第6話 戦火に潜む異変

 ──カーン、レベッカがそれぞれヨーロッパ、アジアで戦乱に介入し続ける頃。

 スイスはジュネーヴにある能力者同盟本部屋敷においては、盟主のソフィア・チェーホワと参謀役の妹尾万三郎が世界大戦終結に向けて情報を集積、精査していた。


 国際情勢から各国の内政、外交について各地の協力者から話を聞き、それを元に策を練っては能力者保護活動と反戦活動に尽力していたのだ。

 実際に戦場に介入することはめったにないポジションであったが、それだけに特に責任重大な役目を、この二人が担っていたのである。

 

「アフリカの内陸部、複数の国々で暴動が発生した模様ですソフィアさん。いずれも内陸部、かつ反戦ムードが高まっていたところですね」

「その件は私も耳にしました。どうやら国連からの通達に反発した政府に対して、反戦活動化が呼びかけてのデモ行進を行ったのが発端ですね。他の国々も大なり小なり同じ流れでしょう」

 

 上がってきた報告書を見つつ、妹尾万三郎がソフィアへと情報共有を行う。同盟本部執務室、ソフィアと妹尾の他にも数名の幹部が揃って電話と電報、書類を睨みながらの修羅場でのことだ。

 1944年、年が明けて間もない頃。厳冬の只中にあるスイスは、紛れもなく世界大戦終結を志す者達にとっての総本山であった。

 

 この頃、資料で出ているアフリカ方面のみならず世界各国で似たような反戦デモ、からの暴動が巻き起こっていた。

 いずれも主張はただ一点、"能力者に人権を! 戦争に終結を! "である。

 

 政治的、思想信条的な対立とは異なる──あるいはそれを建前にしての──人間そのものを兵器として扱う世界大戦の様相に、あらゆる国の少なくない人々がついに立ち上がりつつあったのだ。

 能力があらゆる人間に、ランダムと言っていいほどバラバラな形で与えられているのだから当然のことだろう。

 

 

『あなたはスキルを獲得しました』


『それに伴いダンジョンへの入場および攻略が可能になりました』


『system《ステータス》機能の解放を承認。以後、あなたは自分のステータスを確認できます』

 

 

 世界中の誰でも、場合によっては一秒後にはこんな声が聞こえ、スキルやレベル、ステータスを獲得する可能性が常につきまとうのだ。

 そしてそうなれば最後、現状ではそのまま社会から爪弾きにされてしまい戦争の道具として国に利用されてしまうのだ。そしてそのまま死地に赴き、ただ生まれ育ちが異なるだけの同じ境遇の人々も殺し殺されをする。

 

 そのような状況に対して否やの声が上がらないはずがなかった。能力者同盟が水面下で動いていたこともあるが、人々は己の心の赴くがままに平和と人権を希求し、それを訴えたのであった。

 いかなる政治的スタンスであっても人間を、ただスキルを持ったというだけで兵器扱いしてはならないと……この一点においてのみ、世界は大きくまとまろうとしていた。

 

「このまま行けば、終戦への道筋は十分に作れるでしょう。各国バラバラにやりたい放題動いているのも幸いしましたね」

「そうね……下手に同盟など結ばれていたら、余計に話がややこしくなっていたでしょう」

「アメリカと中国、それとイギリスを抑えられたのが大きかった。さすがに国連もこればかりは本気で動いてくれて助かりました。いつでも弱腰でヤキモキしてるんですよ、実際」

「いつだって国連は本気よ、妹尾くん。彼らもしがらみだらけの中で、本当によく力を尽くしてくださっています」

「ん……失礼しました。いやどうも、我がことながら口が悪くていけない」

 

 皮肉げに国連を揶揄する声色の妹尾に、ソフィアは軽く砕けた口調でしかし、しっかりと咎める。

 学者肌で特にモンスターに対しての興味が強い妹尾万三郎という男は、自分の興味のある分野については驚くほどに誠実かつ素直ながらも、それ以外では皮肉屋めいた口を叩く悪癖があった。

 

 とはいえ根は善人であり、カーンやレベッカ同様ソフィアの薫陶を受けた弟子のような者の一人だ。

 注意されれば素直にそれに応じて謝罪し、彼は皮肉を極力抑えて続けて告げた。

 

「しかしなからまだまだ戦火は世界中にて絶えません。カーンさんやレベッカくんはじめ同盟の能力者達が各地で頑張ってくれていますが……どうも昨今では別のところに不穏な要素もありまして」

「不穏な、要素?」

「ええ……スタンピードがね。どうもいつになく頻発しているのですよ。この半年だけで、ダンジョン発生からの10年間に起きた数をとっくにぶっちぎってしまっている」

「…………なんですって?」

 

 信じがたい報告に、ソフィアは平時には浮かべることのない険しい表情を浮かべた。怒りや悲しみでない、緊急事態の匂いを察しての使命感に彩られた顔つき。

 スタンピード。ダンジョン内のモンスターが溢れかえり、ついには地上へと出てきてしまう大災害のことをそう呼ぶ。めったにないことで年に数回あるかないかというのが、妹尾曰くわずか半年で異常なまでに頻発しているのだと言う。

 

 嫌な予感がする。

 ソフィアは直感的にそれを察して、居住まいを正した。場合によっては彼女……"ヴァール"の力をも借りることになるだろうとさえ、予期して。

 

「詳しく調べてくれるかしら? 妹尾くん。なんだか、とても大変なことが起きている予感がします……急いで、すぐにね」

「…………分かりました。お任せください」

 

 そう話し、ソフィアはそっと瞳を閉じた。

 ────彼女の中に眠るもう一つの人格、ヴァールへと呼びかけるように祈りながら。

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