第2話 国営農場エリア
日本には国営農場がある。
国営農場の主旨は、生活保護者を無くす。高齢者の雇用促進など人々の雇用と衣食住を保証する。その受け皿として国営農場が生まれた。
その為、国営農場では生産性は求められない。単純に、働けば生活が出来、食べていける。衣食住は最低限約束される。それが全国の過疎地に展開する国営農場の理念である。
それは、ある意味、国が作った自給自足の農村地とも言っていいだろう。
定職につけない人、特に年配の人や身寄りのないお年寄りにとっては、ここに住んで働けば生活に困窮することなく衣食住が保障され生きていける。しかも、生産性は求められない。自分のペースで働けるとあって、この国営農場を楽園と呼ぶ人もいた。
政府にとっても、ただ都会で生活保護が必要な人に給付金を出すよりも、生活保護の役割はなしている国営農場に住んで働いてもらえば財政負担の軽減にも繋がり、また過疎地農村の耕作放棄地を有効活用できる。
一石二鳥の国策として国営農場は一応、国民の信託を得ていた。
国営農場は地方の過疎化が進む農村地域に点在するように国営農場は存在し、エリアに区分けされている。エリアはエリアAからZの二十六地点ある。そして、一つの国営農場エリアには大体、二十人から三十人ぐらいが住んで働いている。
各国営農場エリアは生活向上庁の管理下に置かれ運営されている。
生産性は求められてはいないが政府にも考えはある。
国営農場で生産されたものは民間企業で加工され病院、学校給食や老人ホームに供給したり、都心部にいる生活保護を必要とする人へ供給したり、災害時や緊急時の食料物資、海外への食糧支援物資と用途は多岐にわたる。
それを各過疎地に点在するエリアを大いに活用したい政府の思惑もある。
しかし、あくまでも生活保護を必要とする人々の雇用と衣食住の保証。政府が運営する弱者救済の受け皿というスタンスに変わりはない。
故に、国営農場に身を寄せる人々は国の方針通り定職につけない人、生活保護を必要とする人、身寄りのない年配の人がほとんどで、若くても四十代から五十代。大部分が六十代から七十代である。
その中には六十代、七十代の親を持つ子供が両親が心配で国営農場で一緒に働いたり、両親の介護をするために国営農場に移り住み、親の介護をしながら国営農場で働くという訳アリの人も多い。
子供といっても四十代後半から五十代がほとんど。
二十代、三十代の若者は田舎を好まず、夢を抱いて都心部に出て行ってしまう。
いつの世も若者というのは得てしてそういうものなのかもしれない。
国営農場に身を寄せている高齢者も若かりし頃は、若者と同じように行動した者は多い。
夢を抱き、都会での成功を夢見たが、夢叶わず、都会を離れ、田舎に移り住みエリアで働くようになった人。
都会になじめず、喧騒を離れ、エリアで働くようになった人。
職場の人間関係になじめず心を病んでエリアに来た人。
体を壊し、療養も兼ねてエリアに身を寄せる人。
中には国営農場に住んで働けば衣食住は保障されるという安定を求めて好んで移り住んだ人もいる。
いろんな事情を持った人たちがエリアでは働いている。
故に、お互いが身の上を話すこともなければ、込み入ったことを聞くこともない。
お互い干渉しないというのがここで生きる人たちの不文律。
分けあってエリアに身を寄せる中高年層が働くエリアの中でエリアSにいる中原夏樹と樋口雅の存在は明らかに浮いていた。
中原夏樹と樋口雅は共に二十二歳と全国に点在するエリアの中でも明らかに若い。
普通の若者なら間違いなく都会に出て行く年齢。
農家の後継ぎや企業が運営する農場なら兎も角、生活保護の役割をなす国営農場で働くというのはまず見受けられない。
そんな若い二人がエリアSで働くには訳がある。
夏樹は心臓を患っている母の看病のためにこのエリアで働いている。夏樹が幼い頃、病弱だった母の療養も兼ねて父と一緒に家族で東京からエリアSに移り住んだ。
しかし、夏樹が高校生のときに父が脳梗塞で急死。
夏樹親子には頼る身寄りもなく、そのままエリアに留まり、夏樹は高校を卒業するとそのままエリアで母の看病をしながら働くようになった。
そんな夏樹の母、美和子は口癖のように呟いた。
「私のために夏樹の未来を奪うのは嫌だわ。私のことはほっといて、皆と同じように都会に行きなさい。私はここで何とかやっていけるから」
「幸せに暮らせるのなら、田舎も都会も関係ないよ」
夏樹も母の傍にいて母の負担を軽減させることが何よりのクスリだと思っていた。
そんな夏樹の優しさに美和子はありがたく思うもやはり申し訳ないと口癖のように「お父さんが生きていれば」と言った。
しかし、夏樹にはこのエリアSに留まる理由は他にもあった。
雅の存在である。
夏樹と雅は夏樹が幼い頃、エリアSに移り住んだときからの付き合いだった。
学校も生徒は少なく、リモート教育ということもあって自然と同じ年齢の夏樹と雅は付き合うようになっていた。
雅は子供のころから抜きんでて可愛かった。
「雅ちゃんなら、将来、女優さんになれる」と言われていた。
しかし、雅は高校を卒業するも都会に出ることなくエリアSに留まって働くようになった。雅ほどの美貌があれば都会に出ればなんぼでもいい職業につけるとエリアSの人は事あるごとに言うも、家庭の事情でこのエリアSに留まっていた。
どんな事情かは後々述べるとしよう。
兎に角、夏樹は雅がエリアSに留まっている以上、夏樹もここを離れる気にはなれなかった。
美和子もそれは薄々分かっていた。
「二人で都会に行きなさい」
しかし、雅は家庭の事情で都会には行けない。
雅は夏樹だけでも都会へ行くようにと別れ話をよく切り出した。
「お母さんの言う通り、夏樹だけでも都会に行って。都会に出ればきっと良い人に出会うわ」
「雅がいるところが俺がいたいところだ。俺の住みたい場所だよ」
夏樹は雅から別れなかった。
夏樹が雅にゾッコンなのだ。
そうして夏樹と雅は、このエリアSに住み続け働くようになっていた。
エリアSで働いている二十代はこの二人だけ。三十代もいなく、四十代からいて、六十代以降が大半を占めていた。
そして、このエリアSを管理しているエリアマネージャーの兼松克之が六十五歳の定年を迎えようとしていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます