勇者にしか抜けない剣
まくつ
旅立ちの村
昔々あるところに、魔王がいました。
魔王は罪のない人間を襲います。食べ物を奪って、時には幼い子供を連れ去っていきました。魔王は特に、若くて元気いっぱいの少年を好んで連れていきました。
人々は必死になって抵抗しましたが、最強の魔王に人間は誰も敵いませんでした。それは自然の摂理です。人間では、絶対に魔王に勝てないのです。
そうして魔王はいくつもの村を支配して、人々は魔王から逃げるように集まって生きていました。
***
その村の真ん中にある広場には、大きな岩がありました。その岩には立派な剣が一振り、深々と突き刺さっています。
それは勇者にしか抜けない剣でした。人々は今日も、勇者を待っています。
そこに旅の少年が通りかかりました。少年は魔王に大切な故郷を壊されていました。優しく勇敢な少年は、魔王を斃すための旅をしていたのです。しかし彼は武器も金も持っておらず、困っていました。頼れる仲間もいませんでした。途方にくれて諦めかけた彼は、その岩をぼんやりと見つめていました。
「やっぱり僕には、無理なんだ」
力なく、少年は呟きました。それを見た通りすがりのおじさんは、すこし躊躇って、少年に話しかけます。どこか悲しそうな目をしながら。
「なあ、少年。あそこに刺さった剣を抜ければ、魔王に立ち向かえるかもしれないぞ」
「そんなことが、あるんですか……?」
「さあ、どうだろう? しかし、やってみる価値はあると思うがね……」
少年はもう一度岩に刺さった剣を見上げます。すると、その剣に不思議な導きを感じるではありませんか。少年はゆっくりと近づいて剣を握ります。ずしりと重そうな見た目に反して、驚くほど滑らかにその剣は抜けました。
そこに、ふと。村の長老が通りがかりました。長老は剣を抜いた少年を見て、目を丸くします。そうしてすぐに駆け寄りました。
「やや、この剣を抜くとは。まさかあなたは、魔王に立ち向かう伝説の勇者様ではありませぬか!?」
突然現れた長老に、少年は戸惑います。
「そ、そうかな。僕はただ、みんなを苦しめる魔王を許せなくて」
「おお、その志! まさに勇者様そのものです。我々はあなたのような勇敢な戦士を待ち望んでおりましたぞ!」
長老は感激の涙を流します。
少年は驚きながらも、長老の気迫におされてひとつ頷きました。その瞳に、輝きが宿ります。強く立派な、勇者に相応しい目です。
「そう、なのか。僕は勇者だったんだ!」
どこからか、村人たちが集まってきます。広場はいつのまにか人で溢れかえっていて、みんなが新たな勇者の誕生を祝うのです。
「「「勇者様、ばんざーい!!!」」」
村のみんなは大喜びです。ようやく、待ち望んだ若くて元気のある少年がやってきてくれたのですから。
「皆の衆、勇者様のおでましだ! 今宵は飲んで騒ごうぞ!」
新たな勇者を囲んで、楽しい宴が始まります。みんなが一晩中大騒ぎして、勇者を祝うのでした。彼を待ち受ける長い長い旅の前に、少しでも楽しんでもらうために。
***
次の日の朝。勇者は村のみんなから羽のように軽い鎧と盾を与えられて、出発します。これから彼の、孤独な旅が始まるのです。
「待っててね。僕はきっと魔王を斃すよ」
「どうか、勇者様にご加護があらんことを」
みんなが涙ぐんでいます。頭を下げる人もいます。勇者もつられて泣きそうになりましたが、彼はこらえます。なぜなら彼は勇者だから。勇者はいつだって、人々の希望なのです。決して涙は見せません。
「みんな、ありがとう!」
勇者はにっこりと微笑みます。誰よりも優しい、勇気に溢れた瞳でした。
「「「勇者様、ばんざーい!!!」」」
そうして、勇者は旅立ちました。
村人たちは笑顔で手を振って、いつまでも勇者を見送りました。果てしない地平線の先にその姿が消えるまで、その背中にいつまでも、ありがとうと言い続けました。
***
「ああ、行ってしまった。皆の衆、彼に祈ろう」
長老が寂しそうに言うと、みんなが胸の前で手を合わせます。勇者の行く道が、せめて光溢れるものでありますように、と。
そして、ごめんなさい、と。
村の武器屋の扉が開きます。店主が一振りの剣を持って出てきました。その剣は、今さっき勇者が手にして旅立ったものと瓜二つです。
「よっこらせっと」
新しい《勇者の剣》が、深々と岩に突き立てられます。そうしてこの村はまた、新たな勇者を惹き寄せるのです。
その剣は勇者にしか抜けません。人間では絶対に勝てない魔王様との戦いに意気揚々と臨める者など、無邪気で無知な若き勇者の他にはいるはずもないのですから。
ここは魔王直轄領、タビダチ村。若く元気な少年を魔王様へと捧げることを条件に、魔王様の庇護をうけています。そのことは、村のみんなだけの秘密です。今まで旅立っていった勇者たちは、何一つ知りません。
今日も村のみんなは、勇者を待っています。
きっとこの村は、いつまでも栄え続けることでしょう。少年たちの心に、悪を憎んで正義を愛する勇気の炎が燃え続ける限り。魔王に立ち向かう勇者が旅立つ地として。
勇者にしか抜けない剣 まくつ @makutuMK2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます