無能すぎて200以上のパーティーをクビになった男、ドМ過ぎて最強のタンクになる

忍者の佐藤

第1話

 ある冒険者ギルド『風の牙』にドグという男がいた。

 齢30を超えて定職に就くわけでもなく、だからといって一匹オオカミのような有能かと言えば全く違う。


 むしろ一匹の子羊にさえタイマンであの世に直葬されそうな勢いで弱かった。ステータスを確認すると一目瞭然で、攻撃防御スピード全て初期値の「1」だった。彼がこのギルドに所属した12年前からずっと変わらない。

 動かざるごと山のごとし。


 一応ドグは『双剣使い』ではあるものの、あまりに弱いので誰も彼をパーティーに入れたがらなかった。弱いだけなら荷物持ちとか、その他雑用は出来そうだが、ドグはどの方面にも役立たずっぷりを遺憾なく発揮した。


 あるパーティーが荷物持ちとして彼をダンジョンに連れて行ったことがあるのだが、ドグはナメクジのように足が遅く、お姫様のように非力で、尚且つ方向音痴という、荷物持ちには圧倒的に向かない3ポイントシュートを軽々と決めてきた。


 中でも方向音痴にかけては天賦の才があり、目を離したすきに流れ星のような儚さで消えそうになる彼を、メンバー達は常に監視しておかねばならなかった。


 そのため荷物持ちに雇ったはずのドグ(30過歳ぎ、無職)の荷物を持ちながら警護もしながら攻略するという、よく分からない逆姫プレイの縛り状態に陥っていた。


 それ以前にも加入したパーティーは数知れず、彼がクビになったパーティーは200を超えると言われており、この数字は無論圧倒的一位。もう決して抜かれることのない燦然と輝くクソとして長く語り継がれるのであった。

 おわり

 いや嘘です。まだ続きます。


 とにかくドグは伝説級に役立たずのおっさんと言われ、ギルドメンバー達から嘲笑されていた。

 しかしそんな事などどこ吹く風か、当の本人は朝から晩まで酒場に入り浸り、隅っこでチビチビとグラスを傾けている。

 中身は入っていない。朝から晩まで空気の味を嗜む彼は空気ソムリエと呼べるのかもしれない。酸素の味とか知ってそうである。


「やれやれ、今日も助っ人の依頼0か」

 無駄に低い声で独り言を言い、ドグは席を立った。

 無論、依頼など来るはずもない。かれこれ367日連続0である。いや当たり前だろ間抜けとツッコミたいところだが、ドグはギルドの掲示板に「メンバー募集」の張り紙を出している。


「200ものパーティーで培った経験で、君の役に立とう。依頼一つにつき俺の分け前は報酬の1割で構わない」


 と何故か上から目線の張り紙は,

 既に落書きされまくって、黒々と呪いの書みたいになっていて、特にドグ本人の似顔絵が描かれた箇所は目、鼻、口、と正中線を通った人体の急所をぶっすぶすにピンと釘で刺されていた。最早殺意である。

 しかし当のドグはそんな自分の依頼書を見ても「やれやれ」と肩をすくめるだけだった。


 話を戻すが、当然誰もドグに助っ人依頼を出そうという自殺行為と慈善事業をマルチタスクでこなす(大まぬけ)パーティーなど無い。彼が「永遠の0」の称号をほしいままし続けるだろうと誰もが思っていた。

 その時である。

「なあ、依頼書を見たんだが」

 不意に一人の女が話しかけてきた。腰に剣を佩き、精悍な顔つきだが、にこやかな笑顔をドグに向けてくる。

 酒場を出かけていたドグは再び席に座り直し、腕組みをして顎を乗せ

「ーー聞こうか」

 と例の無駄に低い声で言った。

「ウエイトレス、このお嬢さんに好きな飲み物を、俺にはビールを」

 更に無駄に低い声で呼びかけるドグ。

「奢ってくれるの?」

 目を丸くする剣士にドグは軽く笑った。

「後で母ちゃんに金借りてくる」

「あ、私が払うよ……」



 ドグに話しかけてきた剣士の名前はローズと言い、プラチナ級冒険者としてパーティーメンバーを率いているそうだ。ちなみに冒険者のランクは低い方からアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスターとなっている。

