第3話

 幼女になってから数日が経った。


 名前はどうやら日宮ヒノミヤ ホドというらしく、元々持っていた記憶もだいぶ定着してきた。


「うーん、どうすっか……パソコンとか色々無いとできないしなあ」


 小さな手で机の上のノートにペンを走らせながら、ひとり愚痴る。

 前世ではお金もあったけど、今はこんな状態だから親に買ってもらうしか手段が無い。


 記憶には俺の親は二人とも激甘らしいから、お願いすればいけるか?


「……うーん、どう言えばいいんだ?」


 もうすぐ両親が帰ってくる時間。

 まだこの体にも慣れてない気持ちが残る一方で、早くあのゲームの世界に戻りたくてたまらない。


 そのために必要な道具、それはもちろん、最新のパソコンだ。

 できれば高スペックなやつ!


 ゲームをやるにはまずは環境を整えないといけない。

 それにしても、子供の身分でどうやって言いくるめるかが問題だ。


「……よし、行くしかない!」


 親が帰宅する時間を見計らって、俺は思い切ってリビングに向かう。

 ドアを開けると、母親がソファに座っていた。


「あれ、どうしたの?」


「うん、特に何も……あ、あのさ、パソコンって買ってもらえないかな?」


 母親は驚いたようにこちらを見つめ、次に少し考え込みながら答える。


「パソコン? どうしてまた急に?」


「いや、なんか……遊びたいゲームがあるんだよ。パソコンでしかできないやつなんだ」


 言い訳にしては、ちょっと弱い気もするけれど、どうにか説得しないと。


 母親がしばらく黙って考え込んだ後、ようやく口を開く。


「わかったわ。でも、ちゃんと勉強して、何か成果を出したらね。それなら、お父さんもゲーム好きだし、説得してパソコンくらい買ってあげる」


「ほんと!? ありがとう!」


 母親の答えに、思わず声が弾んでしまう。


 もちろん、これからも勉強はしっかりやらなきゃならないけど、一応塾講師もしてたから、小学校低学年ぐらいの勉強だったら難なく行けるはず。


 どうにかして環境は整えられそう。



 

 数日後、無事にパソコン環境が整った。

 驚くべき速さで買ってくれた両親には感謝しきれない。

 だが、その勢いに少し不安も感じる。


「あのバカ親二人、なんかすっごい心配だけど……」


 俺がもともといい子じゃなければ相当甘やかして凄まじい人格が形成されるんじゃないかと思うと冷や冷やものである。


 確かに言えば買ってくれるのは嬉しい。

 

 すごい嬉しいけど……


 ほんと大丈夫かなあの親。


「まあでも、良しとするか。オレがちゃんとすればいい話だし」


 


 とりあえず――まず、ゲームを始めるには、まずは配信の準備からかな。


「うん、これでいいはず」


 パソコンを立ち上げ、配信用のソフトをインストールする。

 手慣れた操作で進めていくと、どんどんと自分が本来いた場所に戻ってきた感覚がする。


 昔はちょこっと配信してチーター虐めしてたっけ……


「よしっと設定完了!」


 最初の配信準備が整った。後は、インストールした『翠雪華:SUISETTKA』を立ち上げて、それをひたすら配信するだけ。


 一応年齢制限十六歳以上だけど……

 まあこれ推奨だし、いいか。


「最初は慣れるために少しだけ配信してみますか」


 とりあえず、少しだけ放送してみることにした。

 あまり過剰にやりすぎないようにして、リラックスしながらゲームを始める。


 その瞬間、画面越しに感じたあの「ゲーム世界」に引き込まれる感覚。俺の求めていたもの。


「よし、行こう!」


 キャラクリは盛大に可愛くカスタムしてっと……


 素性は……色々あるけど、傭兵でいいか。

 全体的にバランスいいステータス配分だし。


 キャラクターが動き出し、ゲームの世界が広がる。


「雪……か」


 雪が降り積もったボロボロの神社の一角で目を覚ます。

 

「にしてもグラフィック綺麗だな……モーションとかもぬるぬる動くし、感度も良高。一応設定いじるか」


 メニューを開いて色々と設定を微調整する。

 BGMが心地良すぎてすごいこれ……



 :こんにちは!

 :配信に興味が湧いたのできました!



「お、いらっしゃい」



 :すごい可愛い声してる

 :透き通るかんじありすぎてやばい



「ありがと……でもまあ、多分これから最初のボス戦だからお待ちを」


 神社の階段を上がると、ひらけた場所に出てきた。

 そこだけ何故か花が咲き、蔦のように絡まる一人の巨人が、納刀して此方を待ち構えていた。


『汝……良き目だ。私を、超えて見せてくれ』


 低音ボイスでそう告げた瞬間。

 そいつが刀を――抜き一閃。


 

 毎度お馴染み、初見殺しか……

 普通の初心者じゃ対処できんぞこれ。



 :うわ、いまのパリィする!?

 :普通このボス、最初に戦わないはずなんですけど!?


「あ、そうなの?」


 しれっとパリィからカウンター『合わせ』を入れ込む。


 操作的にはいつもどおり、視れば・・・対応できる範疇だ。


 それにしてもこれだけで大きく削れるな。

 このボス、体力はなさそう。


『この曇天を、この降り頻る雪を……晴らす良き剣士だ。だから……魅せてくれ』


「よし、受けて立とう!」


 がなり声で受けて立つ。


 こいつのモーション攻撃は主に三つ。

 納刀時、ボスから離れようとすると、一気に距離を詰め一閃してくる攻撃。


 そして、接近時、二回振り回してくる多段斬り。


 最後に一瞬で跳躍からの突攻撃。



 動作確認も兼ねてる最初のボスにしてはあまりにも強すぎる設計。

 これあれだ……

 本来なら最初にどこかに逃げるパターンだ。


 だがそれはつまらん。

 真っ向からねじ伏せる。



『嗚呼……』


 言葉が耳に入るたびに、戦闘の熱が高まる。ボスが自分の攻撃を受け止めるたび、ますますその熱量が伝わってくる。


「うん、こいつ、良ボスだな。なかなか楽しませてくれる」


 攻撃の手を緩めず、反撃のタイミングを見計らっていく。

 視覚、感覚、そしてゲームのすべてを使って、ボスを一気に追い込んでいった。


「これで、次はどうかな?」


 そして、ボスがついに膝をつく。少し息をつき、そして画面の前で満足げに笑う。



 :回避使わずに避けるのうますぎるだろ!?

 :うわ、いまのパリィま? それ取れんの!?



『汝、汝……汝! 嗚呼、良か……良か。良か! 良き剣士。良き闘志。私を、超える……逸材よ……』


 ボスが最後に告げる言葉を聞きながら、少しの間、その余韻に浸る。


 嗚呼そうかよ。

 中々あんたも、良いボスだ。



「また、遊ぼう」

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