第28話 モテは主人公の特権
「まさか女装させられる羽目になるとは思わなんだ……」
「うふふ♪ とても似合っておりますよ、芹十くん。いえ……芹子ちゃん♪」
目の前の鏡に映るのは、ふわりとしたメイド服に長い黒髪、少しツリ目だが美人と言えるほどの美女がいた。
晶くんのメイク術には惚れ惚れするが、目の前の女装姿の俺には吐き気を催すね。
「はぁ……だが、給料は弾むんだよな?」
「えぇ、それはもちろん。なんなら今チップを渡しましょう。どうぞこれを」
「ヒョッ!!?」
ズシリと手に乗せられるソレは、お金というにはあまりに重い。
ギギギと首を動かしてみてみてると、札束が置かれてあった。
「イヤイヤイヤ! こんなにもらえるわけねェだろがい!!」
「はて? これくらい妥当と思いますが……。ワタクシは芹十くんの女装姿だけで十分満足しておりますし」
「だとしても多すぎる……。と、とりあえず仕事してくるから! 後から給料はもらうから!!」
「さいですか。では、ご武運を」
少し動きづらい服装で動き、晶くんに連れられて別館の方へと移動を始める。
「そういや、その皇ってやつはなんで男や使用人に怒るんだ?」
「お嬢サマの近くに男がいると考えると、謎の独占欲が発動してしまうらしいっス。別にアイツのものでもないのに哀れっスよ」
「醜いねぇ……。そして面倒臭そうだ」
長い廊下を歩き続け、とうとう件の人間がいるであろう部屋へとたどり着いた。
くる途中で色々と俺こと芹子チャンの設定を考えておいたし、バレないような工夫もしたし、万が一の保険もあるから大丈夫……な、はず。
コンコンとノックをした後、俺たちは部屋へと入る。
「お久しぶりです、皇浩介サマ。今日はご足労いただきありがとうございます」
「……フン、お前は……確か晶とかいうメイドだったか」
「そうでございます。今日は屋敷の使用人達は大変忙しく、我々二人で対応させていただきます。こちらは臨時で雇われているの松浦芹子です」
晶くんのいつもの天真爛漫さは無く、客人をもてなす物腰と言葉口調に変化している。
これもギャップがあって萌えるな。……おっと、俺も挨拶しなければな。
ただ、俺の声は別に中性的とかでもない男の声だ。ゆえに発声せればバレる可能性がある。なので、俺はこうやってコミュニケーションをとることにしたのだ。
《はじめまして。松浦芹子でございます。発声ができない病故、筆談での会話となってしまいますが何卒》
スケッチブックにスラスラと文字を書き、俺は浩介とやらにそれを見せつけた。
そう、筆談ならばバレる可能性が少ないと考えたのだ。俺の字は昔っから綺麗で、女子が書いたと思われるほど。なので、これだったらいけると思って試してみたのだ。
さて、果たしてどうなるか……。
「――……綺麗だ」
「へっ?」
《!?》
浩介はどこか顔を赤らめ、ぼーっとしながらこちらを見つめていた。
綺麗と言ったのは文字だろうと最初は思ったが、スケッチブックよりも上を見ているような気がする。
(オイオイオイオイ! まさか俺に心奪われたとか言うんじゃあねぇだろうなァ〜〜!? 悪いが俺はノーマルだから無理だぞ!!?)
