第4話
目を覚まし、顔を洗ってから窓の外を見ると、すぐ下にフェリックスがいた。お行儀よく座って、こちらを見上げている。窓の枠に両腕を置いて、しばらく彼を見下ろす。手を振ると、小首をかしげている。
「はは……本当に可愛いなあ」
姿や顔はとても厳めしくてカッコいいけれど、仕草が可愛いのだ。
人間の反応をよく見てる。
フェルディナントは、竜はとても記憶力がいいと言っていた。彼らは自分の名前もちゃんと覚えて認識するらしい。
「フェリックス」
試しに呼んでみると、「クゥ」と首を伸ばして明らかに返事をした。
かわいいなあ。
もっと触ってみたい。戦うための動物だから、愛玩動物のように変に慣らしては駄目だとフェルディナントは言っていたけれど、もうちょっと翼とか、尾とかを見てみたい。
いいって言ってくれるだろうか。
そう思って、部屋を出ようとすると、扉の下に手紙が置かれていた。
開いてみると、フェルディナントからで、先に街に行くことが書かれていた。
ここにいてくれても構わないし、街に行くなら騎士に送らせる、と彼らしい律儀さでそう書いてあった。昼には一度戻ると書いてあったので、それならそれまで、ここにいようかなあと思った。竜ももう少し見て、絵に描いてみたい。
もう一度、手紙を読み返す。
「……フレディってこういう字を書く人だったんだ」
初めて彼の字を見た。とても美しい字だ。彼は貴族だと言っていたから、こういう教育も家で受けたのだろうか。他人の字を知って、こんなに妙に嬉しい気持ちになるなんて初めてだ。たったそんなことで。
大切に手紙を畳んでポケットに入れておく。
部屋を出て一階へと降りて行った。そこはすぐに騎士たちの待機場所になっていた。丁度朝食を取るところらしい。いい匂いがした。
「おはようございます。ネーリ様」
下りてきたネーリに、騎士たちが立ち上がって挨拶をしてくれた。ネーリは慌てて下りて行って、頭を下げた。
「おはようございます。昨夜は泊めていただいて、すみませんでした」
「いいえ。団長から、街の治安が落ち着くまでは、こちらで過ごしていただくようにと説明を受けています。西の市街にもアトリエをお持ちだそうで、団長はネーリ様の身を案じておられました。どうぞお気になさらずお過ごしください。我々は団長の補佐官とその従者です。ネーリ様がおられる時には我々がお世話をさせていただきます」
「あ、は、はい。どうも……ありがとうございます」
あまりに丁重にされて、驚いてしまった。
「あのー……僕、ただの画家なので皆さんが『様』なんてつけなくていいですよ……むしろ僕が皆さんに様を付けなければならないと思うので……」
「いえ! 団長はネーリ様を客人としてもてなすように我々に命じられましたので、そのようにさせていただきます」
そうなんだ……とネーリは思った。
「あの……フレディ、……フェルディナント将軍は……手紙で、街に戻られたことは知っているんですが」
「はい。団長はすでに街に戻られました。しかし、特に騒ぎがなければ昼に戻られると聞きました。ネーリ様はお待ちになるようでしたら、こちらでお過ごしください。街に戻られる場合は我々に言っていただければ、いつでもお送りいたしますので」
「そうですか……、あの……ここでフェルディナント将軍を待っててもいいでしょうか?」
ネーリがそう言うと、彼らは頷く。
「どうぞ! 今から朝食なのです。部屋にお届けしようと思っていたのですが……」
「ありがとうございます。ここで皆さんと一緒にいただいてもよろしいですか?」
「勿論です。こちらにどうぞ、我々の作ったもので申し訳ないですが」
「みなさんが作ったんですか?」
焼きたてのパンが丁度持って来られる。
「最初、騎士館には料理を作ってくれる女性も、世話係の女性もいたんですが、竜が恐ろしいと辞めてしまったんです」
「えっ? そ、そうなんですか?」
美味しそ~と目の前に持ってこられたホカホカのパンに目を輝かせたネーリが、彼らの話に悲しい顔になる。軍人たちは慌てて首を振った。
「い、いえ。いいんです。大概の女性の反応はそうです。気持ちは分かります。竜とは、可愛い動物ではないですからね」
「かわいい動物じゃない……」
そう呟いて、気配を感じ後ろを振り向くと、空いた窓からフェリックスが首を伸ばして中を覗いている。ネーリは吹き出してしまった。本当に犬みたいな子だ。
「ぼくはあの子、仕草が可愛くて好きだけど」
「フェリックスは隊長騎ですが、一番若くて好奇心旺盛なのです。とはいえ、団長とのこういった遠征先では非常に集中して気位の高い所を見せるのですが……驚いたな。本当に貴方に興味があるみたいだ」
騎士たちはネーリに興味津々の様子のフェリックスを見て全員目を丸くしていた。
「美味しそうなパンだよー 君も食べる?」
ネーリが丸いパンを手に取ってフェリックスに見せると、彼はパカッと口を開けてみせた。騎士たちは驚いたが、思わず笑い声を出した。
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