セクシー人参は抜かれない~いいから黙って埋まらせろ~

トイレの花子

絶叫1・抜かれてたまるか

 薄暗い森の中、時折聴こえる獣の鳴き声。これといった特徴もないこの森で今日も何処かで絶叫が響き渡り何かが命を奪われる。何度も繰り返されるその行為に終わりは来ない、それがどちらか滅ばぬ限り。


「近くなってきてるな~」


 地面から顔を覗かせてあたしは呟く。周囲には誰も居ない、時折小動物が木々の枝を伝って往き来しているだけで至って静か、平穏そうに見える。だが先程から遠くの方で耳をつんざく絶叫が聴こえてくる。これは獣のもの等では無い『マンドラゴラ』のものだ。


 マンドラゴラ、通常は地中に埋まっており、頭の葉っぱ等だけが地表へ出ている植物。但しこのマンドラゴラ、無理やり引っこ抜いたり掘り起こすと絶叫を上げる。そして、この絶叫を聴いた者は発狂、または絶命する。

 普通ならそんな物騒極まりない物抜いたりしないのだが、どうも人間の間では薬の材料となるらしく、ワザワザ危険を犯してまで抜いて回っているのだ。

 但し普通に抜いたら危険なので、犬等の家畜とかを使っているようだ。家畜からしたら堪ったもんではないだろうが、拒否権等無いのだろう、可哀想に。


「ぼちぼち此処からも引っ越すか……どっこいせっと」


 あたしは地面から這い上がり身体に付いた土をパンパンとはたき落とす。オレンジの身体に緑の葉っぱ、そしてこの自慢の脚線美。

 そう、あたしはマンドラゴラだ。でも只のマンドラゴラじゃない、歩けて自我もあるマンドラゴラだ。何でこんな事が出来るのかは知らん、物心付いた時にはこうだったのだ。

 自分で歩けるのは非常に助かる、何故なら移動が出来る、つまり安全な場所へと移ることが可能だ。これは大きい。他のマンドラゴラみたいに引っこ抜かる可能性が大幅に減るから長生き出来る、抜かれてたまるか、あたしはまだ死にとうないのだ。


 さて今度は何処にしようかな、人間が居ない場所が一番何だが……最近は人間が何処にでも居る、どんだけ繁殖を続けているのか、今までこの辺は人間が居なかったんだけどな、村でも作ったか?


 考えているとまた絶叫が響いてくる、おっとこりゃいかん、かなり近いぞ。周囲にはまだ気配はしないが、とっとと此処からオサラバしようか。しかし今日は随分の数を引っこ抜いているようだ、どんだけの家畜が死んだのやら、人間って酷いもんだな。


 絶叫がしてくる方向とは逆の方へと歩き出す、勝手知ったる何とやらこの森に住んでどのくらい経ったか、最早庭同然なので何が何処にあるかも把握している。木々を抜け獣道を進む、この辺は然程人間も入り込んでおらず、足跡や分け入った形跡も見当たらない。


 割と住みやすかったんだけどな~、土壌が良くて変なのも居なかったし。猪とかあいつら掘り起こそうとしてくるんだよな……昔別の所に住んでたとき、しょっちゅうされそうになったし、毎回撃退してたが。次の場所も住みやすければいいけどな~、っと、この足跡は……


 目の前に足跡が有った。この大きさと形は熊か、何かを引き摺っていたのか、足跡以外にも痕跡が残っている。右に向かってるから遭遇する事も無いか、最もこの方向絶叫が聴こえてくる方だから人間と鉢合わせするかも知んないけど、まあどうでもいい。


 暫くテクテク歩いていると、段々木々の密度が下がってくる、そろそろ森を抜ける頃か。さて、この森の先は草原だったは……ず……


 そう、草原だったはずなんだが……だだっ広かった草原は跡形もなく、人間の家があちこち軒を連ねている。……何時の間にか村にへとなったらしい、村の手前に有る畑では人間が数人作業をしているようだ。


 ……こりゃ参ったな……近所の森は草原の先に有ったんだが、ここ抜けなきゃいかんのか……

 見た感じそこそこ人間が居るっぽい、最近マンドラゴラ抜いてる事多かったのは此処のせいか。さてどうしようか、正面を堂々歩く訳にもいかんしなぁ……となると隠れて移動するしか無いか。

 一応正面突っ切る方法も無くはない、一つは真夜中に闇夜に紛れて進む、もう一つは絶叫しまくって全力疾走。だが前者は人間に見つかる可能性が無い訳じゃない、後者は……無差別に人間殺すのは流石のあたしでも少々寝覚めが悪い。これが人間と争ってるっていう魔族ならするんだろうけど。


 という訳で隠れる事を選択、見付からないようにこっそりと村に入って行く。小さい身体故、物陰に隠れるのは造作もない。さてこの村、中央を大きな道が通っていて、左右に民家や小屋等が疎らに点在している、規模としては中程度か。


 中央を歩けば当然見つかるので建物の裏へと回り、死角を利用してコソコソと進む。民家の密度が低いので、外に置かれている木箱や収穫用の籠等も伝って行く、村人が少ないのは助かる。時々通っていく人間達の隙を窺いつつ村の反対側を目指して行き順調に数軒分進む……と、ここで問題が発生、次までの物陰がかなり遠い。しかも前方には人間が数人立ち話をしているんだが、これ暫く動きそうに無いなぁ……所謂井戸端会議、おばちゃん達が談話を繰り広げてる。ここ過ぎれば村の外に行けるんだが。


 さて困ったな……全員こっち側向いてんなぁ……っておや?あれは荷車か?あたしが歩いて来た方角から牛が大きな台車を引っ張ってゆっくりこちらに向かってくる、この先は民家が一軒あるだけだが……あ、もしやこれ外に出てくのか?これは僥倖ぎょうこう、乗せてって貰おう……勝手にだけど。


 じーっと木箱の陰で待っていると、ガタゴト音を立てながら目の前にまで来た、御者台には麦わら帽子のオッサンが座って牛を操っている、今がチャンス!!

 通りすぎるタイミングを見計らって台車の後部へとよじ登る、移動速度は遅いので造作もない。台車には金属の容器が大量に積まれていた、これ中身牛乳かな?見付からないように容器の隙間にへと身を隠して座る。


 ふぅ……これで良しっと、後はこれに乗って出来る限り離れた場所まで移動しよう、出来れば人間があまり居ない所まで。ガタゴト揺れる荷車に揺られてあたしは外へと人知れず運ばれて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る