いつも甘えてくる妹が実は『義妹』だったことを俺はまだ知らない

棺あいこ

1 俺を待っている人

 友達と一緒にゲームをしたり、一緒にファミレスに行ったり、一緒にショッピングをしたり。それを青春とは言えないけど、普通の高校生ならそれくらいすると思っていた。友達と過ごした時間はいつか思い出になるから、だからみんな放課後にいろいろ話しているんだろう。


 でも、俺七海香月ななみかづきは高校一年生になった今もそんなことをやったことがない。

 たまに……、楽しそうに話しているクラスメイトたちを見ると少し羨ましくなる。

 とはいえ、友達がいないってわけじゃないからさ。多分余裕がなかったと思う。学校が終わるとすぐ家に帰らなければならない。小学生の頃からずっとそんな風に生きてきた。


 もう慣れたっていうか、外で遊ばなくても学校で会えるし、学校生活にどんな影響も与えないからそれなりに満足していた。たまに……、たまに……、外で遊びたくなる日もあるけど、その時は———。


「ただいま……」

「お帰り!!! お兄ちゃん!!!」

「…………うっ!」


 やっぱり、いる。


「お帰り! お帰り!」


 うちに帰ってきた時は一つ気をつけないといけないことがある。

 それは妹の一花いちかだ。家に帰ってくるとすぐ玄関まで走ってくるからさ、そのまま俺に抱きつく。てか、来年から高校生になるのに、その癖はいつ直るんだろう。


 くっつきすぎぃ。


 そして高校生になったらもう俺の保護はいらないよな。

 いよいよ、自由になれる。

 うちのお父さんは俺たちが小学生だった頃からずっと忙しかったからさ。たまには家に帰ってくるけど、年に三回くらいだから正直意味はない。とはいえ、俺はお父さんのことを憎んだりしない。今こうやって一花と高級マンションで暮らすようになったのは全部お父さんが頑張って仕事をしているおかげだからさ。それは仕方がないことだ。


 お母さんは俺たちが小学生だった頃に病気で亡くなって、俺が中学生になるまでは親戚の人たちがご飯とか家事とかいろいろやってくれた。でも、ずっと親戚の人たちに頼るわけにはいかないから、俺は中学生になってから一人でご飯や家事ができるようにいろいろ頑張っていた。


 ずっと二人きりだったけど、喧嘩もしないし、仲良く楽しく暮らしている。

 どうせ、喧嘩をしても俺が先に謝るからさ。


 それから必死に一花と過ごす時間を増やしていた。

 その虚しさを俺が埋めてあげる必要があったから。


「ひひっ、寄り道してないよね? お兄ちゃん」

「うん、すぐ帰ってきたよ。そんなことより、どうして半袖なんだ? 今日は寒いから早く上着着て」

「だって、お兄ちゃんが帰ってきたから……」

「家に帰ってきただけだろ? そして一花が風邪ひいたら、俺……お父さんに怒られるからさ。そっちの方がもっと怖いから早く上着を着てくれ」

「はーい!」


 十二月中旬、そろそろクリスマスという大きなイベントがあるからか。

 一花、いつもよりテンションが上がっているような気がした。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 夕飯食べる前に私とゲームしよう!」

「いいね。じゃあ、部屋着に着替えてくるから居間で待ってて」

「うん!」


 てか、あの一花がもう高校生になるのか。想像できないな。

 俺にとって一花はまだ子供だからさ、実際……俺がいないと何もできないからいつも電話をかけるし。そういえば、この前……「虫の死骸をどうにかして!」って電話をしたよな。ゴキブリなら仕方がないけど、家の中によくいる小さい虫くらいは自分で取るようになってほしい。


