『Don't look back in anger』
宮本 賢治
第1話『クリスマス』
「寒っ」
吐く息が白い。
今日はクリスマス。
クリスマスの日といえば12月25日だけど、厳密にいうと、クリスマス = 12月24日の日没後から25日の日没前までらしい。
その24日の夜のことを『クリスマスイブ』と言うそうだ。
イブは別の日ではなく、本来はクリスマスの日の中に含まれている。
だから、クリスマスイブ、クリスマスって呼び方で2日に渡って聖夜を祝うのは日本だけみたいだ。
でも、何か得した気分。
そりゃ、そうだよね。
子どもの時から、クリスマスが待ち遠しかった。
街中がワクワクしてる感じが好きだった。
今年のクリスマスは特別だ。
今までの人生で一番ドキドキしている。
晴れた昼下がり。
いつものコンビニに向かう。
子どものときから2人で悪だくみをして行動するときの待ち合わせは必ずここだった。
店の前に到着。
ガラスの向こうで少年漫画を読んでるかわいい女の子、ニコ。
こっち向いて。
メッセージを送る。
ニコがこっちに気づいた。
ニコはニッコリと微笑み、おいでおいでと手招きした。
店内に入ると、油の匂いとおでんの匂いが鼻をくすぐった。雑誌コーナーで立ち読みしていたニコの隣に立ち、声を掛けた。
「お待たせ」
すると、ニコはこっちを見て右手で拝むような仕草をした。
「もうちょっとで終わるから、待ってて」
そう言って、少年漫画雑誌に視線を戻した。
真剣な表情。
持ち込み漫画をチェックする編集者みたいに、真面目な顔で読んでいる。
一度、そんな真剣に読むなら、買いなよって注意した。
立ち読みにロマンがあるのって、言い返された。
何だよ、ロマンって。
わけわからん。
今日のニコはスゴくおめかししてた。いつもかわいいけど、今日はさらにかわいい。
···いや、何か大人っぽい。
かわいいよりも、キレイだった。
ニコの今日のコーディネート。
トップスは白のリブニットタートルネック。
シンプルだけど、首元のタートルネックで季節感と大人っぽさをプラス。体にフィットするリブニットがニコのエッチい体のラインを強調している。
ボトムスはブラウンのチェック柄台形ミニスカート。
チェックがニコっぽくてかわいい。
アウターはアイボリーのショート丈ダッフルコート。
ショート丈のおかげで全体のバランスが良い。只でさえ脚が長いニコがさらに脚長に見える。
シューズは黒のロングブーツ。
バッグはベージュのチェーンショルダーバッグ。
アクセサリーは形の良い耳にゴールドの小さなイヤリング。
髪もゆるふわのハーフアップ。
ニコは普段から派手なメイクはしないけど、今日はナチュラルピンクのリップに控え目なチークを引いてる。
基本、ぼくが見る限り、新しいアイテムは無い。ニコが持ってるアイテムを組み合わせて、新しい雰囲気を出してる。
ファッションに関しては、オシャレ好きなニコと話してる内にぼくも少しくわしくなった。
ま、くわしくなったのは女の子のファッションだけだけど。
でも、唯一、今日のコーデにはニューアイテムがある。
アウターと同色のアイボリーのマフラー。
メッチャ、うれしい!
ニコ、もう使ってくれてる。
似合ってる。
スゴく、かわいい。
ニコとは近所の幼なじみ。お互いの両親が仲が良く、生まれついての仲良し。男女の関係というよりは、兄弟に近い親友。
中2の夏休み。花火大会に一緒に出かけたとき、ニコの浴衣姿があまりにもかわい過ぎて告白したら、何言ってるの。幼稚園のときから付き合ってるじゃんって言われた。
高校に入ってからも、親友以上、恋人未満が続いている。
「あ〜、おもしろかった! 続きが楽しみ〜!!」
雑誌を元に戻して、伸びをするニコ。ニットごしに胸のふくらみが目立つ。
ぼくの視線に気づいたニコ。
「あ〜、またわたしのおっぱい見てる! エッチいぞ、トム!」
そう言うけど、胸は隠さない。
あったかい飲み物が売ってるコーナーに行き、缶コーヒーを2つ。あ〜、美味しそ〜って、じゃがりこのサワークリーム&ペッパー味をチョイスして、レジに向かうニコ。
ぼくが財布を出して払おうとすると、それを制して、スマホで決済した。
ニコは律儀なとこがある。
立ち読み代のつもりなのだろう。
それなら、雑誌を買えばいいのにと思うけど、そんなの粋じゃないとまた、わけのわかんないことを言うに決まってる。
店を出ると、はいって、缶コーヒーを1本渡してくれた。
ホッカイロ代わり。手袋ごしでもあったかい。反対の手はもちろん繋ぐ。ぼくはそっちのほうがあったかいと思った。
「あ〜、うれしい!