 そして彼女は、今度新しく見つかったダンジョンの攻略に乗り出すというのだ。既に一部の冒険者が地下一階層を探索してみたところ、雑魚モンスターしか出てこなかった。だから恐らく初心者向けのダンジョンだろうという話だ。


 その真新しいダンジョンを一番乗りで最下層まで攻略して名を上げる、というのが彼女の目標だった。しかし一つ問題があった。ダンジョン攻略には

「パーティーメンバーは4人以上でなければならない」

 という条件があったからだ。ローズのパーティーには他に魔導士、弓使いの計3人しかいなかった。そこでドグに白羽の矢が立ったのだが……無論、彼女も最初からドグを仲間にしようなどと、とち狂った計画を立てていたわけではない。


 残念なことに、現在他の冒険者たちは全員何かしらの依頼に出ており、まるで弁当箱の隅に一粒だけ残るご飯粒のように残っていたのが、このドグだったのだ。




 こうしてローズ、魔導士、弓使い、ドグの四人はダンジョン攻略に乗り出した。ドグがこの任務で与えられた役割、それは

「何もしない」

 ことであった。


 ドグは伊達に200ものパーティーをクビになっていない。パーティーをクビになるごとに、一つ、また一つと不名誉な武勇伝が増えていく。

 それは毎晩酒の肴として酒場を大いに盛り上げることに貢献しているわけだが、彼にはどんな役割を与えてもこなせないという鋼の証左でもある。


 無論ローズもこのことは耳にタコが出来るくらい聞いているので、1を求めて-100になるくらいなら、最初から0、つまり何もしないでいてもらおうと思ったのだ。



 ダンジョン攻略は順調に進んでいた。雑魚モンスターを倒しながら無難に階層を下がっていき、やがて3階層までやってきた。勿論ドグは何もしなかった。一度も戦闘に参加しないどころか、荷物も持たず、本当にただダンジョンを徘徊していただけだった。


「意外と余裕じゃないですか。このまま最下層まで行けるかもしれませんよ」

 魔導士のワイズが言った。

「おいおい、気を抜くのはお前の悪い癖だぞ」

 最後尾を歩くドグがワイズをたしなめる。

 ちなみにドグとワイズが言葉を交わしたのはこれが最初である。ドグは天性の馴れ馴れしさを持っていた。


 ワイズは温厚な男だ。普段から怒ることなど皆無だが、この時ワイズの頭の血管が一気に100個破裂しそうになるくらいピキッていた。他の誰かに言われてもスルーしただろううが、相手は「あの」ドグである。

 ワイズは今にも怒りが爆発しそうになるのをぐっと堪えて、

「いやあなた今まで歩いてただけじゃないですか。あと今日初めて会ったのに何でそんな旧友みたいな言い方が出来るんですか」

 と早口でまくし立てた。


「喧嘩、良くない」

 弓使いのエルフ、ミーナがぼそりと仲裁に入ったので、ワイズは一呼吸おいて落ち着いた。

「確かにちょっと気を抜いていたのは事実かも知れません。でもここまで雑魚しか出て来ていませんし、ここはどう見ても初級者用ダンジョンです。僕たちの実力なら攻略は簡単でしょう」

 ワイズが眼鏡をくいっと上げて、言い終わるか終わらないかの時

「待て」

 ローズの鋭い声が飛んだ。前方から、何か禍々しい気配がする。


 一同が身構える。

 緊張が走った。

 気配は近付いてくる。その邪悪さに肌がひりつく程だった。

「なあんだ、また弱そうな冒険者ばっか」


 気配の主はつまらなそうにため息をついた。

 近付いてきていたのは女型のモンスター……だった。頭には二本の角、背中からはコウモリのような羽が生え、体を覆う衣服は薄く、まるで男を誘惑するサキュバスのようだった。

