2. ネリーの失敗

「次はおれの番だな」

 リジーが扉の奥にいたヤネスを呼ぶと、中庭へ入ってくるなりネリーにウィンクをしてきた。リジーに睨まれる。

「樹枝付角板ということは、五時間と二時間か」

 ヤネスはわざわざ前に下ろした群青色の前髪を、ふぁさっと後ろへ撫でつける。左手で前髪を押さえつつ、右手を雪の結晶の隣の壁へ向ける。

「大気に漂う精霊よ。我が命に従い、鎮魂の時間を示せ。五の魔時間マツァイト、二の休時間エッフェンツァイト!」

 ヤネスの詠唱終了と同時に、雪の結晶の隣に複数の氷柱が生まれる。五本の青氷柱と、二本の氷柱だ。色の濃い方がネリーの仕事時間で、薄い方が休憩時間となる。休憩時間は、食事や仮眠の時間も含む。

「すごぉい! さすがヤネスね! あっという間にできたわ!」

 リジーがヤネスの腕に抱きつく。それをヤネスは嫌そうに解き、ネリーの耳元に顔を寄せる。

「今日の食事はおれが持ってくるから」

 待ってろよ、と、まるでネリーの恋人のような振る舞いをする。そのせいでリジーの眼光は鋭くなるし、得も言われぬ気持ち悪さを覚えた。

 ネリーがヤネスから離れるよりも先に、リジーがヤネスを中庭から連れ出す。ガチャリと、しっかりと施錠することも忘れない。

(はぁ……本当に、どうしてわたしだけ)

 リジーとヤネスが使った魔法は、実はネリーだけで実行できる。それをしないのは、仕事を全うすることが美徳とされているからだ。一人でできても、その仕事を奪ってはいけない。

 ネリーは小屋の中から壊れかけの椅子を運び、背もたれに体重をかけないように少し前のめりに座る。そして左手で右肘を支えるように持った。右手は、空に向ける。

「降雪!」

 短すぎる詠唱の後、あれだけ晴れていた空はどんよりと曇り、ヒラヒラと雪片が舞い始めた。

 六角形の城壁の中心、六角形の中庭の上空だけに雪を降らせる。これは、何百年も続く一族の力だ。何百年もの間、ネリーとリジーの生家ヴァイサー家を含む三家で中庭に眠る何かを守ってきた。

(……この場所には、何が眠っているのでしょう?)

 三家に伝わる、中庭の謎。それを守り続けることで、三家は栄えてきた。万を越える領民を抱える地の領主は、当代の守護者の家が務めることになっている。

 本来ならば、ネリーはもっと良い環境で生活できるはずなのだ。しかしいつの頃からか、守護者は死ぬまで中庭から出られないようになった。

 リジーは領主の娘として贅沢をし、ネリーは守護者――生け贄として、生涯を六角形の箱庭で過ごさなければいけない。

 リジーに子供っぽいと笑われた、『王子と姫の恋物語』。あの本の続編はどれくらい出ているだろう。そんなことを思いながら、ネリーは目を閉じた。


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