誰がための物語
三郎
本文
投稿小説サイトに登録して一年。PV数は最高二桁。レビューはおろか、コメントなんてもらったことない。それでも私は定期的に小説を上げている。見られなくたって、反応がなくたって、別に構わない。私はただ、自分が読みたいものを描いているだけだから。
そんな強がりを自分に言い聞かせて趣味で執筆を続けていたある日のこと。初めてだった。公式以外から通知が来たのは。
『私も主人公と同じく人付き合いが苦手で不器用で……感情移入しすぎて思わず泣いてしまいました。彼女が温かい人たちに巡り会えてよかった。私もこのお話に出会えてよかったです』
昔から引っ込み思案で友達が居なかった私は、空想の世界に逃げることで寂しさを埋めていた。小説を描き始めたのはその流れでだ。
引っ込み思案で人付き合いが苦手な不器用な少女に、縁があって友達が出来て、なんやかんやで恋をして、成長していく。私の夢物語。誰かに愛されたいという願望が詰まった痛い物語。そんな物語で泣いただなんて。痛いなこの人と鼻で笑った。だけど目からは涙が溢れた。
彼が彼女かは分からないが、その人はそれ以来たびたび私の作品にコメントをくれるようになった。新作はもちろん、過去の作品まで遡って読んで、独り言を垂れ流しているだけのSNSまでフォローしてくれた。
いつしか私はその人と他愛もない話をするような関係になっていった。性別が女性で、歳は私より三つ下の17歳だということも知った。と同時に、その人といつも話しているフォロワーに嫉妬心を覚えるようになっていった。顔も本名も知らないその人に、私はいつのまにか恋をしていた。恋というよりは、期待かもしれない。この人なら、私の寂しさを埋めてくれるのではないかという期待。私の理解者になってくれるのではないかという、重い期待。友情と呼ぶには重苦しい感情を抑えて彼女と接していた。
ある日、私は普段は描かない男性同士の恋愛の物語を投稿した。彼女がお気に入りだと言ったキャラの兄の物語だ。彼女はいつものようにコメントをくれたが、そこにはこう書かれていた。『BLは苦手なのですが、三葉(みつば)ちゃんのお兄さんの物語ということで読み始めました。面白いです』
明らかにお世辞だった。新話が投稿されるたびにコメントをくれたが、やはりそこにいつものような熱意はなかった。
やがてコメントは来なくなったが、執筆は続けた。なんとか完結させたことをSNSで報告すると、彼女はこう言った。『結局最後まで読めなくて申し訳ないです』と。そんなことわざわざ言わないでほしかった。もやもやしたが、彼女に悪気は無いんだからと自分に言い聞かせて苛立ちを抑えた。
次は何を描こう。考えた時に一番最初に浮かんだのは、どういう作品を描いたら彼女は喜んでくれるだろうかということだった。いつしか私は、彼女の評価だけを気にして物語を作るようになっていった。『こういう物語は苦手で読めないんです。すみません』彼女にそう謝罪されるたびに、私の世界はどんどん狭くなっていった。彼女に悪気は無い。悪気は無いんだと言い聞かせ続けるのももう限界だった。彼女のために描いていた物語を投げ捨てて、彼女が苦手だと言ったBLで書き殴った。それはただ自分への、彼女への苛立ちを吐き出すためだけの物語で、中身なんてなかった。相変わらずPVは伸びないし、彼女ももうコメントはくれなかった。SNSの方を見てみると一言こう呟いていた。『もう百合は書かないのかな。最近はBLばかりで悲しい』と。その一言が、本当に私に対するエアリプなのかはわからない。実は違う人に向けたものかもしれない。必死にそう言い聞かせようとする自分を振り切り、私は彼女のアカウントをブロックした。
あれから一年。相変わらずPV数は伸びないし、コメントはこない。だけどいつも黙っていいねをくれる人がいる。特定のジャンルにはいいねをくれないけれど、別にそれで構わない。私はこれからも、私が描きたい物語を描き続けるだけだから。他の誰でもない、私のためだけに。
誰がための物語 三郎 @sabu_saburou
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