出雲4号で、いざ、東京へ!
第6話 米子駅18時
「お待たせしたな、三百文文士さん」
「御苦労さんだ、泥稼業の親ビン様」
ここは、国鉄米子駅構内の喫茶店。時刻は17時30分を回ったところ。
すぐ上の米子鉄道管理局の局長室から飛び出してきた背広姿の男性は、いくらかの着替えと仕事に使う資料を入れた大き目のアタッシュケースを持っている。その人物を待っていたのは、学生時代から作家として名を売って来た人物。ちなみに彼らは高校も大学も違うが、同級生である。
「ほな、貴君仰せの泥ルートからの関所手形、お渡しする。しからば銭を、出せ」
「へ、へへぇ~」
いささか時代劇がかったセリフのやり取りの下、出雲4号の寝台券とその対価たる現金がここで物々交換される。
「でだ、内山君、今日もどうだ、食堂車に早速行こう」
「無論そのつもりだ。おこわ定食やな」
「もちろんや。ニセ百閒先生のお供にはふさわしかろう」
「ひとこと余計なフレーズがあると思料されるが」
「ニセが余計だといいたいのか」
「それ以外の何でもなかろう」
「ところで君、やくもに乗って現れたンだな」
「そや。酒飲んで寝とったから、酔わずに済んだ」
「別の意味でしっかり酔っていることを自白したな」
「そうとも言う。行きも酒税を納税したぜ」
「人を税金泥棒呼ばわりしておいて、酒飲んで自称納税者か」
「いやあ、名実ともに納税者よ。わし、青木君みたいに税金から給料出ん」
「ぼくらに税金から給料出るのも、あと数年のことだぜ」
「国鉄改革の話、ね」
「そうだよ。早めに引退して四国に戻りたいよ」
「東京の家はどうする?」
「あれはあれで、使い出がある。何なら君の仕事場として貸してもいいぞ」
「勘弁して。ホテルの方が気が楽で、ええ」
しばらく与太話ともつかぬ会話を続けた国鉄官僚と作家は、そろそろ出ようということで1階の改札口に向かった。食堂車の停車位置には、すでに日本食堂米子営業所のスタッフが積み込む食材を積んだ荷台を置いて出雲4号の到着を待つ。
18時10分。
浜田を出て出雲市で食堂車の着いた付属編成を加えた特急「出雲4号」は、米子駅上りホームに定刻で到着した。彼らの乗車するのは付属編成の7号車。彼らはそれぞれ向かい合わせの下段を確保している。ここからだと、食堂車はすぐ目の前になる上に、食堂側から堂々と入っていけるので、益々重畳。
隣の食堂車は、すでに営業を始めている。いくばくかの客が少し早めの夕食もしくは晩酌をたしなんでいる。幸いこの後ろの7号車には乗客専務車掌が乗務している。通りかかった車掌に切符をそれぞれ提示し、荷物を片方の下段寝台に2人分まとめて置いてカーテンを閉め、彼らは食堂車に向かった。
まだ、列車は出発していない。食堂車の調理室側では、荷台から続々と食材や飲料が積み込まれている。その一方、不要となった空き瓶やトレーなどが荷台へと戻される。その間、食堂車の給水も行われる。ただでさえ寝台列車は昼間の列車以上に水を必要とするが、食堂車ともなれば他の車両以上に水を使わざるを得ない。
どうやら、無事に積み込みも終わった模様。まだ、食堂車のテーブルは満席にっまではなっていない。しかし程なく、前後の車両から客が押し寄せてくる。彼らは向って山側のテーブルの窓側に向かい合わせで座った。
ウエイトレスの女性をどちらともなく捕まえ、早速注文。山陰おこわ定食2人前とビールを2本。伝票は、一緒にしてもらう。
程なく、少し前の赤字に白帯をつけた文鎮型のディーゼル機関車が物悲し気な汽笛を発した。それと同時に、列車は東に向けて出発。
食堂車の方も、ここでほぼ満席近くまでなった。空席はいくらかあるにはあるものの、相席でもしない限り一人客は座れないくらいには客が入った。
ビール2本は、すぐにやって来た。夕暮れ時の伯耆富士を拝める窓によりかかるように座る彼らは、景色をつまみに一杯飲み始めた。
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