創作短編集

羽柄 雷乃介

月下の街を走る

※見た夢をそのまま少しの脚色を加えてお話に仕上げました。

どうぞゆるりとご覧ください。






ただひたすらに君の背中を追っていた。


―雑多なバラック、煌びやかな光が躍る小さな店たち。古びた石畳は波立つようにうねり、坂道が街の下へ続く。

自分よりも少し大きめの、目の前を走っている人。

姿をすっぽりと包んでいる黒い外套がひらりひらりと舞い、僕は必死でその影を追っていた。

何故かはわからないけれど少しでもそばに居たくて、足を急がせた。

君を見失ったら、僕はもうここで終わってしまうのだと僕の中の何かがそう感じていた。


君はたまに振り返って笑いかけてくれたり、おどけたようにくるりと回転したりしながらも止まる事はなく走っていく。僕は必死にその姿を追って走るしかできなかった。

僕は胸に何かを抱いていた。とても大切な、だけど何なのかは忘れてしまった何か。

見ようとは思えなくて、そんな気も回らなくて。思えばなぜ君とここに来ていたのか、なぜ追いかけっこのように今走っているかも忘れてしまった。とにかく君を追うのに必死だった。


―それでもとうとう見失ってしまった。

この視界一杯を埋め尽くすような大きな月の下、壊れてしまった高い建物が乱立する暗い石畳の通りの角で。

角の先に続く道の先はさらに暗い、もっと下の方へゆっくりとした坂になって続いているようだった。


僕は一人でたたずむしかなかった。その先へ何も考えずにひたすら追えば良かったのだろうが、足を止めてしまった今は何も思いつかなかった。

見上げれば、廃墟の間にかけられた紐や鉄骨のようなものが月の光に照らされて逆光になったのだろう、色とりどりなはずのそれらは全てが黒く見えた。


再び気がつけば見上げていたうちのどれか、飛びぬけて頭が空へ出ていた高い建物に居た。

冷たいコンクリートの壁は無惨にも大きな風穴が出来ていて、そこからぽっかりとあの大きな月がこちらを見ている。

じゃり、と一歩前に出て下を覗けば街を一望できた。ひょう、と夜の空気を孕んだ風が僕の頬を撫でていく。


不思議と怖くなかった。

君が見えないのに。側にいないのに、見失ったのに。

抱いている何かをぎゅっと抱きしめて、僕は笑った。

笑って、飛んだ。


地面に落ちるかと思った意識はベッドの上で覚醒した。

見えるのはベージュの天井。

ぼうっとしている間もなく、外から声がした。

慌てて跳ね起きると色々ひっつかんで部屋の外へ駆け出していく。


ああ、あれは「また」夢だったんだな。

追いかけていた君は、一体どこの誰なのだろうか。

いつか追いつけることができたのなら。

名前を問おう。抱いていたものも、その時ならわかる気がするから。





end




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創作短編集 羽柄 雷乃介 @seeker_reaf9

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