを入れ、突っつくと扉が開放される仕組みだ』
カラスが幾ら利口そうに見えても、小さな穴に細い棒のような物を差し込むような動作は出来ない。ある程度能力が発達していないと成し得ないのである。
どうやらそれを利用していると思われる。
「くそーっ。あの時、もし俺が同じ事をしたら、お前は俺の身体に入ったって事か?」
『そうだ。お前、性格悪そうだから、お前の体で無くて良かった』
「居候と同じじゃ無いか。偉そうに言うな! いや、もっとあくどいな」
道久は、幹也の身体に異物を入れてしまったことを後悔すると同時に、自分の身体に入れたかったと残念さに悔やんだ。
「あのさ、ものは相談だけど、幹也の体から俺の体に移ってくれないか? 乱暴な口をきいて済まなかった。是非にお願いしたい。今なら未だ間に合うだろう?」
『もう遅い。先程言ったように、一体となった生物が死ぬまで移動は出来ない。幹也が死ぬのを待つんだな。そしたら考えても良い』
「なんて融通の効かないデブリだ。しょうが無い。いいか! だったら幹也を虐めるんじゃ無いぞ」
『一応考えて置く。しかし、あんたの身体に入らなくて良かった。幹也の方が数倍も良い人間だ』
「もう一度言う。幹也に悪さしたら俺が絶対に許さないからな」
二人の会話を聞いていた幹也が不安そうに言う。
「えー、ズーッと僕の身体の中に住むと言うことなの? 嫌だよ」
「ごめん、幹也。俺が悪かった。必ず、幹也が生きたまま、このクソデブリ野郎を追い出す方法を考えるから」
『残念でした。それは不可能だ』
宇宙デブリの憎々しい声が、道久と幹也の身体に響き渡る。
大隅道久は、地球外から遣って来た異星物質の正体を知ろうと質問を続ける。
「お前、日本語が上手だな? 何時マスターした? まさか、幹也の身体に小型スピーカーを付けたんじゃあるまいな? 何処かで、マイクで話していたりして」
『そんなことでは無い。とにかく、習得に時間が掛かったぜ。我(われ)とカプセルを切り離したからな』
「と言うことは、お前にとってカプセルは大事な物なのだな」
『そう言うことだ。所でだ。お前は我の事をお前お前って呼ぶでない』
「お前はお前で十分だ」
まるで禅問答のような雰囲気になって来た。
それを見かねたのか、幹也が口を挟む。
「叔父さん、宇宙人にも名前を付けて上げようよ。その方が呼び易いから」
幹也が言う。
「そうか、幹也の言う通りかもしれんな。しかし、適切な名前が思い浮かばん」
『我は急がんぞ』
「その、我というのは止めろ。偉そうに聞こえる」
『では、朕と言えば良いのか?』
「お前な、その呼び方、何処で覚えた?」
『幹也が学校で教えて貰っていたぞ』
「そうか、お前は幹也を通して学習しているんだな」
『そうだ。その程度のデーター量なら、カプセル無しでも十分だ』
道久は、この得体の知れない物体は、カプセルが無いと十分な能力を発揮できないと推測した。
「じゃあ何かい? お前が得た知識をカプセルに送り、カプセルがデーター分析やら整理をするという仕組みなのか? カプセルはコンピューターなのか?」
『地球上の物質に例えれば、そう言うことだ』
「どうだい。人間の能力は?」
『大したことはないな』
「本当か? 内心は、人間の無限の能力に恐れを成してビクビクしてるんじゃないのか?」
『馬鹿言え。我のカプセルと比べたら、銀河と地球ぐらいの差が有る』
「またまた大きく出たな。本当はビクビクなんだろ。・・・そうだ、お前の名前はビクビクを取ってビクとしよう」
『ふん、嘗めんなよ。そのうち吠え面かくぞ』
宇宙生物の物言いに、道久は少しカチンとなる。
「吠え面かくって。幹也、お前そんな言葉を使ってるのか?」
「知らない。テレビで言ってたのかも。ところでさ、僕も名前はビクで良いと思う。ねえ、ビク。僕は勝利のビクトリーのビクだと思っているから。それで良いでしょ? 言い易いし」
『まあ、幹也がそこまで言うなら我も良しとしよう』
「ビク、お前なあ、さっきから言ってるだろ。我って言うなって」
『だから、何て言えば良いか聞いただろうが』
「おいおい。こいつ、怒りやがったぜ。一応感情があるんだな。まあいいや。所でビクは今何歳だ?」
『地球年齢で良いのか? それなら、173歳だ』
「お前、とっくに死んでるじゃん」
『馬鹿言うな。我は生物とは違う。言わば生物が進化した、生物を超越した、超生物だ』
「で、後どの位生きられるんだ?」
『今のように、ミクロチップ状態だったら、理論上は永久的に生きられる』
「嘘か本当か見当が付かないが、一応俺たちより年寄りと言う事だな。それなら、自分の事を我で無くワシと呼べ。声も爺臭いし、それが最も相応しい」
『まあ、呼び方などどうでも良いこと。これからはそう言おう』
意図した物では無かったが、道久の悪態にも似た言葉遣いに釣られたのか、ビクは正体を少しづつ晒し始める。
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