新幹線に乗り遅れた!?

こへへい

新幹線に乗り遅れた!?

 8:20

 これは俺が乗らなければならない新幹線の発車時刻である。この時間しか新幹線の席が無かった。


 10:30

 これは俺が今日臨む大学入試の試験開始時刻である。


 6:30

 そしてこれが、俺がカーテンを開けて朝日を浴びた時間である!


「やべぇ! ギリギリだ!」

 着崩れたパジャマを急いで脱ぎ捨てる。今日は待ちに待った、いや待ってくれるものならばもう少し待ってくれてもいい大学入試の試験日である。

 着替えを済まし、あらかじめ受験票を入れた鞄を提げて階段を駆け下りる。

 階下のリビングではお母さんが朝食の準備をしていた。

「なんで起こしてくれなかったんだよ!」

「え? 今日何かあったっけ?」

「受験だよ!」

「あら、そういえばそんなこと言ってたわね」ととぼけてフライパンの目玉焼きを皿の上にあるこんがり食パンに載せた。俺はその食パンを奪い歯を立てる。サクサク食感と白身の淡泊な味わい、そして粗びきこしょうの風味が口に広がった。

「こら! お行儀悪いわよ! ちゃんと手を洗って食べなさい、体調管理も受験のうちよ」

「もう今日なんだよ受験は! 明日風邪ひいても本望だ!」

 フガフガと口の中に食パンを詰め込んで、黄身が外に垂れないようにしながら食べ終えた。

「ごちそうさまでした。んじゃ行ってきます!」

 玄関の扉を開けて駆け出す。あとから出てきた母が声を上げた。

「新幹線のチケットは持ったの!?」

「忘れてた!」

 なんだかんだ、お母さんには頭が上がらないようだった。


 左肩のバッグからスマホを取り出す。地図アプリから時間を逆算するためだ。あの手のアプリに算出される時間は結構大雑把なのだが、全力で走れば時間を凌駕することは十分に可能だ。その凌駕する時間がどれほどなのかをみる必要があった。

 現在6:35。そこから新幹線の駅までどれほどか


「って、あれ?」


 つい声が出る。何かおかしい。マップアプリを開いて検索に目的の駅を入力しているのに、現在地からの時間が出ない?

 それどころか目的地を調べているのに、まるで目的地から各駅への到着時刻を調べているような表示になる。何故だ?

 調べてみた。


『◯月×日より大型アップデート! Coocle mapが新しくなりました!』


「余計なことしてんじゃねーよ!」


 ちなみに◯月×日は今日だ。こんなの想定できるかよ。

 なら概算は当てにならない。ただひたすら全力で走るしか無い。いやむしろ時間的余裕という油断をせずにすると考えれば、自分を奮い立たせることができるだろう。


 そう言い聞かせて駆け抜ける。そして最寄駅へ到着した。普段人が多いはずの最寄駅は朝が早いためか人も少ない。

 現在6:40分。電光掲示板には直近の電車と、その次の電車の終点と出発時刻等が表示されている。


 だが、俺は膝が崩れ落ちそうな事実を目の当たりにした。脳内に後悔の念が渦を巻く。


「嘘、だろ?」


 電光掲示板の内容はこうだ。


 6:43 手前駅 快速

 6:55 目的駅 快速


 直近の電車に乗ったとしても、手前駅から次の駅には進まない。

 終わった。完全に遅れてしまった。


 いつもそうだ。


『一緒に合格しようね』


 そう言ってくれた人がいた。

 彼女と共に受験に向かう日、俺は油断して電車を乗り遅れた。その日は受験の時間には余裕があったのだが、彼女を先に行かせてしまったことが焦りを生み、焦って階段を滑り怪我をして受験することができなかったのだ。

 俺は何も変わっていない。去年と同じだ、弱くて、脆くて、雑魚い。


 諦めてた踵を返そうとした時。スマホの通知が鳴った。ポップアップされたメッセージが、俺の目頭を熱くする。


『待ってるから』


 そうだ、待たせている。あの日から1年も待たせているんだ。同じだなんて言わせない。強くなった姿を見せてやるんだ。

 そして、楽しいキャンパスライフを送るのだ。

 流した涙は頭から余計な物を全て洗い流してくれた。その瞬間、思考が輝くほどクリアになる。

「いや、ある! まだ希望は、ある!」

 電車が無い。確かに今の時点ではそうだ。だが、もしかすると。

 現在6:43。手前駅終点の電車がやってきた。俺はそれに足を踏み入れる。


 現在7:20。手前駅。

 急いで降りると、周囲には人がごった返していた。受験シーズンだけあり冬服の制服がよく目立った。

 電車の行き先を見る。

 なるほど、逆方向に向かうところしかないのか。ならば別の線に行くためには階段を上がらなければならない。

 階段を駆け上がり、そして目的の線へ向かった。

 そして息も絶え絶えに電光掲示板を見る。


「っはは、やっぱり、諦めるもんじゃねぇな」


 7:24 目的駅

 そこの次にこう書かれていた。

 『特快』


 そう、これこそが俺が求めていた希望。直近の電車を乗り過ごせば手に入れられなかった希望。乗り換えを面倒がっていたら手に入らなかった希望。

 快速よりも速い、しかし代わりに様々な駅をすっ飛ばす特急快速電車に俺は乗り込んだ。


『次は〜、目的駅〜、目的駅〜』

 俺の気も知らない駅員の気だるいアナウンスを聞きながら、つり革を掴んで揺れる。その間にメッセージアプリを立ち上げた。


「待ってて、すぐ行くから」

『また怪我とかしてない?』

「怪我はしてないよ」

『怪我は、、、まさか電車乗り遅れた?』

「まぁ、そこは、ね」

『大丈夫なの?』

「ギリギリ間に合う」

『間に合うなら安心だね』

「マジでやばかった、お母さんが起こしてくれないし」

『おばさんのせいにしないの』

「ごめんなさい」

『朝ごはんは食べた?』

「目玉焼き食パンを食べたよ」

『なら頑張れるね』

「うん、頑張るよ」

『そういえば、新幹線にはもう乗ったの?』


「今からダッシュで乗る!」


 駆ける。駆ける。駆ける。予約した新幹線の号車を見る。2号車。

 時間は、あと1分!


『まもなく発車し────』


「待ったぁーーー!」


 俺は新幹線の、スラリと長いフォルムの車体と車体の間に飛び乗った。瞬間に扉が閉まり、静寂に包まれる。見回すと灰色の壁、トイレがあり、両脇には各号車への出入り口があった。

 現在8:20

 再びメッセージアプリを起動する。


「乗れたよ。すぐに行く」

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