連続心中事件の謎

玉虫圭

第1話 ダブルチェック

 結局、大事なのは、「起こったことをソイツがどう腹落はらおちさせるか」だろ?


 階段を降りる途中で聞こえてきた会話に、プルーデンスは腹の中で答えた。この家に設置されていた監視カメラの映像を分析していた鑑識官の数名がPTSDを発症した。そんな内容に対する私見だ。


 確かに、そんな風になるヤツはにもいた。「壁の染みが、かつてのターゲットの血しぶきと重なる」とか、「スコープ越しのターゲットの顔が、実子の顔と重なる」とか。そう言って辞めていくヤツもいれば、FPSゲームの実績を誇って入ってくるヤツもいる。そういう業界だ。気にし始めたら身が持たん。


 室内警備のプロトコルを終えたプルーデンスは、無駄に広い廊下をゆっくり進みながら、左にバスルームとパントリー、右にキッチン、それとキッチンカウンター越しのリビングに会話をしている二人が見えるな、とダブルチェックする。会話の続きが聞こえてきた。


「……いやいやいや、そうじゃなくて、超常現象の類だって! 観るとそいつも取り憑かれるって騒ぎになってるんだぜ! だから閲覧禁止になったって……」


 は? 超常現象? 取り憑かれる……? 死体とかじゃなくて? ゴーストでPTSD? はっ! 平和だな、日本の警察は!


 悪態をつきながら、突き当りを右に曲がる。


 左側に客用バスルームの壁、その先が玄関の広い空間、それに続いて応接間の壁。右側はキッチンとリビングの壁、廊下の突き当りがリビングのドア……と脳内の地図と照らし合わせつつ、怯えながら憤る声の主について思いを巡らせた。


 道中に聞いた範囲だと、依頼主の長子アーサー・アシュクロフト・ホームズの学生時代からの友人で刑事だったか。名前を覚える気はない。日本人名のローマ字表記は読める気がしないからな。


 その刑事からの依頼で、この家で連続発生した無理心中事件を調べて欲しいとかなんとか。解決できようができまいが、報酬として、「この家を格安でレンタルする」だったか。癒着ゆちゃくかと思いきや、地主と刑事は家柄が近い……。


 まあ、あれだな。どの国にもいる、良い家の出で、中身が伴ってないお坊っちゃんってとこなんだろうな。


 外見で言えば、黒髪黒目のアイルランド系だと言われても、納得してしまうタイプの優男やさおとこだ。


 いて良い点を挙げるなら、私の事を「家政婦」だと紹介されれば、すんなり受け入れたところか。表情にも出さなかったのは、家柄ゆえか?


 普通なら、自分らよりガタイの良い女が家政婦なんて、「何の冗談だよ!」ってなるからな。


 玄関を通り過ぎる前に、玄関からしか入れない客用バスルームも再確認しようと、プルーデンスが「靴を脱ぎ履きする厄介な場所」と認識した上がりかまちの段差を降りて、バスルームの扉まで進む。もう一人の男の声が聞こえてきた。


「図面はどうなっている?」


 この、人の話を聞かない声の主がアーサーだ。「ホームズ」とは呼ばれたくないらしいが、理由を聞くほど親しい関係じゃない。


 「ククッ」とシニカルに喉を鳴らして、プルーデンスは刑事の返答を待たずバスルームに入った。


 護衛対象がリアリストで良かったよ。追加依頼で「ゴーストを退治してほしい」なんて言われたって、「プリースト雇えよ」と返す他ない。PMCウチらの仕事は、「悪者から弱者を護ること」だからな。


 奥行きのある客用バスルームは、左側の壁面全体が区切りのない男性用の小便器になっている。それも、胸から足元まで黒光りする一枚岩の大理石製で、大の男が六〜七人並んで同時に用を足せる仕様だ。


「一体何の為に? 日本の文化はわからんな」


 一度目のチェックでは、プロトコル通り、突き当りの小窓まで一気に進んで戸締まりを確認し、引き返しがてら二つある個室内部を確認して即退室した。


 二度目のチェックは急ぐ理由もないため、プルーデンスは中央まで進んでから、大理石に向かって腰を突き出すポーズを取って、この小ぢんまりとした豪邸の成り立ちについて考えた。


「ヤクザかな?」


 以前、父が日本で仕事をしたときに、ヤクザの葬式を見たと話してくれた。高速道路の出口手前から会場の雑居ビルまで黒服の下っ端が道案内をしていて、会場周辺の商業施設でも黒服のトイレ渋滞が発生していたそうな。


 金の掛かったトイレと、連れションから連想するにしても、我ながら拙いな。探偵ごっこは性に合わんらしい。


 再び「ククッ」と喉を鳴らすと、ガニ股の膝を軽く曲げ伸ばしして、プルーデンスには付いていないモノを上下させる動作を再現しながら小窓に目を遣る。一度目では見掛けなかった「小さい青色」が目に留まった。大理石の上の漆喰部分だ。


「……ん?」


 付箋紙ふせんしであることはすぐに分かったが、書かれている内容は、達筆過ぎる筆記体を読み解くまで理解できなかった。


『水が出ないので、使用しないか、使用後はペットボトルなどで流すこと』


 これは……あれだな。護衛対象はアスペルなんとかだな。スゲー頭が良いのに、どっか抜けてるタイプだ。二階をチェックしてる最中に、ペットボトル云々聞こえてきたのは、この事だったか……。


 バスルームを出て、玄関の「真ん中から左右にスライドして開けられる大きな扉」に目を遣ると、そこにも青い付箋紙が見えたが、プルーデンスは鼻を鳴らして無視することにした。


 大方、ロックの場所か、その開け方でも書いてあるんだろ。先が思いやられるな……。


 気を取り直して、客用バスルームから向かい側に見える応接間を目指すべく、をコの字に進み、「紙で出来たスライドドア」と認識したふすまをガタガタと開けて入った。

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