【 追憶 】舞い降りる粉雪

 あれは僕が9歳、小学4年の時だった。

 秋の終わりと冬の始まりの狭間はざまの頃。急に冷え込み始めたある日の放課後。

 札幌市郊外の小学校に通う僕は、帰宅の道を急いでいた。

 あたりはこの冬で一等最初の、粉雪がちらほらと降り始めていたから──


(初雪か……もう、冬が始まるんだな……)


 家の近所の角を曲がると、ちょっとした空き地が広がっている。


(あれ?)


 枯れた芝生のその上に、見知らぬ少年が横たわってた。


(あんな所でどうしたんだろう?

雪がちらほら降り始めてるのに)


 僕は少年に近付いた。少年は仰向けに寝転がり、大の字のまま僕に気付きもしない。

「ねえ君、そんな所で何をしているの?」

 僕に声を掛けられて、少年が顔をこちらに向けた。


(あ……)


 一瞬、僕は息を呑んだ。

 くっきりとした眉毛にツンとした鼻先。大きめの瞳に引き締まったくちびる。

 確かにかっこいい顔立ちだった。少年漫画の主役のよう。

 僕と同い年だなんて、その時は全く思わなかった。


 少年は僕を見るなりニィーッと笑った。

「やぁ、雪央ゆきお君だろ?

昨日、引っ越しの時に見掛けたよ」

「え?」

 そう言われて僕は思い出す。

昨日、隣に引越して来た一家。

 僕は学校に行っていたから居合わせなかったけれど、昼間家族で挨拶に来たって、夕べ母さんが言っていたっけ。


「もしかして、君が隣の陽介ようすけ君?

話は母さんから聞いているけど、だけど、どうして僕を知ってるの?いま初めて会ったのに」

「昨日の夕方、学校帰りの君を見たよ。うちの前を通るだろ?二階の窓から見ていたんだ」

 寝転がり、大の字のままに彼は答える。僕はしゃがみ込み、まじまじとその顔を覗き込んだ。


「ふ~ん、全然気付かなかった」

「あ、あれが雪央ゆきお君だなって、直ぐに分かった。君んちに挨拶に行った時、君の母さんが、うちにも同い年の男の子がいるんだって言っていたから」

「え?君って同い年?」

「あはっ、いつも言われるんだ。中学生に間違えられたり」


「確か東京から来たんだよね?」

「うん、父さんの仕事で来たんだけど……こっちには誰もいない。親戚も友達も、知っている人が誰もいないんだ……」

「あ……それは辛いね……」

「うん……で、いきなりで変かもだけど、雪央ゆきお君、友達になってくれない?」


「えへっ、君付くんづけなんてしなくていいよ。隣同士で友達だなんて、僕の方こそ嬉しいな。

今までこの近所って言ったら、うるさい女子ばっかりでつまんなかったから、男友達は大歓迎だよ」

「ふぅ~ん、そうなんだ~。そりゃ大変だったね。仕方がない、それならオレが友達にでもなってやるか~!」 

「ええっ?何でそうなる!もしかして君って、そう言う特殊な性格~?」

「あはっ」

「あはははっ」

 僕達は直ぐに打ち解けた。不思議なくらい、直ぐに馴染めた。

 彼の笑顔が嬉しかった。


「ところで話を戻すけど、こんな所に寝転んで何をしてるの?」

 僕はとにかく、それが気になって仕方がない。


「札幌は……雪が早いね……」

「え……?」

「初雪だよ。さっきニュースで言っていた。今年最初の粉雪が降り始めたって。東京だったらまだ暖房もいらない頃なのに雪なのか?って、それで外に出てみたんだ」

「そう言えば確かに今年は早いみたい。でも、なんで寝転ねころぶ?」


 彼は再び天を仰あおいだ。

「ここでこうして、雪を見ていた」

「ええっ?!雪を見るのに寝転ねころぶの?!」

 意外な答えに僕は驚く。第一札幌育ちの僕にしたら、雪なんて珍しくも何とも無い。


「うん、こうして真正面から空を仰あおぐと、雪達が真っ直ぐ自分に向かって降りて来るんだ。まるで身体からだが浮いているみたいで、とっても不思議な感じだよ?」

「え?本当?よ~し、僕もやってみよっと!」

 僕は透かさず寝転ねころがった、彼の身体の直ぐ横に──。


「うわぁ──っ!!」


 見渡す限り雪しかなかった。

 雪、雪、雪──。

 自分をめがけ、真っ直ぐに迫りくる雪の洪水!


「凄いだろ?迫力だろ?俺、こうして雪を寝転んで見るのが好きなんだ」

「凄い……凄いよ陽介!雪がこんな風に見えるだなんて、今まで全然知らなかったよ」 

「まあ、程々にしとかなきゃ埋うもれちゃうけど、こうしていると、まるで空を飛んでいる見たいだろ?」

「本当だね。陽介君にいい事を教えられたよ……」


君付くんづけなんてするなって、さっき君が言ったんだろ?」

「あ、そうだっけね。でも、なんて呼ぼう……」

「君のこと、ユッキって呼びたいな」

「え?!」


(なぜその呼び名を?)


 僕は思わず彼の方に顔を向けた。

 そこには彼の笑顔があった──鼻先が触れるほど間近な所に。


「どう?君のこと、ユッキって呼んでもいい?」


 彼の吐息が頬をくすぐる。

──冬の呼吸に白い吐息が。


「別に……いいけど……」


 僕は自分の顔が火照ほてるのを感じた。


(何だろう?このこそばゆい感じは……)


「でも、どうしてユッキって?」

「昨日おばさんが何気なにげに言ってた。うちのユッキをよろしくって」

「そうか、恥ずかしいな、そう呼ぶのは家族だけなんだ……学校に知れたら笑われそう」


 高鳴る鼓動──震える唇。

 何故だが僕は熱くなってた。


「恥ずかしくないよ。可愛い顔にはお似合いさ♪」

「え?」

 自分の顔が見る見る紅潮してくるのを、僕は胸の高鳴りで自覚した。


「で、陽介ようすけ君は?」

「東京では普通にようちゃんって呼ばれてた」

「あ、いいね……じゃ、僕も君をようちゃんって呼ぶよ」

「いいとも、ユッキ……」

ようちゃん……」


 陽ちゃんの笑顔が眩まぶしかった。身体が熱くて息が切れる。


(僕、どうしたんだろう?何だか胸が苦しい)


 寄り添い寝そべる二人をめがけて、粉雪がはらはらと舞い降り続ける。


 二人は再び空を見上げた。

 二人の身体が宙に浮かんだ──。




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