第7話 異変

 それは前夜、真由が入浴していた時唐突に始まった。浴室の湯気が奇妙に渦巻き、人の顔の形となって真由を見下ろしたのだ。

 恐ろしさの余りに尻餅をついた真由が見上げると、人の顔は消えていた。


「なによ…見間違い?…ふん、馬鹿馬鹿しい…。あんなことがあった程度で私ってば…」


 俊彦の転落死を思い返し、舌打ちをした。


「鈍臭いのが悪いんでしょ!人をイライラさせる奴って大っ嫌い!」


 苛立ちでシャワーの湯を鏡に勢いよく掛け流した。


「え…」


 鏡を流れ落ちていく湯が不自然な模様を描いた。それは目の形を作り、次いで鼻の形を作り、最後に唇を形作った。


「く…!くぼ…」


 その名を口にしかけ、鏡とは反対の壁に背をつけた。ひんやりとした感触にハッとすると、鏡に浮かびかけた顔は消えていた。

 大慌てでパジャマを着、部屋に駆け込んだ。ベッドに倒れ込んで上を見ると、天井の隅が僅かずつ暗く変色していくのが見えた。震える身体を自分で抱き締め、変色を見ていると、それは色が変わっていくのでは無いことが分かった。


「あ…穴?穴が開いてるの?なんなの!なんなのよこれ!」


 三角に開いた穴からゆっくりと顔が突き出た。それは転落死した久保田俊彦の顔だった。


「ひ…」


 立ち上がることが出来ず、這ってベッドから降りようとした真由の背に俊彦の声が聞こえた。


「思い知れ」


 家に悲鳴が響いた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る