スノーホワイトには秘密がある

カエデネコ

涙のスノーホワイト

 白雪しらゆきさん。白雪さんったら!!


「はいーーーっ!」


 ガバッと起き上がると、周囲からクスクスと笑い声がおこる。思わず私は赤面した。私のデスクの横には厳しい顔をした先輩がいた。


「寝ている場合?」


 あきれたように書類をドサッと机に置かれた。


「ええーっと、これは?」


 先輩の眼鏡の奥が光る。口答えしたととらえられたらしい。そんなつもりはなくて、たんなる疑問だったのに。


「明日までの会議の資料作りしておいて」


「えっ!?でも今日は忘年会ですよね?」


「それが?」


 冷たい声音と刺すような視線。私は怖くなって、なんでもありませんと項垂れた。横に座っていた同僚が同情気味に声をかけてきた。


「かわいそうだけど、山本やまもと先輩に目をつけられてるわよね。なにしたのよ」


 なにって……。


「なにも……」


 同僚が嘘でしょと笑う。人が悪い笑いだ。噂を知っているらしい。


「山本先輩のオトコ盗ったんでしょ?営業部のエースの伏見ふしみさんに好きだって言われたんでしょ?残業していた人が聞いていたって!」


「ちっ、違うの!好きってそういう意味じゃなくて、気に入っているんだとか小動物みたいだとか可愛いねってって感じよ!恋愛じゃないの」


「えー!噓でしょ?だって、伏見さんはその気らしいわよ。同じ営業部の人に『白雪さん、可愛くて俺のお気に入りだから、手を出すなよ』って言っていたらしいわよ」


 そんなこと私、知らない!思わず顔が赤くなる。影でそんな話をされてるなんて!


「仮に私のことそう言っていたとしても山本先輩とつきあっているんだから、からかってるだけだと思うの」


 私はそう言って、仕事に向かう。有難迷惑とはこのことである。私の方は他の男性社員と同じようにしか見れないし、山本先輩からの風当たりは強いし、むしろ困る。


 先月あたりから山本先輩の嫌がらせが始まり、止まることがなかった。


「ランチいきましょう」


 そう山本先輩が女性社員たちに声をかける。私と目が合うとプイッとそっぽを向いて無視した。同僚が気を使って、私に声をかける。


「白雪さんも行こうよ」


「あ……えっと……」


「白雪さんはさっき渡した資料を作り終えたの?明日までに間に合うのよね?」


 山本先輩が強い口調で私に言う。明日までにできるかどうかと言われたら怪しい。ここでお昼を外に出て食べる時間があるなら、間に合っただろうと言われかねない。私は無理ですと小さい声で答える。


「みんな行きましょ!」


 女性社員たちがいなくなる。人気のないオフィス。私は机の一段目からカロリーメイトを一箱取り出して、封を開けて食べながらパソコンに向かう。


 こんな恋愛ごとに巻き込まれるなんて思わなかった。


 朝、うたた寝したのも、実は最近、こうやって山本先輩が、就業時間内に片付けられないであろう量の仕事を期限ぎりぎりに持ってくるのだ。夜中の12時までかかって、昨日は仕上げて、終電を逃し、家に帰れなくて、駅前の漫画喫茶に泊まって、シャワーをし、出勤時間ぎりぎりで飛び込み、朝、出社したのだ。


 数字が並ぶ画面がぼやけてくる。だめ。泣いちゃだめ。ここは会社だもの。鼻の奥がツンとしたけど我慢する。山本先輩が怖くて、誰も手伝おうか?なんて声をかけてくれない。一人で戦うしかなかった。


 その日の夕方、皆は忘年会へ行ってしまった。高い会費払ったのに、キャンセル料は返ってくるわけないでしょ!いっぱい食べて飲みましょう!と山本先輩が私に聞こえるように言って帰ってしまった。


 一人のオフィスは静かで、カタカタとキーボードを打つ音やコピー機の音が響く。


 暗くなった外を見ると雪が降ってきた。黒い世界とヒラヒラとした白い雪は対照的できれいだった。他の会社の明かりが雪を照らす。下へ下へ雪は落ちてゆく。時折、風に煽られてフワリフワリと踊るように舞う雪。


 ぼんやりとしばらく眺めていた。


 私は雪国出身で、近くのコンビニまで車で15分もかかる田舎が嫌で都会に出てきた。


 寒いから雪、嫌いなんだってば!そう言っていた学生時代。友だちと転がるように駅に駆け込んで、コートについた雪を落とす。髪の毛に雪がついてるよと何がおかしいのか分からないけれど、笑い合っていた。


 雪が帰っておいでって言ってるようだった。


 でも負けたようで悔しい。


 涙が一粒だけ頬を伝って落ちた。


 白雪さんと声が聞こえた気がした。誰もいないから気のせいでしょうと思った。だって今日は忘年会だから皆いないもの。


 白雪さん。


 もう一度聞こえた。


 私は涙を拭いて顔をあげた。

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