表面上では顔色ひとつ変えていないが、内心「マジか……」と驚嘆していた。
「はっ、す、すまないな! いや何、君とは話がしたい。座って話しでもしよう」
「……セリくん、男の子からもモテるんスねぇ〜?」
「黙ってろ晶くん……!」
明らかにウキウキフェスティバルな浩介はソファに腰をかけるように急かしてける。ボソッと小声で晶くんが俺をおちょくってきたため、肘で少し小突いてやった。
メイドが客人のいる間にソファに座るはどうかと思ったが、言われるがままに座る。
「えーっと、芹子……さんは、なぜこの屋敷で働こうと?」
《やはり金ですかね》
「ははっ! 正直で素敵だな!! 趣味とかはなんなんだ?」
《マイナーなゲームを買い集めて遊ぶことです》
「なるほど、ポピュラーなものだけでなくマイナーなものにも手を出し、広く見聞を広げようとしているのか……。素敵だな」
なんだコイツ。俺が何答えても絶対良い方に捉えてくんな。
「えっと……僕お茶を入れてきますね。どうぞお二人でごゆっくり〜」
(あ、晶くん!? 俺コイツと二人っきりになんなきゃならねェの!!?)
気を利かせてなのか、晶くんはそう言ってお茶を淹れに行ってしまった。
バレることは多分ないだろうが、違う不安が生じているというのに……!!
汗がダラダラと垂れるが、なんとかニコニコとした表情を崩さずに平静を装う。
「……そう、だな。芹子さん、あなたに彼氏だったり許嫁などはいたりするのか?」
《いませんが……》
「そ、そうか! じゃあ……じ、じゃあではないが、オレの屋敷で働かないか!? 給料も今の倍出すと約束しよう!!」
明らかに俺をよくない目で見ている。
というかコイツ、冬姫のことが好きなんじゃなかったのか? 鞍替えRTAが早すぎる気がするんだが。……いや、どちらも手に入れようって魂胆かァ?
《お気持ちは嬉しいですが、臨時で雇われているだけです。誰かの屋敷に専属で仕えるというのはするつもりはありません。なので、申し訳ございません》
スラスラと文字を書き、やんわりと断らせてもらった。
「…………。ククク、断られたか。だが、今無理にでもオーケーと言って欲しいんだがなァ!!」
「っ!!」
浩介はこちらに近づき、手首をガシッと掴んで俺を押し倒す。
ぐおおおおお! 気持ち悪ィ!! なんで俺がこんな目に会わなきゃならないんだよ〜〜!!
「はぁ……はぁ……! ほら、早くしないとどうなっちまうか、わかるんじゃないのかァ……?」
……この手は使いたくなかった。が、緊急事態なので使わせてもらおうか。
俺は空いている片手でとあることをした。すると、この部屋の扉がバァン! と音を立てて開き、そして、
――ドドスッ!!!
「カ、ハッ……!!?」
浩介は白目を向いて気絶し、床に倒れる。
俺はなんとか安堵のため息を漏らし、立ち上がってその人物に話しかけた。
「やれやれ……なんとか助かった。ありがとな――夏織」
パキパキと指を鳴らし、メイド姿に身を包んだ夏織がそこに立っている。
「はぁ……いきなり住所送りつけられて、『メイド服で待機してて』って言われた時は何事かと思った」
「悪い。時間もあんまなかったから詳細は伝えられなかったが……」
夏織の登場こそが、俺の保険だったのだ。
あらかじめ彼女に連絡を入れておき、できれば万が一の時のために待機していて欲しいと言ったら来てくれたのだ。
メイド服は、まぁコイツの母親がコスプレイヤーでもあるからそれを借りてきたのだろう。
「えへへ、でも女装姿の芹十可愛い♡ 思わず襲っちゃうのはわかるけど、それはそうとしてこの男は許さない……」
「まぁまぁ、無事解決したんだし」
「快眠のツボ押したけど、禁忌と言われてる即死のツボ押せばよかった」
「それは絶対やめろ!?」
一度も使ったことがないらしいが、コイツの実力なら本当に即死させられそうだから怖い。
ガキ切れしたらそれが飛んでくると思うと末恐ろしいなんてもんじゃあない。
いや〜〜、でも無事に事件も解決したからよかったよかった!
「…………ん? あれ、でもミッションはこの野郎の接待だったが……これはミッション失敗なのでは……???」
まぁ何はともあれ、俺の尊厳が失われることなく済んだ。
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