「私はローズ、このダンジョンを攻略しに来た。君は誰だ?」

「私? ヴィーネ。一応魔王軍の一員。今は暇つぶしにここで冒険者狩りをしてるところにあんたたちが来たってわけ」


 ヴィーネと名乗ったモンスターはにやりと笑った。

 緊張が張り詰めていく。魔王軍と言えば、長い間人間たちと戦争状態にある魔族たちの軍団である。その残虐さはギルドメンバーの誰もが知っているところだった。


 しかもこのモンスター、恐らくかなり強い。冒険者の勘がローズにそう告げていた。

「話は通じるようだから一応交渉してみるが……退いてくれないか? 私達はダンジョン攻略をしに来たんだ」

 ローズは剣の柄に手を掛けたまま言った。

「嫌、って言ったら?」

 女型のモンスターは不気味に笑う。


 その瞬間、モンスターの手から紫色を帯びた電気の柱が立ち上った。薄暗かったダンジョン内をバチンと照らす。


 武器を構える三人。

 ワイズは呪文を唱え、ミーナは弓を引き絞り、そしてローズは剣を構えて突進する。

 鋭い踏み込みから、彼女の剣が、敵の心臓めがけて貫かれる。


 いや、一瞬で躱された。

 翼でふわりと浮いた敵の体目掛けて、今度はミーナの弓が三本同時に襲いかかる。しかし女型のモンスターが手で軽く振り払っただけで、全て折れてしまった。

 間髪入れず、今度はワイズの炎魔法が直撃した。火柱と爆発音、そして煙が立ち上る。

「やったか!?」


 徐々に煙が晴れていくのと同時に、三人の表情は曇った。

「はあ、これが全力?」

 女型のモンスター、ヴィーネはつまらなそうに降りてくる。まるでダメージを食らった様子が無いではないか。

「そ、そんな、僕のファイヤーグレネードが効かない……?」

 ワイズは愕然とした。


「さて」

 モンスターは再び、右手から電気の柱を立ち上らせた。バチン、バチンと弾ける電流は、それに触れたらどうなるか、を如実に警告しているようだ。

「次は私の番ね」

 次の瞬間、ヴィーネの右手から電撃が飛び、三人を襲った。瞬きする間も無いほどの一瞬だった。

「うわあああああ!」

 あまりの衝撃と痛みに、三人は苦痛の悲鳴を上げ、その場に倒れ込んでしまった。

「え、これで終わり? 流石に弱すぎでしょ」

 ヴィーネは笑いながら近付いてくる。

 体は電撃で痺れて体が動かない。逃げることも叶わない。


 ヴィーネが再び、電撃を右手にため始めた。トドメを刺す気だ。ローズは必死に体を動かそうとした。しかし、言うことを聞かない。ここで終わるのか。私の下らない野心のせいで、他の二人も巻き添えにしてしまうのか。嫌だ! 誰か、誰か助けてくれ……!


「じゃ、これで終わりっと」

「待て」

 ヴィーネが手を振り上げようとした時、無駄に低い声で誰かが制止した。ローズのすぐ横を、革靴の音が通り過ぎていく。

「もう勝負はついただろう。帰れ」

 そう、この無駄に上から目線の低い声、ドグである。

「おっさん誰?」

「おっさんじゃない、アラサーだ」


 ドグはおっさんと呼ばれることに敏感なお年頃だった。

「ドグ、お前じゃ勝てない!」

 ローズがうつ伏せの状態で何とか叫んだ。

「そうですよ! 戦うよりも、このことをギルドの人達に知らせてきて下さい!」

「お腹空いた……」

 三人とも口は悪くともドグのことを心配していた。しかしドグは引かず、ヴィーネの顔をじっと見つめている。

「死にたいの?」

「やれるもんなら、やってみろ」


 ドグが腰の双剣を抜いた瞬間、敵の電撃が襲いかかった。雷が間近に落ちたかと思うほどの轟音と、凄まじい発光は目がくらむほどで、彼を襲った衝撃がどの程度か容易に想像出来た。


 土煙が立ち上る中三人は目を背けた。どう考えても、の殺意マシマシの攻撃を食らったドグが生きているわけがないと思ったからだ。

 やがて視界が晴れ、ドグの姿が確認できた時三人は目を見開いた。


 先程と同じ位置に、ドグの背中があったからである。

「そんなものか?」

 ドグが平然と言葉を発したので三人は更に驚き、目を見合わせた。一体何が起こってるのか理解できなかった。


「ふん、一発耐えたくらいで良い気にならないでよ!」

 予想外だったのはヴィーネも同じだったようで、先程より直径の大きな雷の柱が、彼女の両手で渦巻いている。

「死ね」


 ヴィーネの声と共に発射された電撃が再びドグを襲う! とてつもないエネルギーに耐えかねたのか、ダンジョンが揺れ、天井の一部が崩落してくる。あまりの衝撃と光に目も開けていられない程だ。やがて、音が収まり、ワイズが目を開ける。

