第3話 隔離されたくない理由



 そんな俺に、祐介は驚き、喜び、ハッとして、羞恥し、そして青ざめる。

 こんなに素直な百面相、その辺を探してもそうはいない。


「まず」

「まず?」

「大学の単位が、マジヤバイ」

「あー」


 こいつは悪い意味である種の大学デビューをした。

 高校までは無遅刻無欠席で通してきたのに、大学生になり東京で、しかも一人暮らし――親の目がなくなった事によって、少しばかりグータラするようになったのだ。


 その結果、朝寝坊して講義を欠席する事が増えた。

 一年生の時はまだそれもマシだったのだが、一年間まばらに欠席をした上で進級できた事により、ある種味を占めたのだと思う。


 二年になって、一年の時以上に自分の寝坊に対して甘くなった。

 その結果、二年の後期授業も終わりに差し掛かる今、こいつはとある科目で単位を落としそうになっている。


「でも仕方がないだろ。教授に『キツネ症候群なんで』って、相談してみろよ」

「無理だよ! あの教授が厳しい人なの、知ってるだろ?! その上『キツネ症候群なんて、病気じゃない』派なんだぞ、あの人!」


 たしかにそうだった。

 世の中には、数こそ少ないが『妊娠は病気じゃない』と主張する人と同じように、『キツネ症候群は病気じゃない』と主張する人も、残念ながら一定数いる。

 こいつが単位を落としかけている大学の名物堅物教授は、まさにそういう人なのだ。


 この前廊下で大声で「体が不調になる訳でもなし、そもそもの人間性に問題があるから奇行になど走るのだ!」などと言っていたのを思い出した。

 たしかに『キツネ症候群なんで』という相談は、彼には言い訳にしか聞こえないかもしれない。


「そもそも講義の欠席で心象最悪で、教授から直接『これ以上の欠席はもちろん、やる気がない上に最終テストも赤点な生徒になど、私は単位をやるつもりはない』なんて言われているんだからな! そんなこと言ったらどう思われるか」

「いやまぁそれは、半分以上自業自得だろ」


 たしかに教授は厳しくはある。

 普通は出席日数と提出課題の出来栄えで単位を取れるかどうかが決まるのだが、この教授はその二つに加えて、最終講義日にテストを実施する。

 その点数も単位取得のための評価に換算するのだ。


 ちなみに今の祐介は、出席日数はもう一日も落とせない。

 課題は期限内に提出したものの、単位が取れるギリギリ判定だ。

 単位が取れるかについては、テストの結果にかかっている。


 そんな感じだから、流石に本人にも自業自得の自覚はあるのだろう。

 口を尖らせて「まぁそれは……」などと、ゴニョゴニョ言っている。


「っていうか、別に単位が取れなくても進級はできるんだし」

「バレたら母ちゃんに怒られるだろ!」

「それこそ自業自得だろ」

「うっ……」


 かなり刺さったのだろう。

 答えに言い淀んだ祐介に、俺はわざとらしくため息を吐く。


「やっぱり大人しく隔離されとけ」

「嫌だ!」

「大人げない」

「大学生は、大人と子どもの境界だろ?!」


 そんな道理は聞いた事ない。

 というかこいつ、ついこの間「成人は十八になったのに、何で酒は二十歳からなんだよ! 差別だ! もう俺たち大人なのに!!」とか言っていたと思ったけど。


「それに理由ならまだあるんだから!」

「じゃあ何なんだよ、その理由って」

「バイトは休めない! 他のバイトが卒業旅行だからって、俺、いっぱいシフト入ってるし!」


 他に交代できる奴もいないんだ、と言う彼に、俺はまたわざとらしいため息を吐く。


「そんな事言ったって、お前のバイトってカフェのウエイターだろ。そんな立場で奇行になんて走ってみろ。それこそバイト先に迷惑が掛かるぞ」

「うっ……で、でも、せっかく三か月続いてるし、いいバイト先だし」

「まぁお前が今までバイト、全然続かなかったのは知ってるけど」


 一か月持てばいい方で、持たない事の方が多かった。

 だからこいつの懐事情は、臨時収入を求めて短期バイトを梯子する奴みたいに、金持ちの時とそうじゃない時との差が大きい。


 その癖ゲームの課金は止めないから、バイトがない期間は万年金欠。

 親から仕送りされてくる食費を投じる事になり、よく俺のところに飯を恵んでもらいにやってくるから、どの時期にバイトをしていないかは一目瞭然だ。


 同じ学生の身としては結構迷惑な話ではあるが、うちの家は金ではなく野菜やら米やらが定期的に現物支給される。

 幸いにも、一日一回、一人分の飯くらいなら、どうとでもなる。


 こいつもそれを知っていて来るし、何なら俺の親も祐介におすそ分けする事を見越して、少し多めに送ってきている節がある。

 ……まぁうちの親は多分、料理した後のものではなくて、素材そのものを渡していると思っているだろうけど。


「別に、こっちの落ち度がない病気に罹ったせいでクビにされるようなバイト先なら別に行けばいいだろ。そこで三か月続いたんなら、他でもやる気にさえなれば続く」

「そんな事ない!」

「なんでだよ」


 まただ。

 俺の忠告……というか、今のは正論か。

 それを突きつけても尚、食い下がる。


 隔離されるのは嫌だと言った、あの時と同じだ。

 しかし、何故そんなにも今のバイト先に拘るのか。



 多分、ここに理由がある。

 そう思って祐介を見れば、何故か急に恥ずかしそうにモジモジとし始めた。


「早く言え、気持ち悪い」

「ひどい!」

「ひどくない」


 ひどいというのなら、せっかく作った朝ご飯を未だに一口も食べられていない俺の方が、お前に「ひどい」と言ってやりたい。


 簡潔に、明確に、今すぐ言え。

 そんな気持ちで祐介を見据えれば、彼はやっと口を開く。


「……から」

「え?」

「バイト先には、美沙ちゃんがいるから!」

「美沙ちゃん?」


 一体誰だそれは。


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