トム使ってくれてる〜!」
昨日のクリスマスイブ。
うちとニコの家族そろって、パーティーをした。例年のおなじみの行事だ。
そのとき、ニコとプレゼント交換をした。
ぼくは、今ニコがしてくれてるマフラーをあげた。ニコは今ぼくがしているウール素材の手袋をくれた。
ネイビーカラーの手袋は手首部分にチェック柄が入ってオシャレ。スマホ対応なのも実用的でうれしい。
「ニコも早速使ってくれてるね。
かわいいよ、スゴく似合ってる」
「これ、スゴくあったかいよ。
美桜さんが言ってた。
あ、これカシミヤ入ってるし、メーカーもんじゃん、高いよ。
トムくん、がんばったねって」
「え、今日、美桜さんに会ったの?」
「うん、プロにヘアメイクしてもらっちゃった」
ニコはそう言って、顔周りの後れ毛を指でクルクルした。
美桜さん。
ぼくたちの高校の先輩。
といっても、一緒に在学したことは無い。昔から知ってる近所の超絶美形なお姉さん。
我が校では、超有名な伝説の人だ。
ある日、美桜さんが授業サボって学校の屋上で喫煙中、自分のスマホを屋上から投げ捨てた。
その下を歩いていた教頭がそれを発見。
教頭が
「誰だ! こんな物投げたのは!」
と怒ると、
美桜さんは屋上の手すりから顔を出し、
「2年B組坂本美桜で〜す!」
ありったけの大声で自己紹介したらしい。
この時点で十二分にエキセントリックなのだが、まだ続きがある。
「きみは授業中に屋上で何やってるんだ!」
教頭が怒鳴ると、校舎から、教師、生徒がモグラ叩きみたいに顔を出す。
美桜さんは、手すりから顔を出して、アイコスのタバコスティックを吸い込み、盛大に煙を吐いたらしい。
教頭がワ〜ワ〜と下から叫び、モグラたちもザワザワ騒ぐ。
「うっせぇ〜ぞ! ヅラ!!」
美桜さんは全校生徒と全職員が聞く中、大声で教頭のカツラをカミングアウトした。
その後、美桜さんは高校を中退し、美容師の道を進んだ。
ちなみに教頭はその後、カツラを外した。結構口うるさかった性格も丸くなり、優しくなったそうだ。
現在、その教頭は、うちの高校の校長をしている。生徒から信頼されている人気校長だ。
そんな伝説の人、美桜さんを尊敬してやまないニコは、高校を卒業したら、同じく美容師の道を進もうとしている。
ニコは頭が良い。
ぼくは推薦で志望大学へ行こうと思ってるけど、ニコだって同じ学校に通えるくらいの学力がある。
ニコに一緒の学校に通おうと誘ったことがある。
でも、ニコは美容師の資格を取って、美桜さんの店で働き、将来は独立して店を持つと言った。
とりあえず、理数系の大学に通おうとしてるぼくよりも明確な将来設計を持ってる。
「トム、ありがとう!
このマフラー、スッゴくあったかくて、肌触りも気持ち良いよ」
「その、お姉さんみたいなステキなヘアスタイルも、マフラーも似合ってるよ。
ニコにもらった手袋もスゴくあったかい、ありがとう!」
お互いにお礼を言い合って、しばらく歩くと、暖房の効いた店内で火照ったのだろうか。ニコから良い匂いが香る。いつものシャンプーの匂いとは別の匂いだ。
「ねぇ、ニコ。何か、今日のニコ、良い匂いするね」
ニコは満面の笑みで答えてくれた。
「ステキなお姉さんみたい?」
ぼくがうなづくと、ニコは腕を組んできた。ふくよかな胸がぼくの腕に当たる。
ムニャってゆ〜か、ポワンってゆ〜か、この世で一番柔らかい物体だ。
ぼくがキョドっていると、ニコはぼくの肩にチョンと頭を乗せた。
「サービス、サービス♪」
ニコは歌うように言った。
高校に入って、ぼくは一気に身長が伸びた。それまではニコのほうが大きかった。逆転したことには、ぼくよりもニコのほうが喜んでいた。
「美桜さんが言ってた」
ニコがぼくを見て言った。
「ん、何?」
「プレゼントとか、今日のデート代とか、トムくん、きっとがんばっただろうから、サービスしなきゃねって」
話の成り行きにぼくはドキドキし始めた。
「サービスって?」
ぼくが尋ねると、ニコは口に手を当て、耳元でささやいた。
「はさんであげる♡」
ぼくは妄想で頭がパンクしそうだった。
ニコが笑った。
ぼくのかわいい小悪魔だ。
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