 彼は自分が見ているものが現実なのかそうでないのか、非常に混乱していた。確かに先程致死量を大幅に上回る電撃がドグを襲った。しかし……。

 ドグの背中はやはりそこにあった。

「まさか」


 ワイズは鑑定魔法を使い、ドグのステータス画面を開いた。もしかすると、耐久系の隠れチートスキル持ちなのではないかと考えたからだ。いや、そうでないとこの状況を説明することが出来ない。しかし、オープンされたドグのステータスは予想に反するものだった。


 攻撃力:1

 防御力:1

 魔法攻撃:1

 魔法防御:1

 スピード:うんち

 うんち:うんち


 どう見ても最低ランクのステータスだ。隠れチートスキルも見当たらない。じゃあ、一体どうして……。ワイズは混乱した。

 もうお分かりだろう。

 ドグには敵の攻撃を耐えるための、ある特性を持っている。

 そう、彼は……


 真

 正

 の

 ドM だったのである。



「くっ、舐めるな!」

 ヴィーネは更なる攻撃をドグに加える!

 余りの強烈さに、流石のドグも叫び声を上げる。


「ああああああああああ!!!

 あああああああ!

 ああああああああああ!!!」!」




 その姿にローズは歯を食いしばった。初めて、ドグの背中が大きく見えていた。

「あいつ……あんなに苦しみに叫びながら……!」


 喜びの声である。


 しかしドグの行動に奮い立ったローズは気力で立ち上がった。呼応するように他の二人も、よろめきながら上体を起こす。

「ドグ! 私達も戦うぞ!」


 するとドグは振り返り、鬼の形相で言った。

「やめろ! お前らは手を出すな!」


 ドグはご褒美は独り占めしたいタイプの変態だった。


 ドグの言動を勝手に利他的だと解釈したローズは胸が熱くなって、今にも泣きそうだった。

「くっ、あいつ、私達を庇うために憎まれ口を……!」


 違う。


「くたばれ!」

 ヴィーネは更に電撃を浴びせかけてくる。

「オホーっ!!!!!!!」

 ドグは歓喜の声をあげながら耐え続けている。

 ヴィーネの額に脂汗が滲んでいる。

「くっ、こいつ何故私の攻撃が効かない!?」


 逆である。めちゃくちゃ効いているのである。



 怯んでいるヴィーネをドグは煽るように叫ぶ。

「ほら来いよ! もっとこいよ! ほらほら!」


 ドグは欲しがり屋さんだった


 自分の全力の攻撃を受けながら、立っているだけならまだしも、ドグは徐々に近付いてくる。ヴィーネは生まれて初めての恐怖を感じていた。

(まさかこいつ……魔王様が言っていた伝説の勇者なのでは……?)


 違う。


「くっ、覚えていろ!」

 と吐き捨て、ヴィーネはダンジョンの奥に姿を消した。一旦、戦略を変える必要があると考えたようだ。

「おいおい、これで終わりか?」

 ドグは服についたホコリを払いながら言った。彼にとっては物足りない刺激だったらしい。


「ドグ! 大丈夫か!」

 そんな彼に、メンバー達が駆け寄ってくる。当初の「何でこんな役立たずをパーティーに入れるんだ」的な雰囲気は既に無く、全員が心からドグのことを心配してるいるようだった。

 その時である。


 ズシン、ズシン、とダンジョンの奥から地響きがし始めた。

「また何か来るぞ!」

 とローズが言ったのとほぼ同時に、鉄の棍棒を持った、巨大なオークがぬうっと、姿を表した。

「すまんドグ、話は後だ、もう一戦行けるか!?」

 急いで体制を立て直すパーティーメンバーたち。ドグはオークのあまりの巨大さに、流石に驚いたのか口をぽっかり開けていた。

 しかしすぐにオークを睨みつけ、言った。

「イケる!!!!!!!」


 ドグは両刀使いだった。


 こうしてドグはメイン盾として、大活躍することになるのだが、それはまだ先の話。

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