 とはいえ、無理だよな。うん、無理だと思う。


「…………」


 そして高校生になるとイケメンの彼氏とかできるよな。

 うちの妹、俺の口で言うのはちょっと恥ずかしいけど、めっちゃ可愛いからさ。


「一花、やるか」

「うん!!! 待ってたよ」

「あっ、それこの前に買った部屋着だね」

「うん!!! 可愛いでしょ? お兄ちゃんが選んでくれた部屋着だから、すごく気に入ってね! ふふっ」

「よかったね」


 上は薄桃色の猫耳付きフード、そして下はショートパンツにタイツを履いている。

 一花が将来何になりたいのか分からないけど、アイドルやモデルになるなら絶対上手くいけそう。

 うちの妹は最強だからさ———。


「お兄ちゃん、始まるよ〜!」

「よっし! 今度は負けないぞ!」

「私も負けないよ〜?」


 夕飯を食べる前によくやっているこのゲームは、可愛いキャラがたくさん出てくるレーシングゲームで一花は最近このゲームにハマっている。そして俺も一花とゲームをするのは楽しいから、いつもこんな風に二人でゲームをしていた。


 それに一花意外とこのゲーム上手いからさ。


「ううっ……。やばい! 後ろから妹を狙うなんて! お兄ちゃんの変態!」

「えっ? でも、そうしないと勝てないから」

「くらえぇ!!!」

「さっき爆弾喰らったばかりなのに、また爆弾投げるの!?」

「ふふっ、先に行くね〜」


 そして一花とこのゲームをすると、彼女の可愛い癖が見られる。

 それはコーナーを曲がる時に体が傾いてしまうことだ。

 なぜそうなる……? 分からない。でも、可愛い。


「一花、一花……。頭……、見えない!」

「あっ……! 私が勝った!」

「いや、今のは反則だろ!? 髪の毛のせいで見えなかったから!」

「私、何もしてないよ?」

「傾いてる、一花」

「そうなの……? 気づいてなかった。そういえば、そうだったかも?」


 そう言いながらさりげなく足の間に座る一花。


「もう一回! 私ここに座るからね。お兄ちゃんは私の体が動かないように後ろからぎゅっと抱きしめてて。画面が見えないなら私の肩に顎を乗せてもいいよ」


 と、何気なく話しているけど、俺たち兄妹だし……。

 もうすぐ高校生になる妹とこんな感じでゲームをしてもいいのか? 分からない。

 とはいえ、小学生の頃にはよくこんな風にゲームやってたから……。ちょっと難しい問題だな、これ。


 それに一花は寂しがり屋だし……。

 

「どうしたの? お兄ちゃん。やらないの?」

「いや、一花も来年は高校生になるからさ。こういうの……卒業してもいいんじゃない?」

「えっ? でも、子供の頃からずっとこんな風にくっついてたじゃん。今更?」

「そ、それはそうだけどぉ。俺に頼りすぎると彼氏作れないよ?」

「いらない、そんなの。私はお兄ちゃんさえいればそれで十分だから。子供の頃からずっとそうだったの」


 お母さんが亡くなった時の一花を俺は覚えているから、さっきの話も正直言ってもいいのか少し悩んでいた。俺が望んでいるのはあの時も今も一花の幸せだから、その話にどう答えればいいのか分からなかった。


「お兄ちゃん?」


 そして振り返る一花が俺のおでこ手のひらを当てる。


「今日、なんか変だよ……。今までそんなこと言わなかったじゃん」


 そう言いながら悲しげな顔で俺を見ていた。

 その顔には敵わないから。仕方がなく、一花の言う通りにすることにした。

 どうせ、妹だし……。抱きしめるくらいなら、小学生の頃からずっとやってたことだからさ。


「なんでもない。やるか? 今度は負けねぇぞ! 絶対に!」

「うん!」


 もう一度一花とゲームをする。

 そして後ろから一花を抱きしめるような感じでコントローラーを握った。


「ひひっ、やっぱりお兄ちゃんとゲームをするのは楽しい!!!」

「俺もだよ」

「そしてお兄ちゃんとくっつくと温かくて気持ちいい〜! へへっ」

「そう? 寒いなら毛布でも持ってこようか?」

「いいの。お兄ちゃんがいるから、平気」

「そ、そうか」

「ふふっ」


 くっつきすぎ……。でも、一花が笑っているからそれでいいと思っていた。

 もう少し時間がかかりそうだな。

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