アサガオ

しゃしゃけ

第1話

 202☓年 8月24日


 蝉の声がうるさい蒸し暑い日の夕方。


 今日は俺の友人の葬式だ。


 周りは悲しみと恨みに包まれている。友人の母親は棺に突っ伏して泣き叫んでいる。両親は既に無くなっており、夫にも先立たれた上でたった1人の息子を亡くした。そんな可哀想な母親にかける言葉すら見当たらない。


 母親の叫ぶ言葉には息子への謝罪と息子を殺した犯人への憎悪の言葉。その言葉に胸が締め付けられる。


(どうして…止められなかったんだろう…)


 あの時止めていれば、あの時帰さなければこうはならなかっただろう。あの時やめていれば友人、司は死ななかった。


 あの時、司が復讐に走るのを止めていれば。


 夏休み2日目の午後。司が俺の家に遊びに来ていた。いつものようにお菓子を食べながらホラーゲームを遊ぶ。最近はどれだけ早くゲームクリア出来るかを勝負していた。


「な!お前!何処でそんな技知ったんだよ!」

「ふふん。ちょーっと考えれば分かることだよ」


 少し煽るように此方を見て笑う。そんな司に負けぬようずっと隠してきた最短ルートを見せつける。それを見た司は口を開けて驚く。


りょうこそ何処でそのルート知ったの!?」


 司の反応に満足しながら勝利する。負けたと悔しそうに笑う司が少し悲しそうに話す。


「あーあ、学校のいじめさえ無ければ今ももっと楽しくゲーム出来たのかな…」


 司は皆には見えない所で教師に虐められている。司は成績優秀、容姿端麗、運動神経…とまるで小学5年生とは見えぬほど優れている優等生だ。

 完璧なうえ、誰にでも優しいとなれば皆にちやほやされるのも当然。俺が親友なのも奇跡な程だ。


 そんな完璧な司とはシングルマザーということで家族ぐるみで仲が良い。


 司の完璧さが教師達は気に入らないのだろう。副校長が変わってから司は教師達から虐められ始めた。服で隠れる腹や背中を殴って、蹴って…服を脱げは痣だらけ。司は誰かに相談するでもなく、普通に過ごしている。親に迷惑をかけたくないらしい。


 だから親友である俺にだけ相談してくれてる。司は証拠を集めて教師達に一気に社会的制裁をすると言っていたがここ最近証拠集めもせず俺の家に遊びに来ている。まるで残りの時間を大切にするように。


 会話一つ一つを本当に楽しそうに大切そうにする司に嫌な予感を覚えながらそれを見て見ぬふりして日常を過ごす。


 この後この嫌な予感が的中する事になるなんて思いもしなかった。



 時計が午後6時を回った時に吸い込まれそうな綺麗な黒い瞳が俺を見て静かに微笑む。俺も司を見る。司が口を開く。


「伶、僕ね。やるべき事出来たんだ」

「だから、もう心配しなくても大丈夫だよ」


 その言葉を聞いた瞬間背筋が凍るほど嫌な予感を覚えた。俺が何かを言う前に部屋を出て行く。司が何をしようとしているのかをわかってしまった。


「あいつ、まさか…!」


 司を追いかけるように家を飛び出す。そこに司はもういなかった。街を走り回って司を探すがいない。かけっこで勝った事の無い俺にはもし司を見つけても捕まえることは不可能だと思い家に帰る。司が無事であることを願いながら眠りにつく。


「司…頼むから何もしないでくれ…」


 深夜2時。誰かに揺さぶられ目が覚める。


「んん…なに…」


 目をこすって起き上がると嫌な匂いが鼻を突く。驚いて目を開けて自分を起こした人物を見る。


 そこには月明かりに照らされニコニコとスッキリしたような笑顔で笑う血濡れた司が居た。驚いてる俺に司は嬉しそうに楽しそうに語る。


「僕!やったよ!ったんだ!僕を虐めた教師共を!」

「ころ、殺した…?」


 戸惑いながら聞けば元気に「うん!」と答える司に恐怖を覚えた。


 こんなに嬉しそうに笑う司を見るのは久しぶりだったから今までがどれほど辛かったのかがわかる。が、殺人はいけない事だ。


「おま、いくらいじめが辛くてもひ、人殺しは駄目だろ!」


 肩を掴み叫べば目を丸くして驚く。驚いてすぐ冷たい目になる。月明かりが照らす黒い髪、黒い目がとても冷たい。


「伶は、あの教師達を庇うの?今まで僕を心配してくれてたのは嘘?」

「は…?」

「ちょっと他の子よりも頭が良いからってそれだけの理由で殴ってきたり、蹴ってきたり…そんな事してきた教師に目に物見せただけなんだけど」


 司の言う事も分かる。それに今司に下手な事したら自分の身が危ないと直感した。


「…司、お前の言う…通り…教師達が、悪い…」


 その言葉を聞いた司は安心したように隣に座りどうやって殺したのかを語る。頭の良い司だから出来た完全犯罪。


 自傷行為に見せかけた出血多量、首吊り、飛び降り…


 どれも自殺に見えるように殺したという。楽しそうに語る司に安心を覚えながらどうするかを考える。通報するのが正解なのか黙ってるのが正解なのか。通報すれば司の母は一人になってしまう。


