(11)

 ――「わたしは殺し屋だからさ」。


 ソガリからそんな告白を受けたが、次の日からはいつも通りの日常が戻ってきた。


 冒険者ギルドのギルドホール内でのいざこざなんてものは、日常茶飯事だ。


 冒険者などというものは荒くれ者が多いし、犯罪者とあまり変わりのないような連中もいる。


 そういったやつらが問題を起こすことは別におどろくほど珍しいことではない。


 だからカイがあの男に絡まれた一件なんて、次の日にはみんな忘れ去っている。


 カイ以外の、ギルド職員たちですらそうだ。


 だがその中にソガリが含まれているかどうかは、残念ながらカイにはわからなかった。


 ただ、あれからソガリがカイに絡んできたあの男を殺した様子はない。


 現に、あの男がスラム街で懲りずに飲んだくれをしているという情報をカイはつかんでいた。


 カイとて、ソガリの言い分――すなわち、「殺し屋」であるという言を頭から信じ込んだわけではなかった。


 けれどもソガリはくだらない嘘をつくようなタイプでもなかった。


 疑わしい気持ち、信じたくない気持ち、信じてしまいそうな気持ち――。


 その三つが、カイの中でぐるぐると渦を巻いているというのが、今の心境である。


 しかしソガリにはカイのそんな心境などわからないわけで、次の日にはカイが貸していた小説を返しにやってきた。


 いつも通りの笑顔を浮かべて。


 カイは、そんなソガリの笑顔がなんだか憎々しく見えてくる。


 「こっちは思い悩んでるっていうのに」――ということだ。


 けれども口に出さなければ、他人にとってそんな気持ちはないことと同じである。


 そしてカイはこんな「くだらない」感情を外に出すつもりは一切なかった。


 なのでソガリと共に先輩職員からちょっとした「お使い」を頼まれてしまっても、「現在彼女に複雑な感情を抱いており、あまり一緒にはいたくないんです」――などとは口が裂けても言えないわけである。


「思ったよりも回るところ多いし、ふた手にわかれよ! ぜんぶ回ったら大広場の噴水前で落ち合おう」


 なので、ソガリからそんな提案をされたとき、カイは内心で安堵した。


「変なヤツに絡まれないようにしろよ」

「大通りしか通らないから大丈夫!」


 安堵感から珍しくそんな言葉を口にしたカイだったが、ソガリはいつも通り元気よく返事をする。


 その言葉を聞き、カイも「なら大丈夫か」と納得した。


 迷宮都市は名の通り迷宮の出入り口を中心に発展したため、都市内の道は入り組んでおり、土地勘がなければ知らないうちに治安の悪い地域に足を踏み入れていた――ということも珍しくはない。


 ゆえにカイはまだ迷宮都市にきたばかりのソガリを、心配するような言葉をかけたのだが――。



 カイから少し離れた場所で、《六本指》の職員制服に身を包んだソガリが、冒険者と思しき複数人に絡まれている。


 なんとなくソガリを待たせたくないという気持ちで、大急ぎで「お使い」を終わらせたカイだったが、《六本指》のギルドホールとはほとんど目と鼻の先である大広場に向かえば、すでにソガリは噴水前にたたずんでいた。


 カイやソガリとはそう歳の変わらない、新米冒険者といった風体の人間たちと向き合っている姿は、すわナンパかと思えなくもない。


 だがカイが近づくにつれて耳に入ってきたやり取りから、ソガリがナンパされてるわけではないらしいということはわかった。


 よくよく見れば、お相手は男女混成パーティだ。


 だがみな一様に、ソガリに対していい感情を抱いていないことが見て取れた。


「――お前《六本指》にいるのかよ~。やっぱ金積んで入れてもらったの?」


 なにが面白いのか、げらげらと品のない笑いを上げる冒険者パーティに、そんな人間には慣れているカイも多少不愉快な気持ちにさせられた。


「実家が太いやつはいいよねー。人生楽勝でしょ?」

「そうだ、おれらが冒険者になったお祝いになんか買ってくれよ!」

「ソガリさんお金持ちの家の娘だもんねー。あ、でもママと血は繋がってないんだっけー?」

「それ言うなって!」


 下卑た笑いを隠そうともしない男女に、カイは段々と不愉快な気分が強まって行くのを感じた。


 だが、肝心のソガリはなぜか、ぼんやりと目の前にいる冒険者パーティを見ているだけだった。


「どうせ冒険者になれなくてギルド職員になったんだろ? お前、トロいもんな~」

「ギルドでも迷惑かけてんじゃない? そのうちクビになったりして!」

「いい噂聞かない《六本指》にしか入れなかったんだろ? ま、おれらは《熊羽織り》の公認パーティになれたんだけどな! 見ろよこの魔導石! 《熊羽織り》の公認パーティしか使えない貴重なアイテムで――」


 鼻の穴を大きくしていたリーダー格の男が、「あれ?」と声を出し、自慢げな顔から一転、あせった様子で腰元の鞄ウエストポーチを漁る。


「どうしたの?」

「あれ? あれ? おっかしいなー……」

「え? 失くしたとか?」

「そんなわけないだろ! たしかに鞄に入れて――」


「――捜してんのはコレか?」


 カイはソガリに絡んでいた冒険者たちの前で、右手首をぷらぷらと揺らす。


 その手の中には、先ほどリーダー格の男が自慢げに言っていた魔導石があった。

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