第9話 初戦の結末

 倒れ伏す敵、ハオ・メイリィへと慎重に近づいていくヴァール。余裕そのものな姿に反し、その内心は多少なりとも緊張と警戒が渦巻いていた。

 モンスターを相手にするならともかく、人間相手の戦いはほとんど経験がなかったことだ……この力、《鎖法》をこのようなことに使わざるを得なかったことへの忸怩たる思いさえ含めて、静かに嘆きの言葉を発する。

 

「このような者達が発生するのを食い止められなかったとは。使命のための土台づくりをしているフェーズとはいえ、あまりにも情けないな、これは」

「うっ……くっ、ち、くしょう……っ!! チェー、ホワ……!!」

「苦しく、そして痛いだろう。それが貴様らの行いに対する罪の重さを、欠片だが表しているのだとせめて痛感することだな」

 

 上海付近の荒野に倒れ伏し、地を舐め這いつくばる屈辱を感じながらも苦痛に呻くメイリィに、ヴァールはやはり鎖を向けつつ冷淡に告げた。

 一切の躊躇はない。後は拘束して、上海にある能力者同盟の支部施設へと運び尋問を行う段だ。そうすべく右腕から鎖を飛ばす。

 

 ──次の瞬間、メイリィの姿が掻き消えた。

 一陣の風が吹き、横合いから現れた男が抱きかかえて後退したのだ。《鎖法》が体に巻き付く直前の、ギリギリのタイミングでのことだった。


 少し離れた小高い丘に、メイリィの巨躯を軽々抱えて立つ。

 スキンヘッドの西洋系で、テンガロンハットを被り西部劇さながらのウェスタンファッションを着こなしている40代頃の中年。

 いかにも飄々とした、掴みどころのない印象の男だ。

 

「間に合ったかね。まさかソフィア・チェーホワが直接出向いてくるとは思わなかったぜ。しかもその強さ、能力者としてもあまりにも逸脱してやがる」

「何者だ。いや、この際だ誰何は問わん。貴様もそこの女の一味として拘束し連行する。逃げられると思うな」

「……しかも印象が違うな? 前、スイスで遠巻きに見た時にゃもっとたおやかな、深窓の令嬢って感じだったんだが見間違えだったか? あるいは別人、影武者か。後者のが説得力はあるかもな、あまりに強すぎる」

 

 敵意を増して鎖を向けるヴァールにも、構わず余裕めかして話しかける男。

 能力者なのは間違いない。あのタイミングで割って入れたことからも、おそらくは、速度特化の能力者だとヴァールは内心で見当をつける。

 

 男に抱きかかえられたメイリィが、小さい声で呻く。それを聞き漏らさないよう、集中してヴァールは聞き耳を立てた。

 少しでも隙ができれば即、攻撃できるようにスキルの準備を整えながらだ。

 

「れ……の。レノ・エーノーン……何をしに、きたのよ。この、伊達男、気取り……!!」

「そう言いなさんな、大ピンチだったろ? ボスからのお達しだよ、ちょっと様子見に行ってこいってな。まさかモンスターを釣り上げてるだけかと思えばあんな大物にやられてるなんざ思いもしなかったぜ。運が悪いな、お互いに」

「うっ……さい……! く、そぉ……!!」

 

 悔しげなメイリィだが、よほど男──レノ・エーノーンなるその闖入者を信頼しているのだろう。どこか安心したようにも見えるその表情は、すっかり危機を脱したかのようなものだった。

 それでも憎まれ口を叩く彼女に苦笑いするエーノーンは、そのままの姿勢でヴァールを見下ろした。

 肩をすくめ、変に親しげに語りかける。

 

「ま、そういうこった。悪いなチェーホワ、ここはひとまず勝負はお預けだ」

「させるわけがなかろう。《鎖法》、鉄鎖乱舞!」

「そう来ると思ったぜ。ったく、せっかく釣り上げたモンスターをこんなところで大量消費するとはね、と」

「……何ッ!?」

 

 言われて気づく……周囲八方からモンスターが迫ってきている。数にして15匹ほど、ヴァールにとっては取るに足らない敵だが、さすがに相手をしながら逃げるだろうエーノーンとメイリィを追撃はしづらい。

 であればと彼女は距離を詰めた。モンスターと本格的に交戦する前に二人まとめて拘束する!

 

「唸れ鎖、鉄鎖収束!!」

「ノータイムでその判断かよ。ますます本当にチェーホワか? まあ……防ぎ切るんだがな。《防御結界》」


 即断即決で自分達の拘束のために動き出したヴァールに、いよいよ疑念と焦燥を抱きつつもエーノーンはスキルを発動した。

 《防御結界》……数分間、自身の周囲にドーム状の結界を張るスキルだ。その防壁の強度はレベルに依らずあらゆる攻撃を防ぎ切るまさしく結界だ。


 ヴァールの《鎖法》、幾筋もの鎖がまとめて一直線にエーノーンとメイリィへと向けて放たれる技を容易く弾いていなしきる。

 本来ならばそこからも、攻勢を続けていればヴァールが勝てる状況だ。結界が途切れた数分後、速やかに鎖で叩きのめせばこと足りる。


 だが今回は特例だった。

 《防御結界》で稼いだ数分の間に、エーノーンが呼び寄せたモンスターがヴァールへと迫りつつあったのだから。


「……完全防御のスキルかっ! そして、これは……モンスターを先に討ち取らねばならんか!」

「まともにやってたらとてもじゃないが太刀打ちできねえんでな。お前さんとの決着はそのうちにうちのボスがやるとして、俺とメイリィはトンズラさせてもらうぜ」

「チェー、ホワ……お……おぼえて、なさ……!」

 

 あくまでも余裕を見せての逃げの一手。鮮やかなまでの手口で、モンスターをヴァールにけしかけて離脱を図るエーノーンに、屈辱からか顔を真っ赤にしてやはり呻くメイリィ。

 それらに対してヴァールは、迫るモンスターを相手に自衛をするしかないと悟り、無表情のままに苛立ちを抱くのだった。

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