 お互いシングルマザーと言うことで家族ぐるみで仲良くして居るのに俺の発言でそれが崩れるのは嫌だ。


 考えていると司が黙る。司を見れば目に涙を浮かべている。正気に戻って自分のしてしまった事の重大さに気づいたのだろう。震えた声で俺に死と言う名の救済を求める。


「伶…僕、僕…ひと、殺しちゃ…」

「あの下等生物教師達と同類、いや…もっと酷い人になっちゃった…け、穢れ…穢れたよ…どうしよう…!」

「も、もうやだ…しにた、い…ころし、殺して…よ…伶…」


 取り乱す司に驚いてとりあえず抱きしめて慰める。


「お前は間違ってない…!大丈夫…大丈夫だから、落ち着け…」

「俺はお前に死なれたくない…」


 そう慰めても司は変わらず殺してくれとせがむ。俺は何度も死んでほしくない事を伝えるがそれを聞き入れてくれることはなく、俺の肩を掴んで、少し離れてから辛そうな笑顔で


「頼む…から…殺して…」


 なにも言えずに黙っていると耳元で何かが聞こえてくる。その声は自分の声のようで大人の男性のような低い声のようなそんな声で俺に語りかけてくる。



[殺してやるのが親友の俺に出来ることだろ]


[可哀想だろ。殺してやろうぜ]



 その言葉を聞いてこれが俺の本音?いやそんな事無い。俺は…俺は


「お前に、生きてh…」


 言いかけた所で目の前が暗くなりなにも聞こえなくなる。そこで意識を手放してしまった。次の瞬間聞こえてきたのは司の苦しむ声。


「ぐる…じぃッ…!」


 司の言葉で意識がはっきりする。目の前には俺に首を絞められて苦しむ司。さらさらの黒い髪が乱れ、黒い瞳が揺れている。必死に生きようと首を絞める手を掴み離そうとして、足をバタつかせる。


 首から手を離そうとしても自分の体じゃないかのように首を絞める手の力が抜けない。自分の意思とは反対にどんどん首を絞める力が強くなっていく。


 そして、それに連動するように自分の考えまで変わってくる。他の人の意識と合わせるように。悶え苦しむ司の姿を見ていると今まで感じたことの無い感情に支配される。


 美しい…


 いつも落ち着いていて綺麗な容姿が、優しい目が自分の手によって歪められている。これほどまで心が高鳴るのは初めてだ。


 首を絞めるてにさらに力を入れる。本格的に呼吸が困難になった司が小さく声を上げ「ヒュー…ヒュー…」と音を出す。涙とよだれでぐっちゃぐちゃになった顔に興奮してしまう。その時の自分の表情は今までに無いくらい恍惚な表情をしていただろう。


 気がつけば司は動かなくなっていた。動かなくなった司の首から取り憑かれていたかのように閉めていた手を離す瞬間に罪悪感と自分まで人殺しになってしまった恐怖に支配されて過呼吸になる。


「カヒュ…ヒュ…」


 情けない音が喉から鳴る。少しして落ち着いた時に頭にあったのは


「この死体ごみ…どーしよ…」


 ハッとして裏庭に昔からの水の入ってない井戸がある事を思い出す。あそこ以外に〝これ〟を捨てれる場所は無い。死体を背負って階段を降り、裏口から庭に出る。


「軽…ちゃんと飯食ってたのかな?」


 井戸の前まで来て重い蓋をずらす。


「ふん…!おっっっも!!」


 5分かけて死体が入るくらいの隙間を作る。夏のせいで汗が止まらないほど暑い。その隙間に死体を押し込む。少し時間を置いてグチャッと音色が聞こえてくる。


「ここ、だいぶ深いんだな」


 妙に落ち着いていて現実が現実じゃない感覚。蓋を戻し水をかけて蓋を拭く。昔司が言っていたことを思い出す。


『指紋が残ってると警察ってすぐ犯人捕まえられるんだって。凄いよね』


 今捕まったら親に迷惑かける。それだけはごめんだ。早く風呂に入って寝よう。


 布団に入れば嫌なほどいい気持ちで眠りにつけた。

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