ハートを描く少女

藤原くう

第1話

 被疑者はカラフルな少女だった。


 七色のペンキにまみれた手に握られているスプレー缶。


 少女の前には、ビルの外壁。


 その灰色の壁は、見るも無残に彩られていた。


 機械の腕によって引きかれていくハート。涙のように赤いしずくが飛びちり、血だまりが海のように広がっている……そんな落書き。


 落書きは犯罪である。


 だからワタシはやってきた


器物損壊きぶつそんかいの現行犯で逮捕します」


 振り向いた少女がにらんでくる。脳内の精神分析ソフトが、目の前の子は危険だと判断する。


「動かないでください」


 ワタシはじりじり近づいて、拘束しようと腕を伸ばす。


 少女の腕をつかむ寸前。


「アンタらに何がわかるってのよ!」


 バッと動いた少女がスプレーを吹きかけてきた。


 視界が銀色にまる。


 目つぶしのつもりなのかもしれないが、複数のカメラ、衛星情報とリンクしたワタシたちには効果が――。


 一面の銀色の中で、他のパトロールと接続しようとしたがNOTFOUND。


 通信ができない。


 先ほどのスプレーは頭のアンテナを機能不全にするためだったのか。


 腕を伸ばすが、空をかく。


「じゃあね、おバカなロボットさん」


 バカにするかような声が響いて、足音が軽やかに離れていった。






 本署に戻ると、いつものごとく上司の雷が落ちてきた。


 犯人を逃がしただと。おまえはいつもいつも……。


 ワタシはなにも言い返せなかった。もちろん、不当な――前時代的にはパワハラと呼ばれる――ものであれば、反論するのもやぶさかではない。


 今回は何も言い返せなかった。逃がしたのは事実である。


 ガミガミガミガミ。


 それに、上司は長々お説教するようプログラムされているから仕方がない。まわりのパトロールどうりょうたちが、クスクス笑ってるのも含めて。


 やっとのことで上司は戻れと言った。ワタシは一礼して、自分のデスクへ。


 その時、鏡にうつりこんだワタシが見えた。


 普通のありふれた女性である。綺麗でもみにくいわけでもない、特徴がないことが特徴みたいな顔。


 それがワタシ。


 GP40356という女性型パトロールロボだ。


 製造されてから十年……本来ならばお役御免なのだが、警察の財布は寒い。寒いから新型をなかなか導入できない。


 それで、今もなお働いているというわけだ。


 もっとも、GPシリーズはそれなりに活躍したから残されている。本当にポンコツだったら即スクラップ行きだ。


 とはいえ、後輩たちに比べるとかなり見劣りする。笑われているのはそのせいだろう。いちいち気にしててもしょうがない。


 ワタシはデスクに向かう。始末書を作成するためローカルネットワークに接続して、気がついた。ビルや地面などが落書きされているという通報に。


 データベースで確認してみると、そのカラフルで強烈な落書きは、ワタシが見たものに似ている。


 落書きのちかくにはスプレー缶がいくつも落ちていたらしい。これもあの少女がもっていたものと一致する。


 あの少女は落書きを続けている……。


 ビビットに汚れていた、少女の真っ白なTシャツ、ジーンズ、スニーカー。


 怒りに震えるあどけない顔。


 気がつけば、どうやって捕まえたものかと考えはじめていた。

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