第7話 貧乏神とショッピング

 2月の朝晩は冷え込みがまだ厳しいが、気温が上がる昼間は春の足音が一歩また一歩と近づいてきているようで、気持ちも少し軽やかになる。


 一朗と咲とで、はじめて出かける日がやって来た。咲も朝からそわそわしていて、中々押し入れから出て来ようとはしなかった。


「残念だな・・・咲、プレミアムアウトレットは海を見ながら美味しいピザやパスタにサラダ、デザートまで食べ放題なんだけどな」


 一朗がそう言い終わる前に、疾風しっぷうのごとく彼が買っておいた胸元に花柄のついたトレーナーとネイビーカラーのガウチョパンツを着て玄関で靴を履きかけていた。


 咲にとって食べ物で執着心をくすぐるのは、やはりすさましい効き目だと改めて確信する。


「さぁ出発だ」


 彼女の分のダウンジャケットを手に持ち、二人で夕暮荘を後にした。

 

 はじめて乗る電車の車窓から海が見えてくると、咲は口をぽかんと開けたまま、瞬きするのも無駄にしたくないかのように、窓からの景色を目で追っていた。

                     

 女性の服選びは想像以上に時間がかかる事を、一朗は改めて実感した。


「これ似合う?」

「これ高くない?」


 咲は何度も一朗に確認しながら、なぜか彼の意見を気にしていた。気づけば二人で一緒に試着室の前に立ち、「そっちの方がいい」「いや、そっちはいまいち」などと真剣にアドバイスしている一朗の姿があった。


 最終的に咲が選んだのは、カジュアルな白いブラウスときれいめブルーのジャンスカ、白い布にブルーの線が入ったバスケットシューズだった。


「意外と普通のセンスしてるじゃないか」


「ふふん、うちもやるときは、やるよ!」


 咲はさりげなくそれぞれの値札タグを確認しながら、一朗のジャケットのそでをひっぱった。


「一朗・・・もう少し安いのか・・・このブラウスだけでもいいし・・・」


 おどおどしながら気を遣う咲の様子に一朗は少し驚いたが、洋服一式と靴を全部ショッピングカートの中に入れ、会計カウンターの方に向かってゆっくり歩きだした。


「咲が遠慮するなんて珍しいな。大丈夫だよ、俺が払うから」


 その一言に咲は目を見開き、少し頬を赤らめながら彼の後ろをついて歩いた。


 買い物を終えるといよいよ楽しみにしていたディナータイム。咲が試着などをしている間に、イタリアンブッフェ店の席予約を入れておいたので、夕暮時トワイライト綺麗きれいな景色をゆっくり楽しみながら店の方へ向かっていく。


 (ぐるるるる~~)


 二人同時に顔を見合わせ、大笑いした。


「咲はやっぱり空腹には勝てないんだなぁ、安心したよ」


「絶対にかてないかも・・・」


 咲は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら早足で一朗を追い抜かし、しばらくして振り返り無邪気に手を振っていた。


 ネットで見つけていたイタリアンブッフェ店は洗練せんれんされた中にもカジュアルな雰囲気もあり、カップルから家族連れまでが楽しく食事が出来るように、それぞれの席の間が広く取られていた。


 もうすでに咲は興奮状態こうふんじょうたいで、気が付くとお皿の上はお祭り状態となっていた。それを最高に美味しそうに食べる姿は、貧乏神と言うより美食の女神のような・・いや・・・たぶん、言い過ぎた。


 食事をしていると今日の記念として写真をプレゼントしてくれるようで、ブルーをコンセプトにしているイルミネーションツリーをバックに二人笑顔で写真におさまった。



 プレミアムアウトレットからの帰り道、咲は新しい服の入ったショッピングバックを大事そうに抱えて歩きながら、ふいに呟いた。


「ねぇ、一朗。なんか・・うち、こういうの初めてかも」


「え?」


「人間と一緒に買い物したり、服を選んでもらったり。貧乏神って基本的に嫌われるし、こんな風に付き合ってくれる人なんていなかったからさ。これから先もこんな幸せな思いすることないかな。今日の事、うち一生忘れへんと思う」


 その言葉に一郎は少し胸がチクッとした。


「まぁ、俺もこんな人生になるなんて思ってなかったけどな」


「でも、はいいやつだな・・・一朗はいいやつだ」


 咲はそっと微笑み彼を見上げ、背伸びをしながら彼の頬に手を伸ばそうとしていた。


 彼女の瞳はイルミネーションの光と相まってほんの少しだけ潤んでいるように見えた。それをごまかすかのように茶化ちゃかしながら一朗に話しかけた。


「じゃあ、次はデートらしいデートでもしてみる?ほら、恋愛運とか上げるの得意だし」


「いや、咲のせいで恋愛運の運気が下がるのは勘弁だ」


 二人の距離は近いようで遠く感じ、笑い声だけは楽しく響かせたいと思う気持ちだけで夜の静けさに対抗していた。

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