無名生徒Bの魔術道

@tendoncha115

第1話 無名、入学

今でも山を見ると、かつての故郷を思い出す。

そして、故郷や家族をどこかに葬り去った、5年前の《あの日》が、脳裏によぎる。

終着駅で電車を降り、駅を出て山道を歩いた。

メモ通りに道を進んでいくと、コンクリート舗装されていた道は、

いつの間にか土の道になっていた。

本当に道が合っているのかと疑ったものの、昔から迷っても戻って来れる自信はあるので、そのまま歩いてみることにした。

すると、歩いて20分程経っただろうか、大きな金属の扉に突き当たった。

周りのコンクリート製らしき建造物はつるに絡まれ苔が生えていたが、

この鉄扉だけは新品のように輝いている。

まるでたった今そこに現れたかのようだった。

また、その銀灰色の面には、黒光りする塗料で大きく1つの魔法陣が描かれていた。

直感的に、手で魔法陣に触れてみた……何も起こらない。

諦めて手を離したその時、手と扉の間に、一筋の青い閃光が静かに走った。

「そうか、俺には魔法があるんだった」

手を扉にかざし、今度は5cm程間を開けて止める。

今、体を巡る血液のように、全身にエネルギーを感じる。

心臓から肩へ、腕をつたい、指先まで。

宇宙の根源の力、《マナ》が、魔法が、流れる。

目を開けた時にはもう扉は空いていた。

魔法陣がわずかに蒼く光っている。

「御入学、おめでとうございます」

「「「おめでとー」」」

先生や先輩らしき生徒たち十数名にありがたく迎えられた。

山森にひっそりと有るこの扉の先には、広い緑の草原が広がっていた。

どうやら扉の先は異空間に繋がっているらしい。

奥に見えるあの建物が校舎だろう。

中に入ってみれば、他の扉から次々と他の新入生たちが入ってくるのが見えた。

ここからまた、物語が始まるのだろう。




——入学から3週間程が経過したある日のことだ。

俺は外出許可証を提出し、海沿いの夕暮を訪れていた。

見渡せばその限り、カップルやら夫婦が仲が良さそうにゆったりと歩いていた。

最近は独学の知識量から一気に跳ね上がった高校レベルの魔術の勉強に、

このごろは追われてばかりだったので気休めに来たのだが。

…これでは気が休まり切らない、そう思い、駅へ歩み始めた時だ。

横を、5cm程背の低い、1人の少女が通り過ぎていった。

どこにでもいる、ただの少女、しかし、俺の中の何かが高ぶった。

鼓動が肋骨を割らんと強まる…

硬直する首を無理やり動かし振り返ると、彼女はそこにいた。

彼女もまた、こちらを振り返っていた。目元に微かな涙を浮かべて。

「…お兄ちゃん、、!」

そう、彼女は、一振 美桜は、他でも無い、5年前に失ったはずの妹だった。

「美桜…!」

抱きついてきた美桜に俺も応えた。

冷たい夜の中、胸が熱くなった。それは美桜の体温だろうか、感動だろうか。

肩が濡れていることに気がついた。美桜の涙が服に模様を残す。

「泣くなよ美桜、お前は強いんだから」

「そういうお兄ちゃんだって」

頬を拭った指が濡れた。いつのまにか泣いていたらしい。

「あーあ、これじゃ服がびっしょりだな」

冗談混じりにそう言ってやったが、美桜はさらに力を強めた。

思えば、美桜はとても強くなった。

記憶の中のか弱い美桜は、今ではずっとたくましくなり、

ふっくらとしていた顔も今では凛としている。

「……待たせたな、美桜」

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